シンカー:2010年からの6年間は、グローバルな需要不足とデフレ懸念が特徴であった。2010年のG20で、リーマンショック後の財政拡大の反動で、財政再建と金融緩和の強化の方向性で合意したのが転換点であったと考えられる。金利低下による資本の活発な動きに対して、需要停滞により賃金と雇用の回復は遅れ、質は悪化し、財政政策による所得の再配分と社会保障の拡充は弱く、貧富の格差や中間層の没落が、ポピュリズムの蔓延につながった。景気回復が十分ではないにもかかわらず拙速に財政再建を進めてしまったことにより、各国の現政権への不満が大きくなってしまったからだ。日本でも、拙速な財政緊縮により、景気回復の実感を国民に届けることができず、総賃金の拡大を含め実体経済はしっかり回復しているにもかかわらず、国民の現政権への不満が大きくなり、ポピュリズム的な政治の動きを拡大させてしまったように見える。この総選挙の意味合いは、争点の有無よりも、政権与党の総意が財政再建よりも成長重視に変わることで、今後は財政政策は緩和に向かっていくことになるだろう。理論的には、グローバルな競争の激化などで物価の低迷が引き起こされたように見えるが、それは相対物価の話であり、財政をしっかり拡大して需要対策と格差是正に取り組んでいれば、絶対物価水準の低迷やポピュリズムの蔓延は起こらなかったはずだ。一方、金融政策への過度な依存への反動で、景気回復の促進と格差是正のため、財政拡大を含めた政策を総動員することで合意した2016年のG20、そしてその流れを加速したG7は新たな転換点だったと考えられる。2010年からの6年間は緊縮財政などによるグローバルな需要不足とデフレ懸念が特徴であったが、これからの5年間は財政政策が緩和気味になれば、グローバルな需要回復とインフレ復活が特徴になるかもしれない。拙速な財政緊縮と金融政策の引き締めがなければ、日本はここから5年間で、インフレ期待の復活にともないインフレ率も2%に向けて上昇し、デフレ完全脱却に向かう可能性が高くなるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

2010年からの6年間は、グローバルな需要不足とデフレ懸念が特徴であった。

2010年のG20で、リーマンショック後の財政拡大の反動で、財政再建と金融緩和の強化の方向性で合意したのが転換点であったと考えられる。

グローバルな強い金融緩和は、金利水準を低下させ、新興国の投資を活性化し、グローバルな景気回復が一時的に支えられた。

しかし、財政再建が先進国の需要の回復を鈍化させたことが、先進国の需要に依存する新興国の供給能力を過多にし、行き過ぎた投資の反動とそのストック調整がグローバルな景気・マーケットの不安定化につながってしまった。

供給余力のある新興国が需要の停滞する先進国に輸出攻勢をかけていけば、先進国では企業の過剰競争が起き、物価は停滞してしまう。

金利低下による資本の活発な動きに対して、需要停滞により賃金と雇用の回復は遅れ、質は悪化し、財政政策による所得の再配分と社会保障の拡充は弱く、貧富の格差や中間層の没落が、ポピュリズムの蔓延につながった。

景気回復が十分ではないにもかかわらず拙速に財政再建を進めてしまったことにより、各国の現政権への不満が大きくなってしまったからだ。

理論的には、グローバルな競争の激化などで物価の低迷が引き起こされたように見えるが、それは相対物価の話であり、財政をしっかり拡大して需要対策と格差是正に取り組んでいれば、絶対物価水準の低迷やポピュリズムの蔓延は起こらなかったはずだ。

中央銀行の大規模な金融緩和の効果が小さく見えるのは、財政緊縮などによりネットの資金需要(企業貯蓄率と財政収支の合計)が弱く、マネタイズするものが存在せず、マネーや貨幣経済の拡大を促進できなかったのが理由であると考えられる。

デレバレッジやリストラなどで企業貯蓄率が高止まっている間は財政拡大で十分なネットの資金需要を生み出す必要があったが、「デフレは貨幣的な現象であり、財政政策はマンデル・フレミング効果(金利上昇と為替高による下押し)があり無効で、金融政策のみで需給不足を解消できる」という旧来の経済学の考え方が足かせになったようだ。

一方、金融政策への過度な依存への反動で、景気回復の促進と格差是正のため、財政拡大を含めた政策を総動員することで合意した2016年のG20、そしてその流れを加速したG7は新たな転換点だったと考えられる。

