(本記事は、小山竜央氏の著書『パブリック・スピーキング 最強の教科書』KADOKAWA、2018年月8日22刊の中から一部を抜粋・編集しています)
大勢の聴衆とつながるには「コネクト」の状態を意識する
パブリック・スピーカーにとって、上手な話し方や緊張しないコツ、わかりやすい構成の作り方などは学ぶ必要はありません。
パブリック・スピーカーとは、お客様とコミュニケーションが取れるスピーカーのことです。
ここからは、コミュニケーションを取るためにぜひやってもらいたい方法、考え方、テクニックの奥義を紹介していきましょう。
コミュニケーションといっても、本来は難しいことではありません。
皆さんも友人や家族、職場の人たちと日々、コミュニケーションを取って暮らしているはずです。
もしコミュニケーションが取れないとなると、買い物も仕事もできず、家族がいれば家でくつろぐことすらできないでしょう。
しかしセミナー会場では、このように知っている相手と一対一でコミュニケーションするのとは違い、大勢の聴衆と同時につながりを作る必要があります。
このつながった感覚の状態は「コネクト」とも呼ばれ、うまく「コネクト」ができるスピーカーほどお客様は魅力を感じます。
世界トップクラスのスピーカーになると、ありのままの自分を見せても好かれるので、海外では本当に会場で裸になるような人さえいます。
そこまでではなくても、壇上に立った瞬間に用意していたセリフが飛んでしまう、といったよくある事態にも、コネクトさえできていれば自然と心からのセリフが出てくるので、心配はいりません。
では、どうやってコネクトする、つまり大勢の人とコミュニケーションを取るということができるのでしょうか。
その方法は、初心者でもワールドクラスのスピーカーでも同じです。たった3つのステップをやるだけです。
弱さをさらけ出せる人だけが相手の目を見ることができる
まずは、相手の目を見る「アイコンタクト」です。
セットアップ・テンプレートで「スキャン」をするときに、周りをゆっくりと見渡して、会場にいる聴衆と目を合わせてください。
ここでのポイントは、「眺める」のではなく、「目を見る」「目を合わせる」ことです。
たいていの人は恐れの感情があるので、壇上に立った瞬間、目を見ないで全体を「眺めて」しまいがちです。
大勢の前に立ったときに緊張しない方法として、「聴衆をジャガイモだと思いなさい」という教えを聞いたことがあるかもしれません。
しかし、このテクニックはパブリック・スピーキングではありえない考え方です。
ジャガイモは人ではなく、笑いかける必要もありません。ジャガイモなどではなく、「人」を相手にコミュニケーションを取るためには、相手の目を見なければならないのです。
それでも、多くの人はお客様の目を見ることが難しいと言います。その理由は、実は相手ではなく、自分自身への恐れです。
講師として壇上に立った自分が、格好良く見られたい、おしゃれで素敵な人に見られたい、何より「先生」として尊敬の眼差しで見られたい、という当然の思いがあるはずです。
その思いがあればあるほど、人は相手の目を見られなくなるのです。
本当に格好良くなりたいのであれば、むしろあなたは自分のダメな部分、弱さを出すべきです。これは本当にぜひやってみてください。
これができない人が、残念なことにプロでも多く見られます。私がコラボした相手でも、アドバイスを求められて、「カリスマになりたいなら、少し自分の弱いところを出すといいですよ。
たとえば、苦しかった経験やつらかったこと、自分の心の弱さといった部分ですね」と話した途端、「自分はそういうキャラじゃないんだよね」と返されることは少なくありません。
しかし、人間というのは、100%完璧なものには興味を持たないのです。ほんのわずかな隙の部分があることで、はじめて共感を得ることができます。
「実は私には、こういうダメな部分がある」とアピールする人こそ、相手に好かれるのです。
なぜ100%完璧なパーフェクトの状態は良くないのでしょうか。
それは、減点方式で見られてしまうからです。もし完璧な王子様、お姫様状態な人間がいたとして、周囲はその人が何か気になることをした瞬間、減点していきます。
褒めることよりもアラ探しばかりされるでしょう。
だから、あえてこちらから「自分は本当に漢字が覚えられなくて」「実はこれが苦手で、いつも人に助けてもらっていて」ということをアピールするのです。
そうすることで、自然と人はあなたに共感し、あなたは好かれる存在になるでしょう。
