外資系金融機関でファンドマネジャーとして数兆円を運用した経験も持つ新井和宏氏。大病を患ったことやリーマンショックをきっかけに、利益や効率を至上とする資本主義、金融市場のあり方に対する疑問と向き合うべく、志を同じくする仲間と鎌倉投信を立ち上げた。鎌倉投信は「いい会社」に投資することで「信頼と共感で成り立つ経済の仕組みづくり」をめざしており、その想いは短期間で多くの個人投資家にも支持されている。NHK「ザ・プロフェッショナル」にも出演した新井氏が、新刊『持続可能な資本主義』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を上梓した。刊行の狙いと、新しい資本主義の形をどう実現しようとしているか、うかがった。(聞き手・濱田 優 ZUU online編集長)

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(写真=ZUU online編集部)

プロフィール
あらい・かずひろ
鎌倉投信 取締役資産運用部長。1968年生まれ。東京理科大学工学部卒業後、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)入社。バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現ブラックロック・ジャパン)に転じ、企業年金・公的年金などを中心に、株式、為替、資産配分など多岐に渡る運用業務に従事。ファンドマネジャーとして数兆円を運用した実績も。大病を患ったことやリーマンショックなどをきっかけに金融機関、金融市場のあり方に疑問を持つようになる。2008年11月、志を同じくする仲間4人で鎌倉投信株式会社を創業。10年3月に運用開始した投資信託「結い 2101」の運用責任者。社会性も重視して投資先を選定するこの投信の純資産総額は248億円(16年末時点)。著書に『投資は「きれいごと」で成功する』(ダイヤモンド社)がある。

「そんなのあり得ない」が共感を生む

――まずは本書をまとめるきっかけは何だったのでしょうか?

雑誌『WIRED』の特集「いい会社」(16年6月10日発売のVol.23)に協力してほしいと云われたことです。最初2ページの予定だったのですが、「そんな短くて伝わるわけないだろ」といったら12ページに増やしてくれた(笑)。しかも「現場に行かなきゃ分からないだろう、行く気はあるのか!?」と言ったら編集部からは「行きます」と返ってきまして、都合7社ほど地方の企業を回って取材しました。それを見た出版社(ディスカバー)の社長さんがぜひこの話を世の中に伝えたいと熱く語られて…。実はこれ初版が1万7000部らしいんです。

--それは出版不況といわれる中でかなり期待された数字ですね。反響はいかがですか?

前著『きれいごと~』は5刷まで出ていて、当時NHKの「ザ・プロフェッショナル」にも取り上げていただいたのですが、それでも累計1万6500部なんですよ。それを初版で超えるというので「在庫の山になるのでは」とプレッシャーでしたが、3月末の発売から2週間で増刷になり、2万部も超えたとのことで正直ホッとしています。

本で紹介した会社さんからお礼状をたくさんいただきました。「うちが取り上げられてないのが寂しい」という声もありました。紹介した事例を読んで、会社がそれぞれの個性を出しながら変わっていけることを知って、「勇気づけられた」といった声も多かったのが嬉しかったです。

『持続可能な資本主義』
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--書籍で紹介されている会社は新井さんや鎌倉投信の姿勢に共鳴しているわけですが、それ以外の会社や人からの反応はどうでしたか?

たとえば上場企業の中でも、どうやったらそっち(従来の効率や売上・利益を至上とする資本主義ではなく、本書が提唱する「持続可能な資本主義」を貫くスタンス)に行けるんだろうという悩みはあるんですよね。

上場企業だと、説明責任がある株主と対話の中で、どうやってそういう方向性を打ち出して理解してもらうかという話です。行きたい気持ちはあっても舵が切れないところは多いようです。

--分かっちゃいるけどできない……。どうやってそのラインを越えればいいのでしょうか。

それは個社で違いますね。舵の切り方は会社それぞれ。実際に切った会社にも、それぞれ理由があって、その理由はすべて違います。

例えば、本書で紹介した障碍者雇用に積極的なエフピコが舵を切らなきゃいけなかったのは環境問題です。環境意識の高まりから「トレーなんか要らない」といわれるようになり、存在意義そのものがなくなるかもしれない中、環境に配慮した形でやっていく必要がある。追い込まれた中で彼らが考え出したのがリサイクル製品「エコトレー」だったわけです。使用済みトレーを捨てず、再生原料として使うエコトレーは、原料の製造や廃棄・リサイクルの過程で生じるはずだったCO2を生まないという効果がある。

