(本記事は、神田山緑氏の著書『講談で身につく ビジネスに役立つ話術の極意』つた書房、2018年3月26日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

話術でビジネスは加速する

講談で身につく ビジネスに役立つ話術の極意
(画像=Rawpixel.com/Shutterstock.com)

実はトップランカー(その道の頂点に位置する人)は、講談のスキルを活用してます。

講談を読んで役立てた松下幸之助さん、講談を身につけて役立てた中村天風さん、このお二人に代表されるように、講談はビジネスに大いに役立ちます。

他の話芸でも一緒じゃないかといわれるかもしれませんが、そうでもないのです。

例えば、落語は笑いが中心で、名もない市井の人々の心のひだを描いています。

コミュニケーションに必要な「間」を学んだり、エスプリを利かせるという意味では有効かもしれません。

講談はストーリー性が高く、史実や事実を「見てきたように語る」という表現力を必要とします。

講談の中にも笑いは取り入れられており、何人もの役柄を一人で演じ分けるという意味では、落語に勝るとも劣りません。

ビジネスに役立てるために話芸を学ぶとすれば、「講談」ほど有益なものはありません。

ビジネスの基本は人間関係

どんなにデジタル化していっても、最後はアナログ的な人間関係が大切です。

私のことが好きなファンはどんな話でも聞いてくれますが、私のことを知らない人に話を聞いてもらうのは大変です。

我々講談師は、お客様の前で話をするのが商売ですが、お客様は我々のことを冷静に見て、「この人の話を聞くか、聞かないか」判断しています。

そこで、こちらも「どんな話をするとお客様は聞いてくれるのか?聞いてくれないか?」をいろんな話をしながら様子を見て、話の構成を考えているのです。

つまり、この人の話を聞いてみようという、人と人との関係性が成立しなければ伝わらない芸能でもあります。

これをビジネスに置き換えてみても、人間関係がうまくいかなければ、人は動いてはくれません。

人を動かすために必要なものとは、なんでしょう。

その前に「人を動かす」という意味を考えたことはありますか。

人が動くということは、その人の「気持ち」がまず動くということです。気持ちが動けば、行動がついてきます。

それが「人を動かす」ということなのです。

「気持ち」とは「感情」です。

その感情の入れ方を工夫することで、相手を引き込むことができるのです。

「講談師、見てきたように嘘をつき」とはよく言ったもので、体験していないことを、あたかも体験したようにお客様にお伝えするわけです。

語り手が想像力を駆使していなければ、聞き手が話しを聞いて感銘を受けるはずがありません。

この、想像しているときの感情が大切なのです。

これはあらゆるシーン、ビジネスでも人生でも使えます。

喜怒哀楽すべての感情をうまく利用して話す練習をしてみてください。

あなたの感情が動けば、聞き手の感情も動き出し、自然とその世界に引き込まれていきます。

やってみるとわかりますが、語り手の感情がどれだけ動いているかで、話し方、目の使い方、しぐさのすべてが変わってきて、よりリアルな世界を表現できるようになるのを実感されると思います。

清水の次郎長は有名な大親分ですが、その子分である小政は、子どもながらに大変な苦労人です。

その小政が次郎長に子分にしてほしいと願い出るくだりです。

小政の思いが次郎長に届くかどうか。

それは、語り手の心がどれだけ動くかにかかっています。

【古典講談「清水次郎長~小政の生い立ち~」より】

実はね、おいらのお父っつぁんは飲む・打つ・買うの三道楽でねぇー箸にも棒にもかからない人でね。おいらが小さい時に死んじまったんだよーそれでおっ母さんがおいらを育ててくれたんだけどもね。

そのおっ母さんが患っちまってね、どうにかこうにか医者に診せたら、医者が「助かる見込みはねぇ」て、こう言うんだよ。

冗談じゃねぇーたった一人のおっ母さんだから「何とか助けてくれ」って言ったんだけど医者は首振って出て行っちまったの。

しょうがねぇから、神様・仏様に頼むしかねぇと思って、おいら、妙見様ところ行って願懸けをしたんだ。サンシチ21日、毎日行って、その満願の日だ。

おいら、水垢離(みずごり)取ってお詣りをしてたら、あんまり寒いもんだから、ぶっ倒れてちまったんだよ。

で、おいらを起こしてくれたおじさんがいるんだ。

立派なお武家さんだ、「おい坊主何してるんだ?」てぇ言うから、実はこれこれこうこうてぇ言ったら、「馬鹿な事しちゃいけない」っておじさんに怒られたの。

「お前の成長を楽しみにしてるんだ、そのお前がこんなことをして風邪でも引いて倒れたら、おっ母さんの看病誰がするんだ、そんな無理な事しちゃいけねぇよ」と、言って小遣いくれたんだー

それから家へ帰って三日目にねぇ、お奉行所から呼び出しがあってね、なんだろうなぁって、慌てて行ったらね、その、顔を上げたら、お奉行様てぇのが、おいらを助けてくれたおじさんでね。

「孝行の過度により青ざし五貫文」てね、ご褒美を頂戴したんだよ、嬉しくて嬉しくてね。

これを、おっ母さんの所へ持って行ったら、おっ母さんがワアワアーワアワアー泣いてね。

「お前の親父は箸にも棒にもかからなかったけれども、その倅のお前が、お上様からお褒めの言葉を頂いてこんな嬉しいことはない」ってワアワアーワアワアー泣くから、おいらも泣きたくなっちゃったんだけどもねぇーだけどおっ母さんが言うんだぁー

