住生活基本計画
(写真=PIXTA)

「住生活基本計画」骨子案

我が国の住宅政策を決める「住生活基本法」が2006年に施行されてから10年になろうとしている。この法律に基づく「住生活基本計画」によって2006年度から2015年度までの10年間、途中5年ごとの見直しを経ながら様々な施策を講じてきた。

そして、今年度2016年から向こう10年間、2025年までの住宅政策が一年間かけて議論され、「住生活基本計画(全国計画)」の変更案がまとめられた。現在それらの案に対して国民から「パブリックコメント」の募集を終え、それらを受け今年度内に閣議決定する段取りだ。

変更はとしては大きく三つの視点に分けられ、さらに細かく八つの目標が設定されている。

その視点とは、「居住者からの視点」「住宅ストックからの視点」そして「産業・地域からの視点」だ。今回は、この今後10年間を決める大きな転換となる新たな「住生活基本計画」について見ていくことにしたい。

現状と10年の課題

現状の課題を集約すると、少子高齢化と空き家問題、そして既存住宅流通への対応であろう。

まず、少子高齢化問題においてはこの10年間で「団塊の世代」がいよいよ後期高齢者に加わるために、2010年における後期高齢者1,419万人が2025年には2,179万人への1.5倍になる予測だ。また、それに伴う被生活保護世帯数の増加も懸念される。2015年において被生活保護世帯は1992年比で約2.8倍の162万世帯にもなっているが、それが更に増えることになるだろう。

また、人口減少が既に始まっている我が国において2020年には全国世帯数の減少も始まる。世帯数の減少は即ち空き家率の増加を意味し、2013年における空き家率13.5%という数字は今後更に上がっていく。そして、中古住宅・リフォーム市場の拡大が想定以上に進んでいないことが明らかになったことに対して見直しされた、新たな目標数値の達成へ向けた取り組みも重要だ。

2012年3月にまとめられた「中古住宅・リフォームトータルプラン」において、中古住宅流通市場及びリフォーム市場を2020年までに倍増の20兆円市場にすると目標設定がされたが、大幅に未達だった。

当初、この「住生活基本計画」では2003年時点において既存住宅の流通シェア(新築住宅+既存住宅の全流通戸数に占める、既存住宅流通戸数の割合)が約13%程度であったものを、2015年つまり昨年までに23%にするとしていた。しかし、2013年時点においてまだ14.7%となっている。

変更された新たな目標である2025年までに25%にすることは容易ではないと言えるだろう。また、マンションの老朽化や空き家の増加による、治安・衛生・防災的な課題への取り組みの必要性が指摘。さらには世帯主年齢の高齢化による管理組合としての機能維持への不安も顕在していくことになるだろう。

これまでの未達の目標に、今後表れる課題を共に解決していくための計画が本10年計画であるが、その道筋は平たんではない。

具体的な八つの目標

では、具体的にどんな目標が掲げられているのか?三つの視点「居住者からの視点」「住宅ストックからの視点」「産業・地域からの視点」においてそれぞれ定められている目標を見ていく(図1)。

図①

【居住者からの視点】

目標①「出生率の向上に貢献する住生活の実現」
目標②「高齢者が自立して暮らすことができる住生活の実現」
目標③「住宅の確保に特に配慮を要する者の居住の安定の確保」

安倍政権が掲げた新三本の矢である「GDP600兆円」「出生率1.8」「介護離職ゼロ」に基づき、希望出生率1.8を実現するために、結婚・出産を希望する若年世帯・子育て世帯が望む住宅が選択・確保できる環境の整備である。特に三世帯同居を促す施策については新たな取組であり注目される。

また、高齢者の住生活に関しては、現在65歳以上の高齢者のいる世帯は全世帯の4 割を超え、中でもその半数以上が一人暮らし又は夫婦のみの世帯となっている。そうした中、高齢者住宅単体としての住生活の検討ではなく、医療・介護・福祉そして生活支援などと連携した地域包括的なシステム構築が重要である。