そしてそのトレーを回収して分別する作業も、健常者がやると長時間の単純作業だからサボる人が出てくる。一方で、障碍者の中には集中力が人並み外れていて、向いている人たちがいると。障碍者を雇用した理由はそこにある。

きっかけとなる要因は個社によって違う。そして、ある一定のラインを超えると共感が生まれるんです。感動って人の感覚を超えた時に生まれると思うんですが、私の感覚でいえば、人の感覚の中で重要でないことは「2シグマより外」、つまり5%。5%以上のウェートを占めない行為は、重要ではないと判断されてしまう。5%を大きく超えると何らかの意志があると思う。ただ超えるだけでなく、大きく超える。

その5%が何かは業界や会社によって違います。たとえばエフピコの障碍者雇用率は約15%で、5%を大きく超えています。それを聞くと誰もが驚くわけです。「障碍者雇用率って2%いかないくらいじゃなかった?」って。圧倒的に何かすごいものに接すると人の心が動くんです。

障碍者雇用率なんて分からないという方もいるでしょうが、知らない人は5%前後だと無意識に「そんなにすごいことではないよね」と思ってしまう。実際は5%でもすごいんですが、驚かれない。大きく超えることで、「そんなことやって大丈夫なの?」という疑問が生じ、その疑問が解けると共感につながる。「そんなの、あり得ないだろう」が共感を生むんです。

企業のCSRは「とってつけたもの」が多く疑問 重要なのは本業の拡大解釈

--自分が採用担当者ならともかく、そうでないと分かりませんね。

多くの人が「すごい」と思うかどうかは大きなポイントです。中途半端だと人の共感は呼ばない。大きく超えるところに経営者の覚悟が見えるんです。人は「この会社、この経営者は本気だな」と思ったときに応援したくなる。

これは僕の感覚でしかなくて、実際が4か5かはどうでもよいんですが、統計をずっとやってきて、やっぱり2シグマが一つのラインだと思います。会計でも重要性の原則で5%以下が一つの目安にされ、それ以下だと重要な項目でないと判断されますが、これも関連しているかもしれません。

そして人の心を動かすことをやらない限り結果はともなわない。要は共感ベースにしていくということ。そうすると価格競争から離れられる。効率的、合理的に判断をするという行為から、「ファンだから、好きなんだから買う」となる。いやらしい言い方になるかもしれませんが、価格競争から離れるための戦略と捉えることもできます。

--「好きだから買う」という話を聞いて頭に浮かぶのはブランドです。「ブランド」というものをどのように考えていますか?

ただブランドはマイナスに働くことがあります。固定化すると怖いんです。会社が戦略的に狙ってやってる分にはいいですけど、そうでなかったら裏切り行為になりかねない。

そもそも、企業の社会的価値を高めることイコール、ブランディングなんです。最近は環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮した企業に投資する「ESG投資」もよく耳にしますが、企業価値を上げるためには、もう社会性がテーマになってこないと、なかなか評価してもらえない、という感覚はあります。

一方で、企業のCSRの多くは、とってつけたような「それ本業と関係ないよね」というものが多いように思えます。本業をよりよくすることが求められているわけであって、本業の拡大解釈がどれぐらいできるかが勝負なんです。本業から乖離してることをやったって意味がない。たとえば本業とまったく関係ない植林をしても仕方ない。

--出版社が紙を使ってるから植林しようというのはいいと。

それならまだ分かります。当たり前といえないものでやったら駄目。当たり前でないことをやっていたら、赤字になったらやめちゃうから。それでNPOが苦しんでるんです。「持続可能」にするには本業じゃなきゃ駄目。

本業の範囲をどれだけ広く考えられるかがセンスです。伊那食品さんは自治体でもないのに地域のために信号機までつくっています。「社員や地域のためを考えたらこれが必要なんです」と言い切れるものを持ってないといけない。

--それはやはり経営者が旗を振らないといけない。

経営者の覚悟と、それを支えようとする社員が必要です。覚悟から始めること。大企業になればなるほど、サラリーマン化するから覚悟ができないわけです。取りあえず、自分がいる任期さえよければと考えたら覚悟のしようがない。

