「他人のやれないことをやる」を体現

江上 これだけ数多くのトップシェアの製品を持つ企業に成長できたのは、大原總一郎の功績が大きいのではないでしょうか。

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(画像=THE21オンライン)

伊藤 そうですね。当社の企業理念である「世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる」という言葉は、總一郎が社長をしていた頃に多用していた言葉です。

今でも、新たな事業を始めるときには、「それはクラレがやるべきことなのか? やって意味があるのか?」という議論が社内でよくされるのですが、これは「他人のやれないことをやる」という精神がクラレに息づいているから。だから、他社にない製品を数多く生み出せ、シェアも獲得してこられたと思います。

江上 總一郎が「他人のやれないことをやる」を体現して見せたのが、「ビニロン」でしたね。

伊藤 本作でも描かれているように、戦後、製造しやすく汎用性の高いナイロンが一世を風靡するなか、總一郎は、あえてビニロンにこだわった。しかも、原料のポバールからつくろうとしました。通産省からは「糸屋は糸だけにしろ」「ポバールなんかやめとけ」と言われながらも、かたくなに自分の信念を貫き通したわけです。

總一郎には、本当に未来が見えていた?

江上 そうやって他人のマネをしなかったことが功を奏し、ビニロンとポバールはクラレ躍進の原動力になりました。

伊藤 ビニロンは水に溶けやすい弱点を克服することで、学生服で使われるようになりましたし、今もトップシェアを持つ光学用ポバールフィルムやエバールも開発できた。エバールは、ポバールと他の原料を組み合わせてできたものです。ビニロンにこだわり、原料から一貫して生産していなかったら、今のクラレはありません。

江上 前社長の伊藤文大さんが、總一郎のことを「百年先が見えた経営者」だと言っていましたが、大げさでなく見えていたのかもしれませんね。そうでなければ、戦後のお金のない時期に、2億5000万円の資本金しかなかった会社が、「法王」と恐れられた日銀の総裁のもとに出向いて、15億円も融資してほしいなどとは言えません。

伊藤 いくら創業家の人間だからといって、会社に対する負担を考えたら、資本金の6倍の融資を求めるなど、普通はできません。それだけ、本気で実現できると信じていたわけですから、その先見性と勇気には驚かされます。