金融政策・財政政策・構造改革をG7版の三本の矢としてバランスよく用いることを確認し、財政再建が主眼であったこれまでの方針から転換した。

ポピュリズムの蔓延に対する警戒感も、政策転換を後押ししたとみられる。

2010年からの6年間は緊縮財政などによるグローバルな需要不足とデフレ懸念が特徴であったが、これからの5年間は財政政策が緩和気味になれば、グローバルな需要回復とインフレ復活が特徴になるかもしれない。

ポピュリズムによる政情不安が財政拡大を過多にしたり、金融政策の調整が遅れれば、グローバルにインフレが問題となるリスクもあろう。

企業の資金需要の回復と財政政策の緩和によりネットの資金需要が大きくなれば、正常化は進行しても中立的な水準より緩和気味な金融政策の効果は強くなり、物価上昇を促進していくことになる。

先進国では、これまでの需要停滞による企業の支出抑制姿勢が、生産性の停滞につながっている可能性があり、需要拡大後のインフレの進行は予想より早くなるリスクもある。

新興国ではバブル的な資本の短期的拡大、そしてストック調整があったが、資本の質の向上(深化)は遅れているとみられ、生産性の向上が弱ければ、インフレリスクは大きくなる。

一方、緊縮財政に戻れば、景気回復力を削ぎ、ポピュリズムが更に蔓延し、経済問題は、社会問題や地政学問題というより深刻なものにつながるリスクが生まれる。

もともと、金融緩和の強化と財政緩和のコンビネーションで、貧富の格差や中間層の没落を食い止めながらの政策運営がなされていれば、これほどのグローバルな景気の停滞とポピュリズムの蔓延という不安定な状態に陥ることはなかったかもしれない。

インフレかポピュリズムの蔓延かという、好ましくない二者択一になることもなかったであろう。

日本でも変化が起きつつあるようだ。

拙速な財政緊縮により、財政支出による所得の分配やセーフティーネットの拡充が弱く、景気回復の実感を国民に届けることができず、総賃金の拡大を含め実体経済はしっかり回復しているにもかかわらず、国民の現政権への不満が大きくなり、ポピュリズム的な政治の動きを拡大させてしまったように見える。

現政権の批判の受け皿を目指している希望の党の代表である小池東京都知事は、「景気回復の実感がともなっていない」と、アベノミクスがデフレ完全脱却に向けて粘り強く一貫した政策をとることができていないことを批判している。

財政政策と構造改革が中途半端なことは、現政治体制がさまざまなしがらみから脱却できていないことが原因であり、それを新政治体制で打破する必要があると考えているようだ。

希望の党は、景気回復が十分ではないとして消費税率引き上げに反対している。

このような不満が国民の間で大きくなることへの対処もあり、政府は、消費税率引き上げにともなう税収の増加分を教育無償化などの「全世代型社会保障」に恒久的に使う方針で、その他の部分もデフレ完全脱却までの限定で景気刺激の経済対策として利用される可能性が高い。

自民党の政権公約では、2020年までの3年間を「生産性革命・集中投資期間」として、「大胆な税制、予算、規制改革などあらゆる施策を総動員する」とされた。

財政政策は、高齢化に向けた財政赤字に怯えた守りの緊縮から、教育への投資を含む「全世代型社会保障制度」の創出、防災対策とインフラ整備、そしてデフレ完全脱却による更なる成長を企図する攻めの緩和へ明確に転じることになる。

政府は2020年度の基礎的財政収支の黒字化のターゲットを先送りする方針だ。

この総選挙の意味合いは、争点の有無よりも、政権与党の総意が財政再建よりも成長重視に変わることで、今後は財政政策は緩和に向かっていくことになるだろう。

このような背景で、グローバルな物価のトレンドは、デフレからインフレに転換しつつあると考える。

最近の物価の停滞はまだ過去6年のトレンドが残っているからで、その停滞は「一時的」であるというイエレンFRB議長の指摘は正しいだろう。

グローバルで最強のデフレ構造、即ちコスト上昇に頑強性を持っている日本は、金融政策を最後まで緩和していることができる利点を持っている。

結果として、円安の動きの影響も含め、経済パフォーマンスは良好となろう。

拙速な財政緊縮と金融政策の引き締めがなければ、日本はここから5年間で、インフレ期待の復活にともないインフレ率も2%に向けて上昇し、デフレ完全脱却に向かう可能性が高くなるだろう。

ただ、新興国のインフレとそれにともなう金利上昇、そして資本逃避が大きな問題となれば、グローバルな景気・マーケットの新たな不安定要因となるリスクがあることには注意が必要だ。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司

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