「身寄りも頼りもないから、あたしが死んだらお前の行く末が心配だー心配だーー」って言ってるからね、おいら言ってやろうと思ってるんだよ。

「大丈夫だよ。万が一のことがあったらね、清水港の次郎長親分が、子分にしてくれるから安心しておくれーー」ってこう言ってやろうと思うんだよ、だからおじさん、お願いだから、おいらを子分にしてください。

●コミュニケーション

講談のネタを持っておくと目上の人とも話が弾みます。

かつて、経営者なり、ビジネスマンの間で徳川家康、豊臣秀吉の本を読むことが流行しました。

経営の神様といわれた松下幸之助さんは、「社員稼業」という本の前書きで、こう書いています。

「社員のみなさんが、自分は単なる会社の一社員ではなく、社員という独立した事業を営む主人公であり経営者である、自分は社員稼業の店主である、というように考えてみてはどうか」

さすが松下幸之助さん、社員教育と言いながら、一国一城の主であれと呼びかけています。

そして伏見での講演の際には、太閤秀吉が描かれた講談本をよく読んだことから話を始めていたそうです。

普通なら、天下を取った人の話など、遠い世界の話と思って聞く気が起きないかもしれません。

そこは松下幸之助さんの巧みなところで、貧しさから身を起こしていった秀吉について語るとき、その「心持ち」に焦点を当てて話を進めています。

「秀吉は百姓のせがれに生まれた人ですが、そのことで別にくさったりはしなかったのです。非常に困難な境涯でしたけれども、希望があったというか、将来大いに期するところがあったというか、少々みじめな生活をしていたのですけれども、少しも心に暗いものを持たなかったのです。いつも陽気で、非常に元気よく生活を貫き、将来だんだんと進展していって、そしてついに天下をとったというのです」

できることしか語らないというのは実利的のように思えますが、そこには飛躍というものは生まれません。

ビジネスに堅実さは必要ですが、ビジネスが伸びていくためには「夢をみる」力も必要です。

「天下をとるということは、なかなか容易なことではないのですが、しかし、ついに天下をとったわけです。それで、私どもの子どもの時分には、太閤さんのようにはなれないとしても、太閤さんは一つの青少年のあこがれのまとであったというような感じがします」

秀吉を親しみを込めて「太閤さん」と呼び、天下を取った秀吉に「あこがれていた」と語り、なぜ太閤秀吉があんなに偉くなったのかと話をもっていくところなどは、「もしかして自分も天下を取れる人になれるかも」とあらぬ妄想を抱かしてくれます。

●スピーチ

スピーチにおけるストーリーの効果は絶大です。

話の下手な人が陥るのは、感情を入れずに「一本調子」で淡々と話す。一本調子だと、単調で聞いていても心に残りません。

そこにストーリーを入れて、感情を動かし、想像力を働かせて話すことで、人はその世界に引き込まれる。

人を引き込んだ次に必要なのは、熱量(エネルギー)です。

ビジネスにおいても、立ち上げたプロジェクトが進まなくては話になりません。

たとえば、今のトヨタ自動車があるのは、豊田佐吉さんの息子・豊田喜一郎さんが、国産の自動車をつくりたいという思いから始まりました。

豊田喜一郎さんの熱量を、語り手がどれだけ再現できるかが肝になります。

言葉に想いを乗っけて話してみてください。

すると自然とドラマチックに話すことができるようになり、相手の心に残るスピーチになります。

【創作講談「トヨタ自動車の礎を築いた男豊田喜一郎」より】

シボレーを購入したある深夜。

正門にプープーと自動車のホーンが鳴り響いた。すると作業員2人が門を開けて、倉庫の中に車が入ると、兼ねて集めていた作業員十名ほどが集まっています。車から出てきたのは豊田喜一郎、

「みんなーこれはシボレー33型だ。これをバラす。これより自動車部をつくる。これから毎晩車をいじって遊ぶ。しかしこれは僕の道楽だから、会社の仕事ではない」

「へー面白そうな道楽だよ」

「常務、俺も部員の中に入れてくれるのか」

「もちろんだとも。しかし僕の道楽だから、道楽というものはこっそりとやらんと面白くない。だから夜にやる」

「成程、大人の夜遊びというやつだなぁー」

「諸君が僕の自動車部員になっても道楽だから辞令も出んし、会社から賃金も出んが僕と一緒に一生懸命遊んでくれないか?」

「常務、わかったよーなぁみんな」

「おーー」

これからシボレーのバラシが始まった。

毎夜、徹底的に調査・分析することから始めます。欧米車の長所を活かしながら我が国に合った車を目指すことにすると、

「まずは自動車の心臓・エンジンからつくろう」

講談で身につく ビジネスに役立つ話術の極意
神田山緑(かんださんりょく)
講談師、東洋大学・清泉女子大学・文教大学特別講師、日本話道家協会会長、中野区観光大使。東京都日本橋人形町出身。敬愛大学卒業後、トヨタ自動車の販売店に入社。営業マンとして新人賞を受賞。退社後、健康食品会社を立ち上げ、商品説明の話術の勉強に日本話し方センター副所長の山越幸氏に師事。その縁で神田すみれ講談教室に学び、講談の魅力に取りつかれ平成17年神田すみれに入門、講談師の道を目指す。講談協会理事のお認めを頂き平成30年3月真打昇進予定。 ※画像をクリックするとAmazonに飛びます