住宅街に急増するログハウス~熱狂的ファンを生む秘密
最近、都内であるスタイルの家が増えている。木材を組み上げたログハウスだ。
町田市のあるお宅を訪ねると、玄関を入るといきなりリビングが。目黒区の賃貸住宅に住んでいた金子茂さん一家は、一年半前にこの家を手に入れた。「子供が生まれたので家を建てよう、と。フリースペースで子供が遊べるように作りました」と言う。
1階は仕切りがなく、匠君も思いっきり遊び回ることができる。吹き抜けになっていて開放感いっぱい。無垢の木材で作られた自然派の家だ。2階に上がるとフリースペースがあり、その先には部屋が二つ。延べ床面積105平米と、ゆとりの間取りだ。
ログハウスに越してきてから金子さんが始めたのが薪割りだ。
「楽しいですよ。やり始めるとこんなに簡単にできるのかという感じで」
割った薪は薪ストーブへ。一応エアコンもあるが、これ一つで2階まで家中が温まると言う。
「引っ越して初めて使いましたが、思った以上に暖かく、木の香りがするのがいいですね」
靴棚は金子さんのお手製。DIYも新しい趣味になったという。
個性的な家だが、注文住宅ではなく、アールシーコアという住宅メーカーが販売している定番モデルだ。
東京・日野市にも同社が作った人気モデルがある。外壁は真っ黒いガルバリウム鋼板という金属の板。だが、中は全面木材でまさにログハウス風。外観はスタイリッシュな佇まいで、回り込めばウッディな自然派住宅。2面性のあるデザインが評価され、グッドデザイン賞にも輝いている。
こちらで暮らす田渕賢さん一家は、2年前に世田谷のマンションから引っ越してきた。
「外から見てこんな室内になっているとは誰も思わない。中に入ると木のぬくもり。そのギャップにやられました」(田渕さん)
リビングの窓は全面開放できる。開け放てばリビングとテラスが広々としたひと続きの空間に。2階はフリースペース。ご主人は吹き抜けの脇に本棚をDIY。奥はたっぷり14畳をとった広い寝室になっている。
田渕家から目と鼻の先には煙突の家があり、こちらもアールシーコアのログハウス。知らない間に住宅街でログハウスが急増しているのだ。
「家は暮らしを楽しむ道具」~ログハウスでトップシェア
アールシーコアは自社だけの展示場も持っている。東京・昭島市の「ログウェイBESS多摩」。そこには様々なログハウスが並び一つの街のようだ。
一般住宅として広がるアールシーコアのログハウス「BESS」は大きく分けて5種類あり、タイプによってそれぞれ価格も決まっている。
三角屋根の家「G-LOGなつ」は、一番小さなタイプで約86平米、1870万円~。グッドデザイン賞を獲得したスタイリッシュな「ワンダーデバイス」は、83平米で約1600万円~。ドーム型の形をした「BESSドーム」は、施工費別のキットの値段で約1130万円~となっている。
モデルハウスには様々な世代の家族が来ていて大盛況だ。展示場ではお客に営業マンはつかない。野放し状態で、自由に見て回ることができる。
ただし、ログハウスに住むとなればメンテナンスも必要。それに関しては営業マンがしっかり説明してくれる。雨水が溜まりやすい箇所に防腐剤を吹き付けるなど、自分でやらなければならないメンテナンスもある。手間がかかることも伝え、その上で購入を考えてもらうスタンスだ。
BESSの展示場には休日の遊び場としてやってくる家族連れが目立つ。最初はログハウスを買う気はなく、ちょっと見学だけ。購入する人の6割はそんなお客だと言う。
茨城県つくばみらい市にBESSの家を買った一ノ瀬教成さん一家。今日は引き渡しの日だ。知り合いに紹介され、最初は本当に軽い気持ちで展示場へ。すると、「そのときは見るだけのつもりで行ったのですが、その日のうちに『これを建てよう』となって、そこからはトントンと……」(一之瀬さん)。木のぬくもりに囲まれた新生活に期待が膨れ上がる。
アールシーコアは社員およそ200人、年商134億円という中堅の住宅メーカーだが、ログハウスに限れば6割とトップシェアを誇る。
社長の二木浩三(71)も「BESS」のひとつ、「程々の家」に住んでいる。
「豪華な家は窮屈。我々は立派な家、豪華な家は得意ではない。『こんな暮らしがしたい』という思いがあり、そのためにはどの家だったらそうできるのか、と」(二木)
