EU諸国の経済状況に関してさらに詳しくみていくと、意外と深刻な問題が山積していることに気づきます。現在のEUとイギリスとの関係、そして経済大国であるドイツやイタリアの動向を深く探っていきましょう。

(本記事は、大前 研一氏の著書『マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機』KADOKAWA(2017年6月16日)の中から一部を抜粋・編集しています)

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大前研一,マネーはこれからどこへ向かうか 「グローバル経済VS国家主義」がもたらす危機
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EUを離脱すればイギリスに魅力などない

採用されなかったファイナンシャル・タイムズへの寄稿において、私は「EU離脱の問題はかなり深刻である。なぜなら我々日本企業がアメリカに次いで最も多く投資しているのがイギリスだからだ」という指摘をしました。

日本企業がヨーロッパ全体のヘッドクオーターをイギリスに置くのは、イギリスがEUの一員だからです。EUを離脱すればそうはいきません。日本企業がイギリスに投資をしたのは、昔はイギリスのマーケットが目的でした。しかし、EU加盟後はそうではありません。語学力や勤勉性など、イギリスの労働力が優れていることが前提ではありますが、イギリスで生産したモノがEU域内に無関税で輸出できることから、「EU全体のための工場」をイギリスに造ったのです。

1200ほどの日本企業の工場がイギリスで操業しており、そのうち半分以上はウェールズに位置しています。

日本企業がヨーロッパに進出する際には、ほぼ目をつむったままイギリスに行くといえるほど、イギリスは進出先として優れた国です。ヨーロッパにおいてイギリスだけは、自分たちが外にする対外投資と海外から来る対内投資がほぼ同規模となっています。ドイツもフランスも海外からの投資は、自分たちが行う対外投資の半分程度です。

マッキンゼー時代、日産のイギリス工場をプランニング

サッチャー政権時、私は日産自動車がイギリスに工場を造るお手伝いをしました。

イギリスにおける同社の市場シェアが16%と非常に高かったため、日産自動車社長(当時)の石原俊氏がサッチャー元首相に呼ばれ、そろそろイギリスに工場を造るように言われました。石原さんが我々には海外生産のノウハウがありませんと答えると、サッチャー氏から「マッキンゼーに頼めばいい」と言われ、当時日本支社の支社長だった私が支援することになったのです。

当時のイギリスは失業率が15%で、マッキンゼーが日産の工場建設をプランニングしていると報じられると、セントジェームズの72番地にあるマッキンゼーのロンドン事務所には、何が何でもうちに来てくれという各市町村長が殺到しました。建設予定地だったサンダーランドに行けないほどの大騒ぎとなり、視察にはヘリコプターを使ったほどです。

サンダーランド工場は、日産の全世界の工場の中で最も優秀な工場です。視察すると、なぜ、多くの海外企業がイギリスに進出するかが分かります。労働者が優秀、かつ熱心であり、日本に呼んでトレーニングをすると、ほとんどのノウハウは伝わります。現在、ルノーと実質的に一体化した日産において上層部まで出世しているのは、日産の人でも、ルノーの人でもなく、ほとんどがサンダーランドのイギリス人というほど優秀です。

イギリス以外どこに行けばいいか

日本企業としては、イギリスはEUに残留してくれるのが望ましかったのですが、実際に離脱が現実のものとなったときは、頭を抱える事態が起こります。

南ヨーロッパの人は勤勉さの点で日本流がなかなか根付かず、日産、味の素など、進出した日本企業の多くが撤退しています。

ドイツにも多く進出していますが、ドイツの失業率は1%ですから、雇用の確保が困難です。

イギリス以外のEU加盟国に移転するのか、関税を払っても(実際、単純な離脱なら10%もの関税がかかる)イギリスからEUに輸出する方がいいのか。しっかりと検討し、決断しなければなりません。

EU離脱となった場合、最悪のシナリオが誘発される可能性もあります。EU離脱によるUK(United Kingdom)の崩壊です。

スコットランド国民党の女性党首ニコラ・スタージョン氏は、イギリスがEUを離脱するなら、自分たちは独立してEUに残るオプションを模索すると発言しています。

新たにEUのメンバーになるには28の全加盟国の賛成が必要です。過去、スコットランドがイギリスから独立し、かつ、EUに加盟することを望んだ際には、イギリスの反対が予想されたためにうまくいきませんでした。しかし、もしもイギリスが離脱すれば、イギリスの賛成票は必要ありませんから、スコットランドが独立してEUに加盟することも可能となります。

これは日本企業から見るといい話です。なぜなら、スコットランドが独立すれば、それに続いて、日本企業が多く進出しているウェールズでも独立運動が起きる可能性があるからです。ウェールズが独立してEUに加盟すれば、ウェールズにある日本企業は、そのまま、EUでのメリットを受けることができます。

