被害情報をLINEで共有する仕組みを構築

加えて、少子高齢化も深刻な問題だという。

「被災者の大半が高齢者になると、避難や救助がより難しくなります。高齢化と自治体の耐災力低下が、防災における二大課題です」

高齢化は避けられないが、自治体のあり方を見直すことはできるはずだ、と渡辺氏。

「例えば、災害時に情報収集をする機能を1カ所の役所に集約せず、各地域に分散させることが有効だと考えられます。そうすれば、細かな初動対応が可能になります。

職員が常駐する出張所などを設けることは難しくても、各地域にある商店や施設に情報収集機能を持たせればいいのです。

あるいは、人を置く代わりに、ITツールを活用して、各地域の情報を収集するという方法もあります。実際、大阪市は、昨年12月にLINE〔株〕などと都市防災力の向上に関する連携協定を締結しました。熊本市も2017年にLINEと協定を結んでいますし、神戸市も昨年12月に、LINEを使って災害情報を収集する実証実験を行ないました。

LINEはスマホ保有者のほとんどが利用していて、情報網としての機能は万全。普段から馴染みのある『既読』の表示やグループの機能も、安否確認や避難指示に、そのまま活用できます。

いざ災害が起こったとき、自治体のホームページにアクセスする人は、実際のところ少数派。普段から使い慣れたツールが一番便利なのです」

スマホで写真を撮影し、LINEで共有すれば、正確な情報を早く集めることもできる。

「職員や市民が自宅周辺の状況を撮影して共有できるプラットフォームを作成中です。GPSの位置情報も入り、時刻も入る。これらの情報を集積するストックヤードを役所に設けることで迅速に被害の全体情報を把握できるのです。

同時に、役所から市民へも、被害情報や避難情報を随時発信できるように設計しています」

上から強制するよりも心に寄り添う施策を

大阪市は、昨年12月から、「災害モード宣言」の運用も始めた。きっかけは、大阪府北部地震だった。

「あの地震が起こったのは、通勤時間の午前7時58分頃。鉄道が運休したことで、駅周辺は通勤通学難民であふれました。

本来、通勤や通学はやめて家に戻るべき場面でしたが、行政や企業の指示はバラバラでした。その結果、混乱が助長されました」

このような事態を繰り返さないため、大地震発生時などに市長が非常事態を呼びかけるのが「災害モード宣言」だ。

「米国では、大規模な災害が起こると州知事が非常事態宣言を出して、各機関は非常事態時の対応に一斉に切り替えます。日本の自治体も同様のことをするべきだと、大阪の地震直後にメディアと使って問題提起したところ、これに吉村洋文大阪市長(当時)が共鳴してくれました。

大阪市は南海トラフ地震への危機感も高く、積極的な動きを見せている自治体だと言えるでしょう」

講演や研修で全国を回り、防災意識の喚起を促す渡辺氏だが、防災に対する意識は自治体によってまちまちだという。

「災害を経験している自治体は熱心なところが多いですが、意識が薄い自治体もあります。自治体、特に首長の姿勢によって、防災体制には大きな差が出ます。

防災は政治で決まると言ってもいいでしょう。例えば、土砂崩れの危険性が高い場所の住民に引っ越してもらうことが、防災上は必要ですが、財産権の問題があるので簡単ではありません。そこで、住民と丁寧にコミュニケーションを取り、納得してもらえる方策を考える努力をするのかどうか。これは、首長の取り組み方次第です。

東日本大震災のあと、強権的に防潮堤を建設した自治体がありますが、そこでは住民の猛抗議や分断が起こっています。防災意識が高いからこそ強権を発動したのでしょうが、住民の心に寄り添わない施策は、結局は防災のための取り組みの進捗を阻みます。

岩手県宮古市の田老地区では、震災後、住民の高台移転がスムーズに進みました。漁業を生業としている住民が多く、海から離れて暮らすことはできないと言う人も多かったので、『どうしても海の近くに住むという人には、かさ上げした土地の上に鉄筋コンクリートの建物を建てて、その2階より上に住んでもらう』という復興計画を議論し、並行して、漁業環境の整備と防潮堤の建設も行ないました。

我々専門家が行政との間に入って、じっくりとリスクを説明しながら、住民たちと一緒に落としどころを見つけることができたのです」