社会インフラや社会サービスの一翼を担う存在に
では、平安保険は、具体的にはどのようなことを考えているのか。平安保険が今後重視する分野の1つ、P2Pレンディングは、現在最も勢いがあるものの、大小のスタートアップ企業が3000社と乱立しており、今後、当局による規制の強化など、不透明な部分が残る点は否めない。
ただし、既存の保険、銀行、投資事業から得られた資産や健康に関するビッグデータを解析し、レンディングにおける信用度判断の際の精度の向上や、貸付割合の算出への応用は視野に入れているようだ。つまり、本業の保険商品の販売による収益以外に、グループの既存の事業を活用した、新たな収益の確保に乗り出すであろう。
一方、医療・ヘルスケア分野については、まず、平安保険が開発した健康に関するアプリやウェアラブル端末との連動から顧客の健康状況を把握し、保険料の割引や新たな商品の開発が考えられている。顧客側は、保険料の支払いから保険金等の給付まで平安保険が持つオンライン上での手続きが可能となり、効率化が一層進むであろう。
ただし、平安保険が目指す医療・ヘルスケア分野への進出は、保険商品に関する健康優良割引や手続きの利便性の向上等にとどまらない。むしろ政府では手が回っていない医療インフラの補完や再構築によって、社会サービスの一翼を担う存在になることにあるのではないであろうか。本来なら政府が解決するべき課題であろうが、政府による医療制度の改革や整備が思ったよりも進んでいない現況下では、民間セクターへの期待も高い。
具体的には、医療機関や公的医療保険制度の改革といった「公的」なカラーが強い分野ではなく、それを支える補完的なサービスをオンライン及びオフラインにおいて提供していくことにある。
平安保険は、昨年、スマホのアプリとして「平安好医生」(Ping An Good Doctor)を発表した。このアプリは、日々の健康管理はもとより、軽度な症状でも、平安保険が提携する4万人の医師とオンライン上での健康相談、症状が重ければ、3000の提携病院や診療所の予約も可能としている。提携先の医療機関で診療を受け、平安保険の医療保険商品に加入している場合は、保険を通じて直接的な給付も可能にしていく予定だ。
また、一般的な流通薬のみならず、慢性病などで定期的な購入が必要な専門薬についてもネットでの購入を可能とする。上海、北京、深セン市などの大・中小規模の都市においては、急ぎの場合、2時間以内の配送を目指すとしている。当然のことながら、その支払いも平安保険がもつオンライン口座で瞬時に可能だ(図表3)。
中国では高度な設備が整った医療機関や、医師は都市部に集中している。また、公的な医療保険制度の加入者の多くは自己負担額が高いと感じている。これまで、都市部の病院で診察を受けるには、予約をするためだけに長時間並ぶ必要があり、それに要する人的、時間的コスト、更には自己負担額を考えれば、軽度な症状の段階での医療アクセスはしにくい状態にあった。
平安保険は社会における医療インフラを補完し、人々の生活に密接する医療サービスの利便性を向上させ、一方で、それによって得られたビッグデータを本業である保険商品のリスクコントロールや保障内容の拡充にも広く還元するという、政府、ユーザー、自社の相互利益を実現するつもりでいる。
発表からわずか1年の2016年末時点で、「平安好医生」のアプリのダウンロード数は3000万を超え、サービスを利用したユーザー数の1日の最高値は130万人に上っている。平安保険の発表によると、2015年は、その他の健康関連のアプリのダウンロード数と比較して、「平安好医生」のダウンロード数の割合が最も多かったらしい。
平安保険は、今後、このようなアプリを通じたサービスのユーザー数を、ひとまず自社が抱える顧客数の8000万人まで拡大する予定だ。ネットユーザー数が7億人という国内マーケットが、世界最大のマーケットでもあることを考えると、平安保険が考える世界トップという野望もあながち無謀とは言い切れない。
片山ゆき(かたやま ゆき)
ニッセイ基礎研究所
保険研究部 研究員
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