北アイルランドについては、イギリスから離れてアイルランドとの統合を模索するシナリオも考えられます。

そうなれば、UKは崩壊し、気が付くとイギリスはイングランドだけになった、というシナリオもあり得ます。

イングランドだけになると、その中心はシティであり、シティの産業は金融業です。

金融業の人たちはもともと、EU離脱に反対ですから、イングランドだけになって、もう1度国民投票をすれば、完全に“ステイ(残留)”という結果になるでしょう。

UKの未来を見極めながら移転準備を整える

イギリスがEUを離脱したとして、さらにスコットランドやウェールズが独立するのか、アイルランドもUKを去るのか。UKのこれからの姿が見えてこないうちは、日本企業も、イギリス企業も、誰も次の意思決定ができません。それによって、どこに何を置くべきかが大いに変わってきますが、ウェールズかスコットランドが独立してEUに加盟すれば、そこに動けばいいということになってきます。

実際にイギリスがEUを離脱するまで2年ありますから、その間にEU諸国への移転準備を整えるのが現実的でしょう。あるいは、ウェールズの独立、EU加盟を後押しする、という手もあります。

製造業でどうしてもすぐに意思決定を下さなければならない場合は、旧東欧圏しか候補はないでしょう。私の経験から言えば、前述のとおり、南ヨーロッパは駄目です。

フランスは政府の影響が強過ぎてどうなるか分かりませんし、ドイツは雇用が確保できません。ただしドイツで稼働している企業を買収するのは有効だと思います。

メルケル首相を悩ませるドイツ銀行

ドイツにはもうひとつ大きな問題があります。ドイツを代表するメガバンクであるドイツ銀行です。ドイツ銀行の破綻懸念が広がっており、EUの諸問題に加え、国内問題がメルケル首相を悩ませているのです。

銀行業務、証券業務、保険業務などを広く兼営するユニバーサルバンクであったドイツ銀行は、2002年のユーロ導入に前後して投資銀行業務に軸足をシフト。アメリカ市場を開拓しました。

08年のサブプライム住宅ローン危機が表面化すると、住宅ローン担保証券を販売したことに対する賠償責任を問われ、アメリカ司法省から1兆4500億円もの制裁金を求められました。ほかにも7000件の訴訟を抱えています。

ドイツ銀行には約260兆円もの巨額負債があり、収益性は大幅に低下。ECB(欧州中央銀行)の金融緩和やマイナス金利のために、収益があげにくい状況です。

ちなみに日本の銀行には負債はほとんどありません。260兆円という負債はあまりにも巨額で手が付けられず、公的資金の投入を強く批判してきたメルケル首相やショイブレ財務大臣は、救済しないと明言しています。ドイツ銀行は自らで処理すると言っていますが、金利がほとんど付かない状態では儲けようがないのです。

IMF(国際通貨基金)は金融機関のシステミックリスクに対する指数を出していますが、社債、スワップ、その他を指数化して主要金融機関を評価したところ、グローバルな金融システムに及ぼす影響度合いの大きさはドイツ銀行が1位となっています。万が一のことがあれば世界規模の影響がある、ということです。

ドイツ銀行が自立更生できず、救済もできなかったときにはリーマンショックの比では済みません。そうした危険をドイツは抱えているのです。

メルケル首相は2017年の選挙でこの問題を問われます。救済しないと言っていますが、もし救済するとしても、それはそれで大変です。ヨーロッパにはESSF(欧州金融安定化基金)、またESM(欧州安定メカニズム)がありますが、資金は50 兆円ぐらいしかなく、全く足りないという状況なのです。

イタリアがユーロ離脱ならイギリスより影響は深刻

イタリアは上院の権限を縮小する憲法改正案を問う国民投票で改正案が否決され、親EU派のレンツィ首相が辞任、後任のジェンティローニ氏が選挙管理内閣を組閣しました。彼はベテランの政治家ですが、力がありません。

今、イタリアではユーロ離脱の国民投票実施を掲げるポピュリズム政党「五つ星運動」が台頭し、この勢力が地方選に勝利しています。この勢いが続けば国民投票をしてEU離脱を問うことになり、イギリスのEU離脱に続いてイタリアもEU離脱を目指す、ということになりかねません。

もしもイギリスとイタリアがEUを離脱すれば、スペインも同じことをしかねず、ヨーロッパのトップ5でEUに残るのはフランスとドイツだけになります。そうなればEUはもたないでしょう。

イタリアのEU離脱がイギリスよりも深刻なのは、通貨にユーロを使っていることです。ユーロはEUのメンバーでなければ使えませんから、離脱すれば、イタリアはリラに戻らなければなりません。イタリアへの輸出入にはリラの信用性や為替水準が影響することになり、世界的に大混乱を来すのは必至です。

このほか、イタリア第3位の銀行モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナの経営悪化問題もあります。

ドイツ銀行の破綻、イタリアのユーロ離脱。こうした大きな問題が顕在化する可能性もあるのです。

大前研一
株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長/ビジネス・ブレークスルー大学学長。1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。