家は暮らしを楽しむ道具、程々でいいのだと言う。
定年退職後、自宅を「BESS」に建て替えた人もいる。千葉県流山市の丸木美雄さん・千恵さんの夫婦だ。
自作の釜で焼いていたのはピザ。第2の人生は好きなことをして過ごしたい。そんな気分にログハウスはぴったりなのだと言う。2階の部屋を埋め尽くしているのは丸木さんの好きなものばかり。自分で撮影したSLの写真に、子供の頃から集めている鉄道模型だ。
住み替えてから暮らしぶりにも変化が。夫婦揃って行動的になったと言う。
「じっとしていることがないんです」(千恵さん)
「自分の好きなことをやって、このままいけたらいいなと思っています」(美雄さん)
都市型ログハウス誕生秘話~法のカベを超える挑戦
千葉県佐倉市の住宅街に並んでいるのは、タイプは様々だが、すべてログハウスの「BESS」。その数24軒。ここはアールシーコアが手掛けた「BESS」だけの住宅地、「BESS街区」だ。
そのうちの一軒でバーベキューの準備が始まると、「BESS街区」に住むご近所さんが料理とお酒を持ってやってきた。ログハウスに住む者同士と言うことで打ち解け、自然と交流するように。こうした食事会を週に1回、持ち回りで開いているという。こんな「BESS街区」は現在、全国14ヵ所にある。
二木は1947年、石川県で生まれた。21歳で会社を起こし、繊維関係やエビの養殖など様々な事業を経験。その後、東京でサラリーマンになった。38歳の時に会社の部下4人とともに再び起業。1985年、何にでも挑戦できる会社アールシーコアを立ち上げた。
その時の一人、現在アールシーコアの常務を務めている谷秋子は、「何かやりそうだなと思って、そっちのほうが面白そうだとついていちゃったんです。バイタリティのある人で、やりたいことは困難があってもやり抜く」と語る。
ログハウスとの出会いは会社を起こして2年目の1986年。知り合いから「別荘用にログハウスを輸入して欲しい」と頼まれたのがきっかけだった。
しかし当時、二木は「ログハウスを知らなかったんです。野暮ったい建物だなと思うだけで」。最初は興味もなかったのだが、カナダからログハウスを輸入してみると、「これはビジネスとして伸びる」と直感。しかし、別荘だけの利用では需要は限られている。そこで二木はログハウスを一般住宅として売ろうと考えた。
ただし、その頃のログハウスは丸太を組み上げるタイプが一般的。これだと壁はデコボコで隙間もできやすく、一般住宅には不向きだった。
そこで二木は、カナダで見た別の住宅を参考に、表面がフラットな新しいログ材を開発。ログハウスの良さを残しながら、一般住宅としても住みやすい家を生み出したのだ。
「『BESS』はログハウスではないと言われました。丸太ではないから。でも木であることは一緒。丸太のままだったら家具を置くのも大変。それでフラットにしたんです」(二木)
苦労して一般住宅向けログハウスを開発したが、さらなる壁が立ちはだかる。ログハウスは燃えやすいからと、建築基準法で住宅密集地には建てられなかったのだ。
二木は法律を変えてくれるように何度も役所に陳情したが、担当者は「前例がない」と、重い腰を上げてはくれなかった。
「なぜダメなのかと聞くと、『建てたことがないから』と言う。それでは誰かが建てなければずっと建たないじゃないですか。弱った世界だと思ってムカッとしました」(二木)
そこで、二木はログハウスが火に弱くないことを自ら実証することにした。ログハウスの壁部分に火を当て、耐火性を試したのだ。
火を当てても、太いログ材なら火を通さない。木材の表面に炭の膜ができるため、酸素が行かなくなり、木の内部は燃えないことを証明。この結果を携え、再び役所の説得を開始する。最初の陳情から3年後、ついに防火認定を勝ち取った。ログハウスは住宅街でも堂々と建てられるようになったのだ。
「壁があれば破ればいいという発想です。チャレンジしながら立証していく。少しずつ住宅街の中でも建てられるように広めたつもりです」(二木)
住人が楽しみ方を伝授~ログハウスで生まれたつながり
