近年、「老後に必要な金額は夫婦合わせて1億円」といった言葉がしばしばメディアを賑わせている。これは多くの人にとってショッキングな数字と言えるだろう。公的年金への不信感が高まっている中、それなりの金額を老後資金として用意しておかなければならないことは当たり前のこととなっている。それにしても「1億円」というのは非現実的な金額として多くの人の目に映る。本当に老後資金は夫婦で1億円を用意しておかなければならないのだろうか。それとも、特別余裕のある老後を送りたいという人に限ったことなのだろうか。
そこで「老後資金1億円」という言葉が出てきた根拠を検証し、さらに標準的な高齢夫婦の生活には実際どれほどの金額が必要なのかを解説する。老後生活のためには具体的にいくらの備えが必要なのか計算する方法もご紹介しよう。
「老後資金1億円」の根拠とは
そもそも「老後資金1億円」という言葉はどこから出てきたのだろうか。これは生命保険文化センターの「2013年度生活保障に関する調査」で、夫婦2人で60歳から85歳までの25年間、「ゆとりのある老後」を過ごした場合に必要な資金として公表されたものである。ゆとりのある老後生活費として、1ヶ月あたり平均35.4万円を算出。「35.4万円×12か月×25年=1億620円」で、おおよそ「老後資金1億円」となるのだ。1億円と言うととてつもなく大きな金額だと感じるが、月々の生活費に置き換えてみるとそう現実離れした額ではない。
ただ、これはあくまで旅行や趣味などにお金を使う「ゆとりのある老後」を送るための金額だ。次に、標準的な高齢無職世帯の生活に必要な生活費を確認してみよう。
標準的な高齢無職世帯に必要な生活費は?
現役をリタイアした60歳以上の高齢無職世帯の生活費は、実際どのくらいかかっているのだろうか。総務省の「家計調査報告(家計収支編)―2014年平均速報結果の概況―」を参考にしてみよう。これによると、世帯主が60歳以上の高齢無職世帯(夫婦)の1ヶ月の支出は、消費支出が20万7370円、税金や社会保険料などの非消費支出が2万2878円、合計して23万248円だ。つまり、標準的な老後生活を送るために必要な生活費は約23万円ということになる。
一方、社会保障給付などによる実収入は17万638円だ。となると、毎月6万円ほどの赤字が発生していることがわかる。そして、その不足分はというと、金融資産など蓄えを切り崩して補っていることが予想される。比較的余裕があると感じられる現在の高齢無職世帯であっても、公的年金など社会保障給付だけでは生活費に不足が生じてしまう実情があるようだ。
それでは1ヶ月23万248円というのは、老後生活の金額としては多すぎるのだろうか。生命保険文化センターが行った意識調査によると、老後生活に最低限必要な1ヶ月の生活費は約22万円。実際の支出と比較しても、大きな差はない。つまり月約23万円という支出は決して多すぎる額ではないということになる。ただ、現役世代と違い、住居費や食費にかかる金額が小さい一方、内訳として教養娯楽費・交際費の合計が5~6万円ほどあることから、ある程度の余裕を含んだ生活となっているようだ。
老後生活のために備えておくべき金額とは
次に、老後生活のためには具体的にどの程度の備えが必要なのか計算してみよう。日本人の平均寿命が年々延びていることを考慮し、65歳から90歳までの25年間年金生活を送ると仮定する。その場合、①「(生活費-公的年金)×12か月×25年」+②「病気などもしもに備えるお金300万円程度」-③「退職金」で計算する。
さらに、60歳で退職し、65歳までの5年間、無年金期間があると想定する場合は、①に「生活費×12か月×5年間」を足す。まずは標準的な生活で試算するのであれば、1ヶ月の生活費は22万円としてみよう。なお、将来自分がもらえる公的年金については、日本年金機構が提供している「ねんきんネット」というサイトで知ることができるので、一度確認してみることをおすすめする。仮に、60歳で退職し「生活費-公的年金」はマイナス6万円、生活費は22万円、退職金は1500万円とした場合、上式によれば、1920万円が「衣食住」最低限の生活をするのに準備すべき「老後資金」となる。
注意しておきたいのは、これから老後を迎える世代は、現在の年金生活者ほどの額と同じ金額の公的年金には頼れない可能性が非常に高いという点だ。そのため、今後は、自助努力での貯蓄がますます重要になっていくと言えよう。
不足分をいかにして補うかがカギ
「老後資金1億円」というのは、「ゆとりのある老後」を送るための金額であり、必ずしもすべての人に必要な費用と言うわけではない。ただ、旅行や趣味などを思い切り楽しむ「悠々自適な老後」を送りたいと考えている場合は、蓄えがより必要だということもお分かりいただけたのではないだろうか。
また、今後さらに公的年金が目減りしていくことを考慮すれば、いかにして不足分を補うかが安定した老後生活のカギとなる。毎月ただ普通預金に預けておくのではなく、資産運用によってお金を増やしていこう。特に「確定拠出年金」は節税効果も大きく、老後資金の確保として断然お勧めだ。
老後資金は、少しでも早く用意し始めることが大切。時間の経過を利用してお金を増やし、不安のない老後生活を目指そう。
武藤 貴子 ファイナンシャルプランナー(AFP)、ネット起業コンサルタント
会社員時代、お金の知識の必要性を感じ、AFP(日本FP協会認定)資格を取得。二足のわらじでファイナンシャルプランナーとしてセミナーや執筆を展開。独立後はネット起業のコンサルとともに、執筆や個人マネー相談を中心に活動中。
FP Cafe
登録FP。