そう考えた瞬間に、あなたは人の目を見ることができるようになると思います。
ちなみに、「相手の目を見る」といっても、動物園の動物を見るようにじいっと覗き込むのはやめましょう。適切な距離感というのが当然あります。
ごく自然に相手の目を見て、次の笑顔のステップにつなげるようにしてください。
壇上では「笑顔が素敵な歌のお兄さん・お姉さん」に
アイコンタクトをしたら、相手の目を見て自然に微笑みます。これが2つ目の「笑顔」のステップです。
ここは、相手と目を合わせたら笑顔になる、という顔の表情が重要です。
笑顔が苦手という人もいますが、最初はぎこちなくても笑ってみてください。私の会社でもまったく笑顔が出せない新人がいて、どうしても相手の目を睨みつけるようになってしまいます。
そうすると、いくら目を見ていても反対に怖い感じの空気が生じるわけです。
そういう人は、とにかく引きつった状態でも何でもいいので、まず笑顔を作るようにしましょう。
私がよく言っているのは、難しいことを考えず、「歌のお兄さん・お姉さんになってください」ということです。
「歌のお兄さん・お姉さん」、つまりステージに立って子供たちにいつもニコニコ笑顔で接し、歌ったり踊ったりして夢を与える存在をイメージしてください。
重要なのは、「相手を大人だと思わない」ことです。歌のお兄さん・お姉さんが出てくる番組は、3~4歳児が相手です。
つまり、相手をそのくらいの子供たちだと思いましょう。
目の前にいる人たちが、もし3~4歳児だったら、あなたはどんな顔をするでしょうか。小さな子供を前にしたら、人は必然的に笑顔になりますよね。
口角が上がった状態になって、ニコニコしながら話しかけるわけです。
たとえそこに座っているのがスーツをビシッと着たビジネスパーソンたちで、自分より年上の気難しそうな投資家がいても、何なら上場企業の社長や偉い政治家がいたとしても、すべて関係なく、全員3~4歳児だと思えばいいのです。
つまり、「聴衆をジャガイモだと思う」のではなく、「聴衆を3~4歳児だと思う」ようにしましょう。
ジャガイモだと思うと笑いかけませんが、3~4歳児なら自然な笑顔がこぼれるはずです。
コミュニケーションの基本は笑顔であり、笑顔は人を癒やし、感動を与えるもっとも重要なボディランゲージです。
どんなテクニック、理論よりも、笑顔が出るかどうかがコミュニケーションのポイントになります。
そして、最後のステップが「自然体」であることです。
自宅で家族とくつろいでいるときと同じようにリラックスした状態でステージに立ち、家族や友人たちに向けるような自然な目線で目を合わせ、微笑みかける。
ここまでの一連の流れができていれば、あなたはお客様全体とつながった状態、コネクトできた状態と言えます。
言葉では簡単に聞こえますが、実際にやってみると案外、これらのステップは難しいものです。特に、自然体になるのは慣れが必要かもしれません。
最初は、アイコンタクト、笑顔だけでもできるよう練習してみてください。
アイコンタクトなら30秒間相手の目を見る、笑顔なら表情筋のトレーニングとして割り箸をくわえて口角を上げる、などの練習方法があります。
苦手な人は、スピーキングの前に徹底してこれらをマスターしましょう。
コミュニケーションを取るうえで最適な服装とは
もう1つ、コミュニケーションにとって大事なポイントが「ブランディング」です。
あなたがスピーカーとしてやっていくうえで覚えていてほしいのは、相手に与える「印象」というものです。
良い印象を与えるために私が初心者にアドバイスするなら、「最初はジャケットを着なさい」ということでしょうか。
講師という存在である限り、一応ジャケットは着たほうがいいと思います。
これは、相手から見て自分がどんな立場でいるのか、それを示す1つのブランディングです。
究極的な話をすると、スピーカーとして壇上に立つときにスーツを着る必要はないわけです。
ただ、「一応ジャケットを着る」という意味は、お客様に対して講師としてのブランディングを作るためです。
ブランディングができていると、コミュニケーションが取りやすくなります。つまり、講師だからスーツを着るというルールではなく、スーツはコミュニケーションのための単なる道具なのです。
「なぜジャケットを着たほうが良いの?」「講師はおしゃれなほうが良い?」「上質なスーツを用意すべきでしょうか?」
こうしたスピーカーの服装や見かけに関する数々の疑問に対して、回答は1つです。すべて、コミュニケーションが取りやすくなるのであれば、そうしてください。