これを機に二木は攻勢に出る。1999年、東京の一等地・代官山の土地を買い取り、展示場をオープン。当時の年商の6割に当たる25億円をつぎ込んだが、「BESS」の注目度は一気に高まり、この賭けは成功を納める。
「BESS」は東京から地方にも広がりを見せている。フランチャイズ制度を導入してオーナーを募り、全国展開しているのだ。今や展示場は44ヵ所に。さらに今年、2ヵ所がオープンする。
そして展示場の中でも新たな取り組みが始まっている。その主役は、見学に来た客の相手をしている赤いエプロンをつけた人達。彼らは社員ではなく、「BESS」の住人。ログハウスの色んな疑問に答えてくれるボランティアの「コーチャー」だ。「実際に住んでいる人と話をするのは初めて。どちらかといえば特殊な家なので、細かいことを聞けていいと思います」と、客からも好評だ。
室内でコーチャーが教えていたのは薪ストーブでのマシュマロの焼き方。ログハウスの楽しみ方も伝授してくれるというわけだ。コーチャーは今や全国で500人以上になる。
シニア世代のコーチャーは「自分の住んでいる経験を話せるのはいいことだと思います」「ここに来る人は興味があるから来る。すっと気持ちが通い合うようなところがあります」と言う。
ログハウスに暮らす。それだけで生まれるつながりがある。
新感覚のアウトドア体験~ログハウスに泊まる旅
「BESS」を気軽に宿泊体験できる施設もある。名古屋から車で1時間、三重県いなべ市にあるキャンプ場「青川峡キャンピングパーク」。この日泊まりに来ていた鈴木研作さん・百合子さん一家に案内してもらった。
そこに建っていたのはカラフルな小屋。室内には2段ベッドがふたつついている。向かいにはもう一つ、ゆったりできる6畳ほどの小屋。そして真ん中に広いテラス。これで家族4人、一泊約2万円(季節によって異なる)で宿泊できる。
「プライベート感がある。日常と違うというか……」(百合子さん)と、テントでもコテージでもない小屋に、家族連れが押し寄せている。
ちなみにこの小屋「イマーゴ」は、材料のキットが108万円で売られている。基礎は業者に頼んだ方が無難だが、自分で組み立てることも可能。お手頃に自分だけの「BESS」を手に入れることができるのだ。
一方、富士山を望む絶景の里には、優雅に宿泊できる「BESS」があった。
愛犬を連れてやってきた大澤俊治さん・百合子さん夫妻が向かった先には、大きなログハウスが。ここは複数の会員が1週間単位で利用しているタイムシェアの別荘「フェザント山中湖」だ。大澤さん夫妻は7年前に会員権を購入。鎌倉の自宅から毎年やってきては2週間の別荘ライフを楽しんでいる。
施設はアールシーコアの運営で、19棟の「BESS」が建ち並ぶ。料金は、1週間の会員権なら10年契約で約100万円~、年会費12万4100円~。ただし、一般利用も可能で、一泊一人約2万円~。
着いた時は掃除が済んでいる状態で、タオル、掃除機などなんでも揃っているから、とにかく楽。キッチン回りも、調理器具や食器など、食材以外は全て揃っている。
「体一つで来れば全部揃っているから、それも魅力でした」(研作さん)
食材は持ち込めるが、レストランや食材セットも用意されている。二人が頼んだのは寄せ鍋セット(1人前3080円)。料理も美味しいと評判だ。
こうしたログハウスに泊まる体験から、ファンを広げているのだ。
~村上龍の編集後記~
二木さんはおしゃれでダンディな紳士だった。「ドクダミのような会社でありたい」とHPの玄関にあったので、意表をつかれた。
同様に、BESSのログハウスも独特のコンセプトで、先入観が覆った。丸太小屋という従来のイメージはどこにもなく、何と呼べばいいのかわからない。現実が過去の常識に先行し、実物が名称を置き去りにする、新しさの証しだ。
カタログにはいろいろなことが書いてある。やや乱暴だが要約すれば「価値観に画一性は不要」ということではないかと思う。その考え方は今や異端でも何でもない。
<出演者略歴>
二木浩三(ふたぎ・こうぞう)1947年、石川県生まれ。1968年、最初の起業。1980年、上京し就職。1985年、アールシーコア創業。
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