なぜマイナス金利導入という「妥協」となったのか

グローバルなマーケットの不安定感が更に増加し、景気の不透明感も更に強くなれば、企業心理のてこ入れの必要もあり、追加金融緩和は必要となる。企業の収益見通しが不安定になることにより、春闘での賃金引上げ幅も小さくなり、2017年4月の消費税率引き上げ前の16年度中に需要拡大によりデフレを完全脱却するという政府と日銀のシナリオが不可能になるリスクが高まることになってしまう。

循環的に景気が悪化し、失業率の上昇をともなう雇用環境の悪化が、賃金上昇を止めるリスクが大きくなったと判断したことが、原田審議員が賛成に回った理由と考えられる。布野審議委員は輸出製造業出身であり、輸出製造業への利益誘導とみられかねない円安を更に加速させる可能性がある追加金融緩和には、相当な理由がなければ賛成するのを躊躇する可能性があったが、ドル・円で110円台の水準では、賛成への足かせとはならなかったようだ。

一方で、白井審議委員は反対した。昨年10月から黒田日銀総裁の意思だけでは追加金融緩和を決められなくなっていることが、昨年12月の追加金融緩和なしの補完策の決定、そして今回の量的・質的金融緩和は現状維持でマイナス金利導入という妥協となった理由だろう。

夏に参議院選挙が実施されるため、追加金融緩和は、株高などの政権への支援材料になるとの見方もある。5月にG7首脳会議を日本で開催し、その前にG7諸国を安倍首相が訪問する計画がある。政府は、外交の進展によって国民に着実に成果をアピールするとともに、国会を通過した2015年度の補正予算の執行による景気下支え効果に期待する形となるだろう。

または、16年度の予算の成立後、いつでも景気対策としての補正予算案が議論される可能性もある。そして17年4月の消費税率引き上げの延期も、消費者心理を安定化させるための手段として残っている。引き続き、政府・日銀の共通の政策目標として、2%の物価上昇を目指し、政策の歩調を合わせていくことをアピールしていくと考えられる。

財政政策の今後は?

現在のところ、景気浮揚とデフレ完全脱却への動きの加速には、金融政策より財政政策の方が有効である。量的・質的金融緩和は、実体経済に対する直接的な効果は限定的であるが、疑念が生まれていたデフレ完全脱却へのコミットメントを堅持し、企業・消費者心理を支える効果が中心と考えられる。

グローバルマーケットの不安定化などにより企業心理は慎重化してしまい企業貯蓄率はリバウンドしてしまっている。拙速な消費税率引き上げを含めた財政収支は急速に改善している。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの国内資金需要は縮小してしまい、マネーの循環と拡大の力が衰えてしまっている。

日銀の資金供給はこのネットの国内資金需要を間接的にマネタイズする形で効果を発揮するため、その効果波及力も衰えてしまっている。企業活動の弱さと財政支出が過小であるためネットの国内資金需要が小さく、量による金融緩和効果は限られてきていることが、マイナス金利に導入につながったのだろう。

甘利経済財政・再生相が辞任したが、石原新大臣の下でも政策の枠組みに変更はないと考えられる。しかし、財政刺激重視から財政緊縮重視に転換してしまった場合、ネットの国内資金需要が更に縮小し、消滅してしまえば、2000年代と同じように金融政策の効果もなくなり、デフレ完全脱却への道が途絶えてしまうので注意が必要だ。