「金貸しが金を貸さないでどう商売するのか」
「株屋っていうのは信用されないんだよ」

「金貸し」や「株屋」という言葉にはどこか侮蔑したようなニュアンスが込められている。世の中には我々銀行員や証券マンを良く思っていない人がたくさんいる。決して我々銀行員がすべての人から賞賛されるような職業だとは思わない。

しかし、この人から言われると「あんたにそれを言われたくないわ!」とハリセンで突っ込みを入れたくなる。ついでに、金を貸さない銀行を批判する人にも言い返してやりたい。「金を貸すしか能のない金貸しよりも『金を貸さない金貸し』のほうがこれからの日本には必要なんだ」

財務大臣とは何者なのか?

冒頭の発言の主、ご存じだろうか。そう、麻生太郎 副総理兼財務大臣兼金融担当大臣である。

全国銀行協会の賀詞交換会でのことだ。銀行の融資姿勢に対して「手数料ではなく、リスクを取ることに銀行の目が向かないと企業はうまくいかない」と指摘、さらに「金貸しが金を貸さないでどう商売するのか」と批判したのだ。

別の機会ではあるが、証券業界に関して「株屋っていうのは信用されないんだよ」「詐欺かその一歩手前のようなことをやり『あんなやくざなものは辞めろ』と親に勘当されたやつがいるぐらいだ」とも発言している。

乱暴な物言いではあるが、我々銀行員はその言葉を真摯に受け止めなければならないのも事実だ。銀行の目利き力が落ちている。企業の将来性を正当に評価できず、担保で融資の可否を判断しているという批判は決して言いがかりではない。

銀行は融資が伸びず、利ザヤが縮小するなかで、金融商品の販売により手数料を稼がなければならないという経営課題に直面している。銀行や証券会社で顧客ニーズを無視した販売が行われていた事例があるのも事実であり、こうした批判は真摯に受け止める必要がある。「銀行も証券会社も悪だ」そう決めつけ、罵倒することで溜飲が下がる人もきっとたくさんいるだろう。

しかし、あろうことか財務大臣がこのような発言を行うことに強烈な違和感を覚えるのは私だけだろうか。

財務大臣とは何者なのか? 予算や税制、国債発行などを管轄する、日本の金融行政の責任者ではないのか。批判している本人こそ、自身が批判する「悪しき金融業界」を改革する責務を負った張本人ではないのか。

銀行と証券会社を「悪者に仕立て上げる」だけでは世の中ちっとも良くならない。この国の財務大臣は、そんなことも分からないのだろうか。

国をあげて「責任を押しつけ合う」構図

「変わらなければならない」多くの銀行員がそう口にする。

銀行経営は慢性的なオーバーバンキングで厳しさを増している。金利低下で融資金利はダンピング競争という泥沼から抜け出すことができない。銀行員なら誰だってこのままでは「マズい」と思うのは当然だ。だから、多くの銀行員は変わらなければならないと考えている。

しかし、「何をどのように変えたいのか」具体的に考えている銀行員は実に少ない。二言目には「許認可事業だからいろいろな規制があり、簡単には変えられないんだよな」「俺たちは、一生懸命やってるんだけど、銀行は体質が古いからね」などと繰り返し、結局は責任の押し付け合いになってしまっているのだ。

大臣から末端の行員まで誰もが、現在のあり方に疑問を抱いている。金融業界を「変えなければならない」と考えている。

にもかかわらず、いざとなると誰もが他人事のように責任を押しつけ合う「最悪の構図」が国をあげて出来上がっている。麻生大臣の発言に、私が強烈な違和感を覚えるのはそこなのだ。

金を貸さない金貸しの何が悪い?

私は金を貸さない銀行員である。金を貸さない金貸しの何が悪い?

かつては私も融資業務に携わっていた。しかし、理屈抜きで融資業務の現場は疲弊している。金利のダンピングに誰もが疲れ果てている。企業が銀行から資金を調達し、それによって社会全体が発展する「高度経済成長期」のようなハッピーなストーリーを描くことなどもはや不可能なのだ。

にもかかわらず、銀行では「融資が金融商品販売よりも上位に位置する」との古い認識がはびこっている。特に幹部ほど「我々の本業は融資だ」という意識を変えることができないでいる。

融資担当者が「低利で採算割れの融資案件」を獲得すれば、高い評価を得られる。そんな恐ろしいことが現実に行われている。こうした融資案件が銀行の収益を圧迫しているにもかかわらずだ。一方で、金融商品を販売する担当者に対する評価は厳しい。融資と金融商品販売では、貢献度と評価に大きなギャップがある。

「金貸しが金を貸さないでどう商売するのか」

そんな考え方では銀行に未来がないことは、多くの銀行員が気づいている。にもかかわらず、そんな前時代的な発想が、銀行内部にも根強く残っているのだ。

麻生大臣、あなたは何も分かっていない

私は金融商品を販売する部署へ異動したことで、多くを経験し、学ぶことができた。そして、これからの時代、「企業に資金を貸し付ける」ことだけが我々銀行員の使命ではないことを確信している。

なぜなら、さまざまな金融商品を活用することで、企業が抱えるリスクを軽減したり、付け替えたり、時には融資よりももっと有利な条件で資金を調達することができるからだ。

たとえば、輸入企業が必要としている米ドルを長期間安定的に有利な条件で調達できるような「仕組み」を金融商品を使ってつくり出すことも可能だ。損金算入できる金融商品で企業の利益をコントロールすることも可能である。相場の下落に備え、そのリスクをヘッジするような「仕組み」をつくり出すことだってできるのだ。実際にこうした我々の提案を喜んでくれる企業がたくさんある。

私は金を貸さない銀行員である。金を貸さない金貸しの何が悪い。金を貸さない銀行員は、金を貸すしか能のない金貸しよりも、遥かに「金の力」を知っているのだ。

麻生大臣、あなたは何も分かっていない。
「金貸しが金を貸さないでどう商売するのか」そんな前時代的な発想が日本の金融業界をダメにしていることに、あなたは気づいていない。これだから「政治家っていうのは信用されないんだよ」と多くの銀行員が失笑しているのを分かっていない。

金を貸すことだけが銀行の仕事ではない。これからの時代、さまざまな金融商品を活用し、経済を発展させ、社会に貢献する仕組みを模索する必要がある。すべての銀行員はもちろんのこと、あなた自身もその責任を担っていることに一刻も早く気づかなければならないのだ。(或る銀行員)

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