では、コミュニケーションを取るために本当に最適なブランディングとは、どんな服装、スタイルなのでしょうか。
考えてみてください。
たとえば、幼稚園児を相手に話す場合と、経営者を相手にセミナーをやる場合、この2つのケースでスーツが適しているのはどちらでしょうか。
当然、後者ですね。
幼稚園児の心をつかむのに、スーツは適していません。ジャケットすら着る必要はありません。
一方で、経営者や大学教授が聞くような場ではスーツ、少なくともジャケットは着たほうがいいという結論になります。
まとめると、セミナーでの服装という点においては、「相手の1つ上のレベルの服を着る」というのが、講師として最適なブランディングと言えるでしょう。
幼稚園児にとってスーツは、1つどころかはるかに上のレベルの服装になります。ジャケットでもレベルが高すぎます。
だから、ジャケットも着なくていい。パーカーなどのスタイルで話せばいいのです。
一方、スーツを着たビジネスパーソンばかりが集まる場であれば、あなたは少し上質なスーツを身に着けて登場すべきです。
もしスーツが半分くらいでカジュアルな服が半分、もしくは半分以上がカジュアルな服といった会場であれば、ジャケットを着ていれば十分です。
今日はどんな服装のお客様が来るのかわからない、というのであれば、「一応ジャケットを着る」という感覚でちょうどいいでしょう。
私たちのビジネスシーンではそれだけで、きちんと相手にブランディングが伝わるはずです。ジャケットを着るかどうかは、そういうコミュニケーションとしての意味だけです。
途中で「ジャケットを脱ぐ」行為でギャップを生み出す
さらにコミュニケーションを取りやすくするためには、ある瞬間からジャケットを脱ぐ、というのもテクニックです。
ジャケットを脱いで、ちょっとカジュアルな服装になる。このテクニックは、心理学の用語で「ゲイン・ロス効果」と言います。
ゲイン・ロス効果というのは、最初に抱いたイメージや印象に対してその後のギャップが大きければ大きいほど、相手に大きなインパクトを与えられる、というものです。
ジャケットは一般的に、相手に対して一定の威厳をアピールします。それが、ジャケットを脱いでラフな姿になることによって、急にギャップが生まれるのです。
もともとラフな服装でステージに立つことは、かなりインパクトを与えます。
皆さんもご存じのように、スティーブ・ジョブズはタートルネックにジーンズ、靴はニューバランスでプレゼンするというスタイルで、非常に強い印象を残しました。
今は私もスーツではなく、こういったラフな格好でセミナーをするスタイルにしています。その理由は、聴衆にギャップを生じさせたいからです。
先ほどの「ジャケットを着る」というブランディングに対して、わざとラフな格好でギャップを生じさせるのも、実はブランディングのもう1つの作り方です。
ブランドというのは、このように2つの要素からできている、ということを覚えておいてください。
たとえば、ソフトバンクグループの創業者である孫正義さんのような大企業のトップがプレゼンをするときに、なぜかカジュアルな服装だったとしたら?
もしくは、きっちりジャケットを着ていた孫さんが途中でそれを脱いでラフな服装になったら?急に興味をそそられないでしょうか。
これが、どこかのお笑い芸人が最初からラフな格好でステージに立っていても、全然ギャップを感じないでしょう。
世間的にネームバリューのある大企業のトップが、スーツではなくカジュアルなスタイルで話すというギャップが、見る人にインパクトを与えるのです。
ギャップがあればあるほど、相手の波動は高まります。
「この人はヤバい」と感じ、目が離せなくなります。
なぜかというと、大きなギャップがあると、脳は混乱を起こすからです。脳が混乱を起こすことは、実は人間の成長過程に欠かせない現象です。
すべての成長には混乱が必要なのです。そして人間は、自分を成長させてくれた人のことをカリスマだと考えます。
言い方を変えると、「カリスマ」というのは、常にギャップを生み出し、相手に混乱を与える存在です。混乱は、人に新しい価値観を生じさせるのです。
今まで自分が学んできたことではなく、まったく新しい考え方、新しい概念がもたらされ、自分が今まで持っていた知識、認識が覆される。
それによって脳に混乱が起きた瞬間に、人は成長します。そうすると、どんどん相手の話にのめり込んでいくようになるのです。