時間に縛られる現代人
現代人は忙しい。日々仕事に追われ、仕事以外でもやるべき作業や勉強が山積みになっている兼業投資家は多いだろう。そして、そもそも自分が忙しいかどうか、何をしなければいけないかを判断する際には必ず時間の概念が絡んでくる。
何月何日の何時までにこれだけ多くのことをしなければならない、と考えるからこそ忙しいと判断しているのだ。具体的なタイムスケジュールや期限を設定していなくても、だいたいの目安は無意識にイメージしているだろう。
もしも時間の概念がなければ、忙しいという発想もなくなる。期限の設定がなければ何も急ぐ必要はないからだ。見方によっては時間の概念は現代人を苦しめているのだが、そもそもいつ、何のために時間の概念が誕生したのだろうか。
本連載最終回となる今回【第7回】では、現代人がお金を出してでも確保すべき時間について原点に立ち返って考えてみる。
太陽が照らす影で時間の概念が誕生
1日24時間、1年365日の暦が世界中で共通する基準として定着する現代からは、この基準が存在しなかった時代の生活を想像するのは困難かもしれない。時間の概念がなければ、待ち合わせの時間を設定することも、自分が何歳かということも把握できない状況になる。
決められた出勤時刻、会議の時間、子供の送迎など分単位での管理を求められる現代人にとっては、時間の概念が存在しなかった時代は、時間に縛られることなくゆったりとした時が流れていたに違いないと、羨望の眼差しを向けてしまうだろう。しかし、古代人にとっては、時間の概念を生み出し、正確に測定することこそが、食糧の安定生産に繋がり、生命の危機から脱却して文明を発展させる鍵ともなった。
世界4大文明に掲げられるメソポタミア・エジプト・インダス・黄河文明は、それぞれ豊かな水源が肥沃な大地を生み、農業が発展したことで文明の隆盛を迎えた。その農業の発展に欠かせなかったのが、季節の概念を確立させ、その周期性を把握することだった。時計も暦も存在しなかった時代、古の先人たちは、太陽や月、星といった天文学を駆使して、季節を把握し、時間の概念を作り上げていったのだ。
地球が太陽の周りを回る周期を元に、1年365日という暦の概念を生み出したエジプトでは、この暦を活用してナイル川の氾濫時期を把握することで農作物の栽培をコントロールしていたという。紀元前約3500年頃、エジプト人は方位碑となるオベリスクを建て、碑が太陽に照らされてできる影の位置を基にして午前と午後に分割。これにより、歴史上初めて、1日が分割され、時間の概念が誕生したとされる。
さらに、紀元前1500年頃にエジプトで使用されていたとみられる世界最古の日時計が発掘された。このT字型の日時計は、日の出から日没まで、影ができる範囲を12個に分割した。太陽が沈んだ後は、星を観測することで、夜の時間も日照中と同様に12の単位に分割。エジプトでは12進法が採用されていたことから、この分割数に落ち着いたとみられる。
1日を24の単位に分割したエジプト人だが、太陽が照らす影と星の動きに頼ったこの方法では、季節によって日照時間と日没後の時間に差があるのが問題点だった。それにより、24個で構成する1つ1つの単位は、現在のように均等な1時間の長さには揃わなかった。分割された24を構成する1つ1つが、均等に同じ1時間という長さを持つようになるのには、14世紀の機械時計の誕生を待たなければならなかった。