突然ですが、2つの質問をします。

《質問1》
今日は、楽しみにしていたミュージカルがあります。
劇場に着いたのですが、なんと5000円のチケットを無くしてしまいました。
この時、あなたはどうしますか?

(A) 同じ値段(5000円)のチケットを買い直して、ミュージカルを観る
(B) ミュージカルを観るのを諦めて帰る

Bを選択する人が多かったのではないでしょうか?
では、質問を変えます。

《質問2》
今度は、劇場へ着いた時に2万5000円持っていたのですが、5000円無くしてしまいました。この時、あなたはどうしますか? 楽しみにしていたミュージカルです。

(A) 5000円のチケットを買って、ミュージカルを観る
(B) ミュージカルを観るのを諦めて帰る

この場合、Aを選択する人が多いのではないでしょうか?

上記の2つの質問は、同じ5000円の損失です。1つは5000円分のチケット、もう一方は現金で5000円。同じ金額ですが、違う行動になっています。

旅先でつい無駄遣いをしてしまう理由とは

もう1度、2つの質問をしましょう。

《質問1》
ボールペンが、必要になって買いに行きました。Aのお店では、1本100円で売っていました。
そこから、10メートル先のBのお店では、1本70円で売っていました。

(A) 文具店 100円
(B) 文具店 70円

あなたは、どちらのお店でボールペンを買いますか?
たぶん、Bではないでしょうか?

《質問2》
今度は、スーツが必要になりました。
Aのお店では、スーツが2万円で売っていました。
そこから、10メートル先のお店では、同じスーツが1万9970円で売っていました。

(A) 紳士服店 2万円
(B) 紳士服店 1万9970円

あなたは、どちらのお店でスーツを買いますか?
たぶん、どちらでも良いと思いませんでしたか?

この2つの質問は、同じ30円の差です。
でも、金額が大きくなるとその30円の違いは大きいとは感じられなくなってしまいますね。
人は、状況や入手の仕方などで、お金の使い方が変わってきます。これを経済用語で「メンタルアカウンティング(心の家計簿)」と言います。

こんな例もあります。
毎日、節約で10円、100円にも気を使っている節約家の主婦Aさん。いつも贅沢はしていないのですが、旅行へ行った時は、ルームサービスの朝食を頼んだり(外で朝食を頼んだ方が、絶対安上がりなのですが)、いろんなお土産を買ったりと、お金を使ってしまいます。

これも、日常から離れたことで、特別な消費に変わったのですね。お金は財布に入ってしまうと同じなのですが、人は状況や使い道でお金に色を付けているのです。

独身生活に満足すると結婚できなくなるワナ

もう一つ、状況によってお金の価値が変わる例を紹介しましょう。

人は、最初から持っていたものを手放すのは、嫌ですよね。私も、タンスの中には、着ることのない服が何着もありますが、なかなか断捨離(だんしゃり)ができません。

こんな実験が、アメリカの大学で行なわれました。学生を2つのグループに分けて、Aのグループには、大学のロゴが入ったカップをプレゼントします。そして、このカップを売るとしたら、いくらだったら売るか? という質問をしたのです。

一方、Bのグループには、カップをプレゼントせずに、いくらだったらこのカップを買うか、という質問をしました。

Aのグループは、「5ドル25セント以上」だったら売るという結果でした。Bのグループは、「2ドル75セント以下」だったら買うという結果となりました。同じカップでも、価格差が出てしまいました。

つまり、無料でもらったとはいえ、一度自分のものになったのを手放す場合、安い価格で売るのは惜しいという気持ちになるのですね。これを経済学では「保有バイアス」と言います。

「保有バイアス」はモノだけではなく、生活環境にも働きます。たとえば、独身生活が気ままで自由が許される楽な環境であるがゆえにそれを手放したくない、よって結婚したくないという人も、この「保有バイアス」が強い人といえるでしょう。でも、結婚をすることでもっと楽しい生活が待っているかもしれませんよ。

売ることも捨てることもできない

これからずっと読まないであろう、大量の本。それにCD。一生着ることはないと思うのだが、押し入れにある洋服。売ることも、捨てることもできない、たんに収納スペースを取っているもの。それがなくなることで有効にスペースが使えることは分かってはいるが、そのままになっている。保有効果とは、自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないという現象です。

今持っている物や環境に、必要以上に執着しないようにしたいですね。できれば、私も洋服ダンスの整理をして断捨離をしたいと思っていますが……人間は、とことん合理的な考え方ができないみたいです。

長尾義弘(ながお・よしひろ)
NEO企画代表。ファイナンシャル・プランナー、AFP。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。著書に『お金のツボ』(モバイルメディアリサーチ)『コワ~い保険の話』(宝島社)、『こんな保険には入るな!』(廣済堂出版)『怖い保険と年金の話』(青春出版社)『商品名で明かす今いちばん得する保険選び』『お金に困らなくなる黄金の法則』(河出書房新社)、『保険ぎらいは本当は正しい』(SBクリエイティブ)。監修には別冊宝島の年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。