そして、高齢者も含めた「住宅の確保に特に配慮を要する者」に対しては、これまでも住宅セーフティネットとして、高齢者・低所得者・障がい者等への住宅供給を目指してきた。そして、今年4月には「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(略して「障害者差別解消法」が施行される。

国土交通省他各省庁から関連事業者に向けて「差別的取扱いの禁止」等の指針が出されている。この配慮については、今後その目標や義務化された内容と実態との差が問題化するのではないかと懸念している。

【住宅ストックからの視点】

目標④「住宅すごろくに代わる新たな住宅循環システムの構築」
目標⑤「建替えやリフォームによる安全で質の高い住宅への更新」
目標⑥「急増する空き家の活用・除却の推進」

ここでは、いわゆる「住宅すごろく」と呼ばれてきた"家を購入することがゴール"であった時代の住宅サイクルから、「住宅循環型システム」への移行を挙げている。

これまでのように、購入自体が目標である時代においては、住宅を資産として捉える意識が薄くその価値を維持向上させるという視点がない。「スクラップ&ビルド」の市場から「ストック&フロー」の市場へ移行し、より良いものを提供し長く住まう。そして次の世代へ継承も可能とするのが「循環型社会」といえるだろう。

そこには、当然ながら建物の質を担保するインスペクションや瑕疵保険、そして適切な維持管理を行うなどの取り組みが市場において定着していく必要が求められる。これらの「循環型社会」の実現こそが新たな空き家を生むことなく抑制されるメカニズムに寄与するだろう。

また、耐震性の満たさない建物について、その耐震補強の可能性の判断も重要となる。耐震性能を満たすことのできない建物の除却の推進は、空き家問題の解決という点においても必要不可欠であろう。

【産業・地域からの視点】

目標⑦「強い経済の実現に貢献する住宅に関連する産業の成長」
目標⑧「住宅地の魅力の維持・向上」

人口減少社会において、限界集落や消滅可能性都市といった地域経済の衰退は大きな問題である。地域の活力を維持し、医療や福祉・商業といった生活機能の維持は高齢化社会において安心して暮らすために重要な課題といえる。

そのためには、街全体を見渡しながら、住宅や医療・福祉・商業その他の居住に関連する施設の誘導エリアと、それに伴う公共交通ネットワークの再編も必要となり、コンパクト化された街づくりの実現が求められる。

また、強い経済の実現に貢献する住宅関連産業としては、やはりストックビジネスの活性化が掲げられている。最も注目されるのは維持管理に関するビジネスだろう。維持管理に関する取り組みやビジネス構築は、空き家対策問題やリフォームビジネスへのつながりが深く、包括的なストックビジネスに展開ができると言える。

「新築」から「既存住宅」へ

今回の「住生活基本計画」の新たな10年計画の中には、「新築」に関する目標は「長期優良住宅」「住宅性能表示」そして「省エネ住宅」に関するもの。その他はすべて「既存住宅」に関するものであり、まさに住宅政策の中心が「新築」から「既存住宅」へと完全移行したと言える内容である。その中で、これからの10年間は大きく4つに分類することができる(図2)。

「良質な住宅の供給」「適切な維持管理の促進」「不良な住宅の除却・建替え」「利活用可能な空き家の活用促進」という大きな分類に対し、流通の促進やリノベーション等の質の向上といった産業が絡んでくる。「住生活基本法」施行から10年が経ち、ようやくその法律に即した市場の淘汰と活性化が進む10年がスタートすると言えるだろう。

図②

著者プロフィール:高橋正典
不動産コンサルタント。株式会社バイヤーズスタイル代表取締役。2000件以上の不動産売買に携わるなど、現場を最もよく知る不動産コンサルタント。NPO法人住宅再生推進機構専務理事、一般社団法人相続支援士協会理事。著書に「プロだけが知っている!中古住宅の選び方・買い方」朝日新聞出版、「不動産広告を読め」東洋経済新報社他

(記事: 週刊ビル経営 )※本記事は週刊ビル経営2月8日号に掲載されたものです。