逆に大企業でトップが決断できないならチーム単位で変わるしかない。よく大企業の中間層からトップの問題を相談されるんですが、その場合は、自分から下のピラミッドの部分についてはきちんと理念を持てばいいんです。理念をもとにチームの運営をしっかりやっていってチーム単位で会社を変えていこう、という話をしますね。

なぜ日本に100年続く企業が多いのか

(写真=ZUU online編集部)
(写真=ZUU online編集部)

--「上が変わらない」ではなくて、「自分の部署を変えよう」ということですね。昨今、効率化、コストパフォーマンスが重視されますが、働き方、企業のあり方については?

合理的、効率的にやろうとしたときに、そぎ落とされるものがあります。そこに大切なものが存在する場合はそぎ落としちゃいけない。なくそうと思った無駄が本当に無駄かどうか。たとえば製造原価を管理して歩留まりを高める効率化は必要な改善ですが、ハブ役の人を人件費という観点だけ見てリストラしたら、職場はギスギスするに決まってます。

余裕と無駄を判別できない。そこが間違ってはいけない。「長期的な視線に立てばこれは無駄じゃない」という判断ができない、イメージできない。それは感性です。長期的にものを見る経営者はその感性があります。

--人が1人減れば人件費が減るという話に……。

なりますね。そうじゃなくて、それが結果的に将来の利益につながるというストーリーをつくれないだけ。それではイノベーションは起きない。効率的な人員しかいないから、兵隊、イエスマンしかいなくなって、組織もボロボロになる。

多様性って面倒くさいし時間がかかるんです。当たり前です、短期的には違うほうを向いてるんだから。違う方向を向いてくれなきゃいろんな意見が出ない。その上で、長期的な行き先、目指す方向は同じでないといけない。多様な意見が出るような形にすることは、効率的ではありません。

--その役回りの人が社内で機能していない場合、機能させるためにはどうするべき?

社会全体でいえば、そういう経営のあり方が可能だということを僕らが言わなきゃいけないと思って、この本を書いたんです。機関投資家がこんな発想、つまり短期的な売り上げや金銭的な利益だけを追求しろとは思っていないと考えていると、経営者に思ってもらわないといけない。

いま「株主は、企業は株主のものだと思っている」という考え方の中で、社会が動いているわけですが、企業は公器であって誰のものでもない。経営者のものでもない。みんながそれぞれ役割を担っている、という価値観が日本にはある。実はこれ、欧米にはないんですよ。特にアメリカにはない。株主資本主義ですから会社はモノなんです、誰かの所有物。その所有の概念が消せるのは、日本人ならではです。

なぜ日本に100年続く企業が多いか考えたときに分かったことがあります。たとえば欧米の企業は基本的に必ず個人名が前に出ています。一方で日本では屋号とか製品に魂を入れるんだけど、職人名は出ません。本質はそこにある。この本でも言っている「八方よし」(社員/取引先・債権者/株主/顧客/地域/社会/国/経営者という八方のステークホルダーすべてと共通の価値観を見出すことを目指す考え方)の価値観、本当の公器としての扱いは日本からしか出せないと思います。

--ホンダも本田宗一郎氏が名前を冠したことを後悔したといいますね。ただ日本企業も海外に出て欧米企業と戦わなければいけない時代です。果たしてその発想は海外の消費者に通用するのでしょうか。

海外もついてくると僕らは思っています。『WIRED』の「いい会社特集」をやってるときに聞いたんですが、『WIRED』英国版でも同じような特集したそうなんです。世界で同時発生的に、そういった会社が愛されるという風潮になってきてはいるわけです。

企業が所有物であるという概念とか、金融資本主義や株主資本主義みたいなものに対して、「そういう価値観、考え方でいいの?」と疑問視するところまでは海外も来てるわけです。例えば、僕が前にいた会社(現ブラックロック)が日本の企業400社に対して書簡を出していますが、そこには短期的な利益ばかり追ったり安易な株主還元を求めたりするのではなく、将来に向けた成長投資を優先すべきだし、企業の持続的な成長にはESGが欠かせないと書いてあるそうです。

欧米の機関投資家ですら、そういう書簡が出る時代。今まで見ていたような短期指向というところから、実は少しずつ変化の兆しは出てるんです。