経済学の教科書を紐解くと、クラウディングアウトとは、政府が資金を賄うために国債の発行を増やすことによって、市中の金利が上昇して自国通貨が増価するため、民間の投資や輸出が抑制されることを意味し、変動相場制において財政政策は無効となっている。
効きにくくなるクラウディングアウトの効果
しかし近年は、マネーのグローバル化により世界の実質金利が収斂しやすくなっていることも事実である。したがって、こうした側面から考えると、国債の発行増加により財政赤字が拡大しても金利が上昇しにくくなる方向に働くため、自国通貨の押し上げを通じたクラウディングアウトの効果は限定的となる可能性がある。
さらに日本では、政府債務残高を大きく上回る家計の金融資産が存在するうえ、日銀が発行済み国債の4割以上を保有しながらイールドカーブコントロール政策を実施しているため、金利上昇や自国通貨の増価(円高)は起こりにくくなることも考えられよう。
こうした中、将来的な財政再建にあたっては、歳出の徹底した効率化が不可欠といわれている。しかし、日本は2013年の公的教育支出/GDP比が3.5%とOECD平均の4.8%より低く、日本は教育にかける予算が先進国中最低クラスである。こうしたことからすれば、子供の教育のために国民に負担増を求めることへの批判は比較的少ないだろう。また、現在の安倍政権では経済成長を重視しているため、増税が可能となる経済環境が整う前には増税が実施されにくく、自ずと「景気配慮」が働くことが期待される。
この背景には、不況下で財政赤字を増税で賄い始めた場合、税収不足が拡大し続けてしまう可能性がある。実際、ギリシャやアルゼンチンが財政破たんしたのは、PB黒字化に真面目に取り組んだ結果とする分析もあり、不況下で増税を重ねれば、いずれ首が回らなくなるのは日本も海外も同じであろう。これが不況下での増税の最大の問題点である。
IMFの試算によれば、日本のGDPギャップはまだマイナスであり、デフレに完全に歯止めがかかっているとは言い難い。国内需要の回復による景気押し上げ圧力が弱い中で少子高齢化という課題もある。このような経済状況の下では、緊縮財政によるショックを与えるのは適当ではないだろう。
望ましいのはターゲット制
消費税率の引き上げは、購入価格の上昇を通じて景気に悪影響を及ぼす。実際に行われなくても、そうした議論が盛り上がるだけで、個々の家計が将来の負担増に対する不安感を過度に高め、こうした不安は個人消費に悪影響を及ぼすことは、2014年4月の消費税率引き上げ後の状況からも実証済みである。もし、その結果として景気が低迷して税収が減少したら、いずれは財政再建の進展をも妨げる可能性もある。
他の増税も同じである。したがって、家計の負担増が個人消費や景気動向に大きな悪影響を及ぼすことのないように慎重に議論を進め、その結果、特定の時期を設定せずに、目標とする名目成長率や雇用者報酬の伸びが達成されたところで実施するのも一つの案だろう。
経済がこうなるまで増税しないというターゲットを示す方が国民の理解を得られやすい。例えば、具体的に雇用者報酬の前年比が安定的(例えば3四半期連続)に2%を超えたら、消費税率を2%上げる方針を掲げてもよいのではないだろうか。政局に左右されずにスムーズに消費税率の引き上げが可能になるものと思われる。
ただし、日本経済がデフレに陥った90年代後半以降の名目GDPと雇用者報酬の前年比を見ると、2016年第1四半期から第4四半期まで4期連続で前年比2%を超えているが、2017年第1四半期で同1.0%にまで減速してしまっている。結局、消費税引き上げが可能となる経済環境を実現するには、先ずは完全なデフレ脱却が必要条件ということであろう。
永濱利廣(ながはま としひろ)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部卒、2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年4月第一生命入社、1998年4月より日本経済研究センター出向。2000年4月より第一生命経済研究所経済調査部、2016年4月より現職。経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事兼事務局長、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使。
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