経営再建中のシャープ <6753> の動向に注目が集まっている。当初有力視された産業革新機構による出資ではなく、台湾の鴻海精密工業による買収で決着する可能性が高まっている。さまざまなメディアがシャープの経営危機について論じているが、その多くはIGZOに代表される高い技術力を持ちながら、それをうまく活用できていないといった趣旨のものだ。
高い技術力を活かせないーー銀行員の視点から見るとどうにもシャープという会社、いやともすると技術云々という話の展開に持ち込もうとするメディアのあり方に違和感を覚える。技術力を持たない銀行員だからこそ、技術力を錦の御旗にするような日本人の心理はシャープの落日という失敗談をまるで美談のように仕立て上げてあげているかのように思えてならない。
すでに世の中はソリューション営業の重要性を認識している
ソリューション営業、その言葉に目新しさはない。いまや多くの社会人は会社の研修などでこの言葉を何度も耳にしているはずだ。かく言う私も、銀行で若年層向けの研修で必ずソリューション営業の重要性を訴える。
ソリューション(solution)とは「問題を解決する・解答を出す」という意味だ。商品を売ることではなく、お客様のニーズを満たすこと。そのニーズを満たす手段として自社の商品・サービスを紹介し、その結果として購入してもらうことだ。
我々銀行員はもともと商品ありきの商売ができない業種でもある。銀行ならどこへ行っても同じような金融商品が手に入る。他行に比べて特段自分たちの商品が優れているわけでは無い。はっきり言って横並びだ。それどころか、証券会社へ行けば、より高利回りの商品が手に入る。保険会社へ行けば、より多岐にわたる保険商品を比較検討できる。
銀行ではさまざまな金融商品を取り揃えているものの、証券会社や保険会社と真正面から競合すれば、商品力で見劣りすることは明らかなのだ。こうした環境の中で収益をあげて行くために、銀行は比較的早い段階からソリューション営業という言葉を使うようになった。商品力では競争で勝てないからこそ、ソリューション営業に活路を見出そうとしたのである。銀行だけでは無い。いまや多くの企業が商品ありきの営業活動よりも、ソリューション営業を重視しているはずである。
ソリューション営業の反対にあるのが商品ありきのセールスだ。この商品を販売するにはどのターゲットを狙い、どのようなプレゼンを行うのか。それを徹底的に研究する。確かに、そうした手法は一時的には手っ取り早く成果をあげることが可能だ。しかし、マーケットが成熟するにつれ、効果を得ることが難しくなる。
アフリカの奥地で靴を売る
バブルの頃、こんな話を聞かされた。靴を売るために、あるセールスマンがアフリカの奥地に派遣された。ところが、そこへ行ってみると、誰も靴など履いていない。しかし、ここには靴を売れるマーケットが存在しないと嘆くのでは無く、新たな顧客がそこには沢山いると喜ぶべきである。そのように発想を転換することで、セールスマンは大成功を収めることができたというエピソードだ。典型的な商品ありきのセールスである。果たして、このエピソードが今でも通用するのだろうか。今でも新人セールスマンの教育研修でこのエピソードは使われているのだろうか。
世界中の誰もが靴を履いている。しかも一人で何足もの靴を持っている。もはや人々はありふれた靴では満足してくれない。そのような現状を理解せずに、シャープという会社はあいも変わらず靴が売れるマーケットを探し続けているように思える。バブルの頃と同じように。既に皆が靴を履いているからといって、靴が全く売れないわけでは無い。人とは違った個性的な靴が欲しい。もっと機能的な靴が欲しい。顧客と対話することで、人々のそんな想いをくみ取ることができたはずだ。技術力を評価されれば、業績は付いてくる。そんな独りよがりはもはや通用しなくなっている。
人のフンドシで相撲を取る身であるからこそ
我々銀行員は「人のフンドシで相撲を取っている」と、しばしば揶揄される。我々は何ら生産的な活動を行わない。預金者から預かった預金を貸し出して利ざやを稼ぐ。だからこそ、そこから見えてくるものもある。我々は商品性に頼った販売の危うさを感覚的に理解している。
実際に銀行の窓口では二流、三流のセールスほど商品ありきのセールスになりがちだ。商品のパンフレットを順序よく丁寧に説明する。それで商品の特徴やリスクなど最低限の説明が必要な事項は説明出来るようになっている。しかし、そうした手法ほど意外にもお客様の満足度は低いように感じられる。まるで、商品を押しつけられたという表情なのだ。それは新商品の発表の場で商品の技術的なスペックを延々と聞かされる時の気持ちと同じなのだ。
いまの日本企業に一番大切なことは何か?
アップルの製品発表イベントで故スティーブ・ジョブズ氏のプレゼンテーションは、世界中の人々を魅了した。初代iPhoneのプレゼンテーションはとりわけ象徴的だった。「今日、アップルは電話を再発明する」「どんなケータイより賢く、超カンタンに使える」。技術的な優位性を押しつけるのでは無く、その商品を手にすることで、どんなに幸せになれるのかを人々に連想させることの重要性を彼のプレゼンやアップルの製品開発に学ぶことができるはずだ。
実際にアップルはヒット作を次々と世に出しているが、彼らは自社の工場を持たない。その製品に相応しい製造現場を世界中から探しそこに製造を委託している。決して彼らは自分たちの技術力を誇っているわけでは無い。彼らだって、人のフンドシで相撲を取っているのだ。我々銀行員と同じように。
自分たちでモノ創りを行うからこそ得られるもの、蓄積されるノウハウがあることは事実であり、それを全面的に否定するつもりは無い。しかし、そこに固執しすぎて大切な物を失ってしまうことがある。モノも金融商品も同じだ。一番大切なのは顧客満足だ。シャープという一企業だけの問題では無い。日本全体が技術力を過度に信奉するようになることで、一番大切なことを見失ってしまうように思えてならない。(或る銀行員)
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