企業活動の強さを表す指標として企業の貯蓄率に特に注目してきた。企業活動の弱さが、内需低迷やデフレの長期化の原因になっていると考えられるからだ。
企業貯蓄率は、金融資産の変化から金融負債の変化を引いたネットの金融資産の変化(日銀資金循環統計)を名目GDPで割ることで算出する。貯蓄の動きは極めて強い季節性を持っているため、直近1年の累計をとり季節性を除去する(その他、特殊法人の民営化などによる断層を調節する)。
企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率は必ずマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、内需低迷やデフレの長期化の原因になっていると考えられる。
プラスの企業貯蓄率は、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となってしまっている。プラスの領域でも、企業活動が回復し、デレバレッジが緩み、企業貯蓄率が上昇から低下に転じると、総需要を破壊する力が弱くなり、循環的に内需回復・デフレ緩和の動きが始まると考えられる。
アベノミクスとは、「三本の矢」(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)の政策により企業を刺激し、企業のデレバレッジを止め、企業活動の回復の力を使って構造的な内需低迷とデフレからの完全脱却を目指すものである。言い換えれば、企業貯蓄率を低下させ、マイナスに戻すことが目的であると考えられる。
リバウンドした企業貯蓄率の真相は
企業貯蓄率は2010年7-9月期の+8.5%のピークから順調に低下し、アベノミクスにより、企業活動は設備投資と雇用の拡大を含め活性化し、その低下は加速してきた。14年10-12月期と15年1-3月期には企業貯蓄率は+1.1%まで低下し、企業のデレバレッジが完全に止まるとともに、総需要を破壊する力が完全に消滅し、構造的な内需低迷とデフレが終焉するデフレ完全脱却のポイントである企業貯蓄率0%までもう一息のところまでたどり着いた。
デフレ完全脱却に向けたアベノミクスの経過報告は、その効果のバロメーターである企業貯蓄率が順調に低下しており、良好であると判断できていた。これ以上の急激な企業貯蓄率の低下は現実的ではないことを考えれば、アベノミクスの第1と第2の矢だけではなく、第3の矢である成長戦略も地味に効果を発揮している、または成長戦略の進展の遅れが障害となっていないとみるのがフェアだろう。
しかし、4-6月期と7-9月期に企業貯蓄率はリバウンドしてしまい、+3.3%と14年1-3月期の水準まで戻ってしまった。単純な解釈では、昨年4月の消費税率引き上げによる消費者心理の萎縮や中国経済をはじめとした外部環境の不透明感などにより企業活動が鈍化し、デフレ完全脱却に向けた残り1マイルの道はぬかるんでいることになる。
一方、この企業貯蓄率の上昇は原油価格が急落して交易条件が大幅に改善しつつある中での動きであり、国際経常収支も(海外の資金過不足、4四半期累計、GDP比)は14年10-12月期の0.5%の黒字%から2.9%の黒字まで、+2.4ポイントも拡大している。この期間の+1.1%から+3.3%までの+2.2ポイントの企業貯蓄率のリバウンドのすべてが、それで説明できる。
交易条件の大幅な改善による国際経常収支の改善幅より企業貯蓄率の上昇幅が小さいのは、企業のデレバレッジが緩和して支出行動が強くなる基調には変化はないことを示すと考える。外部環境が不透明な中で、交易条件の大幅な改善によるキャッシュの増加を、企業が投資などに使いきれていないのが、企業貯蓄率のリバウンドの原因であると考えられる。
企業貯蓄率の変化から経常収支の変化を引いて企業の支出行動の強さの指数(マイナスが強い、4四半期移動平均)とすると、マイナス幅はまだ拡大しており、企業活動の基調は強くなっていることが確認できる。米国をはじめとして先進国が堅調な回復を続け、新興国経済が循環的に減速局面を脱していくことにより、外部環境は安定していくとみられる。