日本銀行が1月29日に導入を決めた日本初のマイナス金利の影響が広がっている。民間銀行はそろって預金金利を引き下げた。国債などで運用し最も安全とされる投資信託MMFは新規募集が停止され、既存資金を返還する運用会社まで出始めた。長期金利の代表的指標である新発10年物国債は利回りが急落し、2月9日にはついに初めてのマイナスになった。

マイナス金利 住宅や自動車のローン金利が低下

金利がマイナスになると、おカネを貸したり預けたりすると利子をとられるという、これまでの常識では考えられないことが起こる。私たちの生活はどうなるのだろう。以下では、その功罪は何か、そしてこれらにどう対処したらよいか考えていこう。

まずプラス面を挙げると、住宅や自動車のローン金利が下がる。ただ、既存の固定金利ローンの場合はそのままでは金利が変わらないので自ら行動する必要がある。同一金融機関での組み換えが難しい、あるいはその手数料が高い場合は他の銀行などから「おまとめローン」などで借りる。

すでにキャンペーンを始めた金融機関もあるが、新規ローンも含め、いま慌てて固定金利で借りるのは得策でない。マイナス金利幅の拡大などで、ローン金利がさらに下がる可能性があり、しばらく様子を見た方がよさそうだ。変動金利型であれば市中金利に連動するのでタイミングの心配はいらない。

マイナス金利はマイナス面が大きい?

実は、プラス効果はこのくらいしか思いつかない。おカネを借りたほうが得になるとはいえ、借金して利子をもらえるようにはまずならないから期待しないでほしい。金融機関はそれで損するより貸さない方がいいに決まっているからだ。

他方、マイナス面は多い。まず預金金利。これまで普通預金より高かった定期金利は例えば0.125%から0.025%に、また預け入れが長いと有利だった利率は期間に関係なく一律に普通預金並みに大きく引き下げられた。

幸いなことに、一般の預金で利子を取られることは「今のところ」なさそうだ。今回導入されたマイナス金利は、民間銀行が中央銀行、つまり日本銀行に預ける資金の一部に適用されるだけ。また、預金金利までマイナスになれば取り付け騒ぎなど大きな社会的混乱を招く恐れがある。

ただ、多くの口座に「維持管理料」などの名目で新たな手数料が課せられ、ATM手数料が引き上げられるなど、実質的なマイナス金利となることは十分考えられる。

預金金利は大幅低下、手数料の導入・引き上げも

注意が必要なのは、地方の中小金融機関に1000万円を超える預金を持つ人。過疎高齢化が進む地域の金融機関はこれまでも熾烈な融資競争で消耗してきたが、利ザヤがさらに縮小すれば破綻の恐れが出てくる。今般、金融庁が慌てて民間銀行の中期計画の点検見直しに入るのはこれを懸念したものだ。

預金で保護されるのは1000万円まで。銀行が破たんすればそれを超える部分は最悪の場合、一切補償されない。預金金利がほぼゼロならタンス預金でもそう見劣りしない。1000万円を超える分は引き出して複数の銀行に分散しておくほうが安全だ。

もうひとつの大きなマイナス面は、金利全般の低下で個人の安全運用の選択肢がますます狭まることだ。冒頭の通りMMFの道は閉ざされ、個人向け国債の一部も募集停止になった。国内債券型投資信託の販売を停止する運用会社も出始め、個別の債券類にいたってはほとんどがマイナス利回りとなるうえ、今後の政府の対応次第では暴落の憂き目にも会いかねない。

安全運用の選択肢が狭まる中での防衛策

ここでの防衛策は、ETFやREITなど、取引所に上場されている投資信託への投資だ。ETFでは東証株価指数(TOPIX)など国内外の株式インデックスや海外の債券・高配当株式、REITではホテルやオフィスビルなど今後も安定した宿泊料・賃料収入を見込めるものなら比較的高い分配金が期待できる。ただ、海外の投資商品は為替リスクを伴う点に注意が必要だ。

このように見てくるとマイナス金利の一般個人への影響は総じてネガティブだ。貯蓄型生命保険などの保険料も引き上げられる公算が大きい。最も得をするのは多額の借金を抱える国や自治体だと揶揄する専門家は多い。

マイナス金利導入でも円高、株安が進むのはなぜ?

日銀は今回のマイナス金利導入で円安、株価上昇を期待していたはず。確かに発表直後は円ドルレートが2円以上円安に振れ、株価も大きく上昇したが、足元では急速に円高、株安が進み、日銀の思惑は大きく外れた形になっている。実際、2月11日のロンドン外国為替市場で1ドル110円台を付け、12日の東京株式市場では日経平均株価が、一時、1万5000円を割り込む格好となった。

その最大の要因は、これまで世界経済の牽引役として期待されていた米国経済の鈍化懸念。経済の柱である非製造業の景況感がここへきて大きく鈍化し、企業決算への失望も相次ぐなどで、長期金利は2%強から1.7%強に急低下、3月以降の利上げ観測も大きく後退した。日銀の一昨年来2度に及ぶ大胆な量的金融緩和策に続く今回の「黒田バズーカ」第3弾は、運悪く今のところ不発弾と化している。

悪いことは重なる。米国の原油指標価格は再び30ドルを割り込み、関連企業の破綻が囁かれている。欧州でもドイツ最大手銀行の社債の利払いが危ぶまれ、ギリシャ債務問題は年金改革に反対する大規模なデモをきっかけに再びクローズアップされている。

投資家がこのような不安からリスクオフに走ったことで、株は世界的に売られ、安全資産とされる円や日本国債に買いが集まっている。長期国債がマイナス利回りになるまで買われるということは、危機感がそれだけ強いことの裏返しだ。

頼みの米国経済の減速懸念で市場はリスクオフに

始末の悪いことに、ここから這い上がるのに残された手段は少ない。マイナス金利導入のそもそもの狙いは、市中のおカネを増やすことで企業の設備投資や賃上げを後押しして景気を上向かせ、最終的に日銀の物価上昇率目標2%に近づけることだ。

しかしこれまでの量的緩和でおカネは既にだぶついている。マイナスの実質金利で預金が目減りする個人があえて消費を増やす理由もなく、企業は先行き不安から投資や賃上げに一層慎重になりそうだ。このような状態が続けば、黒田総裁自らが言うように、日銀はマイナス金利幅をさらに拡大し、それが長びくかも知れない。そうなると心配なのは次の点だ。

まず、先述のように一般預金が実質的にマイナス金利になることが一層現実味を帯びてくる。さらに、欧州に実例があるように、収益悪化に苦しむ金融機関がローン金利をむしろ引き上げる恐れすらある。

マイナス金利幅拡大なら大きな弊害も

TPP(環太平洋経済連携協定)にも影響するかもしれない。参加国でマイナス金利政策をとるのは日本だけ。次期大統領有力候補のクリントン氏などTPP反対派の米議員が今後どのような反応を示すのか注目される。

さらに、国債がマイナス利回りになると、今後の国債発行が困難になったり、財政再建のタガが緩んで国債が暴落する恐れもある。消費税再引き上げを先延ばしするようであればそのリスクはさらに高まる。

先日の国会審議で、ある野党議員は現状を「アベノミクスの終わりの始まり」と称したが、これを借りれば、安倍・黒田コンビが新たに招く「アベクロデフレ」が始まるかもしれない。(シニアアナリスト 上杉光)