物価上昇達成の必要条件とは

さらに、マイナス金利でマネタリーベースが順調に積みあがるのか疑問もあり、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の持続性に対する不安がいずれリスクとなる可能性がある。マイナス金利でのオペへの入札が許容されていることを考えれば、これまでの量的・質的金融緩和の持続性はマーケットが考えているよりも強かっただろうが、今回の措置により余計に持続性に疑念が生まれるリスクがある。

マイナス金利で日銀当座預金から資金が流出する圧力があるなかで、マネタリーベースを目標通りに積み増すには、長期国債を含めオペを増額しなければならなくなるリスクがあるからだ。マイナス金利ではない国債を保有する動機が強くなるからだ。

引き続き問題なのは、2%の上昇の日銀の目標に向けた物価の加速感が感じられないことである。メインシナリオではないが、日銀の更なる追加金融緩和観測はくすぶり続けることになろう。

消費税率引き上げにより下押しを受けた2014年の弱い実質GDP成長率(0%)の後も、2015年は+0.5%程度と潜在成長率なみの水準にとどまるとみられる。賃金上昇が強くなる前の拙速な消費税率引き上げによる消費者心理の萎縮が継続しており、中国経済をはじめとした外部環境の不透明感などにより企業活動が鈍化し、デフレ完全脱却に向けた残り1マイルの道はぬかるんでいることになる。

需要超過幅が物価を2%に押し上げる力は衰えており、日銀が重要視している消費者物価指数(除く、生鮮食品及びエネルギー)の上昇はこれ以上の加速はしばらくなく、現状程度でしばらくとどまると考えられる。コア消費者物価指数(除く生鮮食品)には、昨年後半から年初までの原油価格の急落の影響が前年同月比で強く残っており、2%の物価上昇の日銀のコミットメントに反し、コアCPI前年同月比は今年の半ばからゼロ%近傍の動きとなっている。

原油価格が現状程度でとどまれば、その下押し圧力が減衰し、年末までには前年同月比+1.0%程度へピックアップしていく可能性があるが、2016年度後半に2%の物価上昇に達するという加速感が出てくる可能性はかなり小さいだろう。

ポジティブに考えれば、2016年は、物価上昇が賃金上昇に若干遅れることによる実質賃金の上昇が消費活動を刺激するという、2014・5年とは逆の展開になっていくと考えられる。しかし、そのような需要の拡大が、物価上昇に加速感をもたらすにはかなりの時間がかかる。コアCPIの前年同月比は2016年末までに+1%程度まで戻るのが精一杯であろう。

失業率は、自然失業率とみられる3.5%を持続的に下回り、労働需給は引き締まり始めている。しかし、この程度では、1%程度の物価上昇を持続的にする水準であろう。失業率が3%を下回る水準に更に低下し、労働需給のかなりの引き締まりが賃金上昇を強くし、賃金インフレと消費活動の拡大が牽引する形で物価上昇が加速していくことが、2%の安定的な物価上昇の達成の必要条件だろう。

しかし、2017年4月に消費税率の再引き上げがあるため、再び消費活動は一時的に軟調になると考えられる。そうなると、物価上昇率の加速には需要持ち直しのもう一サイクル必要となり、2%の物価上昇の実現は2019年頃になるとみられる。

いずれ、日銀の物価目標の達成時期は今回の「2017年度前半」から更に先送りされることになると考えられる。現在のところ、政府・日銀の政策コミットメントはなんとか維持され、デフレ完全脱却への道は継続すると考える。日銀の量的・質的金融緩和の長期化観測は、米国景気の持続的な回復とFEDの金融政策の正常化の動きの中、ドル・円を中期的に円安方向にし、その景気・物価刺激効果と、実質賃金上昇と企業活動活性化による内需の拡大が、日本のデフレ完全脱却へ導いていくだろう。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト