●テクノロジーとデータサイエンスを用いて、メンバーの状態に応じ、最適で価値の高いケアに案内する
オスカーは、メンバーの健康状態をできるかぎりリアルタイムで把握する。また複数のデータソースを使って、病院や医師の品質や価値を評価し、価値の高い病院や医師との密接なパートナーシップを確立する。これにより、メンバーを、その健康状態に応じた、最適かつリーズナブルで価値の高い病院や医師に案内する。
顧客の状態をリアルタイムで把握し、適切な関与を実施することが目標
オスカーはメンバーの健康状態をリアルタイムで把握しようとさまざまな手を打っている。
例えば、メンバーをさまざまなレベルのヘルスケア状況に分類する臨床セグメンテーションモデルを作って、メンバーの健康状態をトレースしている。新しい薬が投与された瞬間、新しいラボ検査結果が得られた瞬間など、あらゆる種類のリアルタイムデータポイントを捉えることによって、これは推進される。更新はリアルタイムで行われ、メンバーの医療歴が一目でわかるように管理されている。
コンシェルジュチームや遠隔医療のバーチャル第一次診療医がメンバーに対応するときには、彼らの前に当該メンバーの医療関連の歴史が視覚化され開いている。
コンシェルジュチームの役割
コンシェルジュチームは、メンバーを、その健康状態に応じた、最適かつリーズナブルで価値の高い病院や医師に案内する役割を担っている。遠隔医療相談、リアルな診療医への訪問、緊急ケアクリニックへの訪問、等の中から何が最も適切なのか、メンバーが決定するのを手助けする。
コンシェルジュチームのサポートにもテクノロジーが使われている。
コンシェルジェチームは、もともとのメンバーとのやり取りを通じて、メンバーの病歴に精通しているが、さらに補完するものとして、コンシェルジュチームがメンバーと話すときには、その前の画面に臨床ダッシュボードが開く。これは、当該メンバーのインタラクションの全記録、臨床履歴等を鳥瞰できるように写し出すもので、さらに分析システムとも結び付いて、注意を向けるべき潜在的な問題点に自動的にフラグを立てることも行う。その情報に基づいてオスカー内または外部の適切な遠隔医療医に相談し、その後、適切な医療プロバイダーに引き渡すこともできる。
またコンシェルジュチームが、メンバーが最も費用対効果が高く、質の高い医師に案内できるように、医師検索・案内システムであるケアルーターの内部バージョンが使用される。これは予測分析とアルゴリズムに基づき、メンバーの状態に最も適した医師とケアを検索し、品質とメンバーの状態との適合性に基づいてランク付けして提示するもの。不要な治療を最小限に抑えるアルゴリズムも搭載しており、最終的に医療費を引き下げながら、患者の満足度を高めることができる。医師に関する情報の正確性を期すため、オスカーは、1日あたり2,200のデータ編集を行って、プロバイダー名簿の正確さ、最新さの維持に努めているとのことである。
コンシェルジュチームは、メンバーの状態に関して得られるさまざまなリアルタイムの兆候を捕まえ、積極的に関与することもある。例えば、メンバーが入院、退院、または提携医療プロバイダーから転院するような場合には、提携医療プロバイダーからリアルタイムのアラートが発進されることになっているが、これにコンシェルジュチームの看護師が対応し、連絡をとって、メンバーにアドバイスを行う。「メンバーが7つ以上の併用薬を持っている」、「電話による遠隔医療で深刻な病気が疑われた」、「メンバーがERに入院している」等の情報も重要なシグナルであり、コンシェルジュチームによる積極的な関与が図られている。
オスカーは特に、緊急治療室(ER)にメンバーが行かなければならない状況を、最も医療コストが高く効率が悪いものと考えており、回避しようとする。実際、ERに行かなければならない状態に陥ったメンバーの80%は、そうした事態に至る前の週の間に、何らかの形でオスカーにコンタクトを取っていたという。オスカーは双方向のやり取りを求めてきたメンバーのうち、どのような人がERに行かざるを得ない人で、どのような人は一般のクリニックに行けばよい人かを見極めるべく、データを使って指標化しようとしている。
2018年、オスカーのメンバーの初回医師訪問の43%は、モバイルアプリ、ウェブ、コンシェルジュチームを通して、オスカーから提案された医師を訪ねたものであった。この数値は2016年には14%であったので、オスカーの推奨への信頼は時間とともに高まっている。
メンバーは自身の症例にふさわしい医者を見つける上で、オスカーを信頼している。
オスカーがメンバーに提案・推奨する病院や医師はメンバーに好評で、10人中9人以上のメンバーが、オスカーを通して見つけた病院や医師を他者に薦めたいと答えている。
オスカーの紹介を受けてメンバーを診るリアルの医療プロバイダーは、さまざまな形で、予約の詳細、メンバーの診断実施、処方された薬等に関する情報等をオスカーと共有する。オスカーはリアルタイムの情報にアクセスできるおかげで、メンバーの健康状態をリアルタイムで把握することができる。これによりオスカーは、保険請求が行われるまで、メンバーの病状がわからないといった状況を避けることができる。
●アルゴリズムを活用し独自の狭いが有効な医療プロバーダーネットワークを構築する
従来の医療保険会社が広い医療プロバイダーネットワークを築き、メンバーが受診できる医療機関の多さをアピールしてきたのと異なり、オスカーは狭いネットワークをアピールしている。
全ての病院と医師が全ての保険会社のネットワークに含まれる「広いネットワーク」では、コストや品質に関する病院間の競合はほとんどなく、価格は品質と無関係に多様化する。価格と品質の間に相関はほとんどない。
オスカーが展開するプロバイダーネットワークは、EPOまたは独占プロバイダー組織 (Exclusive Provider Organization)ネットワークと称される仕組みのネットワークである。EPOでは、メンバーは、ネットワーク内のプロバイダーから医療機関を選択することができるが、他のネットワークで求められることのあるかかりつけ医(最初に受診すべき医療機関)の指定を行う必要はない。EPOでは、ネットワーク外で受けた医療サービスはまったく対象とならない場合がある。
オスカーは、選びぬいた病院、医師のネットワークとテクノロジーやオペレーションを緊密に統合して、メンバーにシームレスでシンプルな顧客体験を提供することを目指している。
オスカーが医療プロバイダーとして提携を望むのは、テクノロジーの活用に積極的で顧客体験の改善に理解のあるブランド認知度の高い、全米規模または地域密着の医療グループである。そうしたグループと選択的に提携し、両者の間でテクノロジーとオペレーションの深い統合を推し進める。オスカーは現時点で、米国トップ20に位置する医療グループの56%とパートナー関係にあるとしている。
オスカーは、各地域で、ネットワークをアルゴリズム的に構築、管理し、リアルタイムでその品質と完全性を評価している。各地域で構築されたネットワークの幅と深さを最適なものにするため、当該地域にメンバーが利用できる十分な数の事前承認を受けた専門医がいるかどうかを検出する組み込みの自動フラグ機能がある。専門医の総計が一定のしきい値を下回ると、オスカーの契約チームは、追加的に価値のある医師とリアルタイムで契約を開始するよう警告される。
パートナーシップ
2017年、オスカーはクリーブランドクリニックと提携し、共同ブランドCleveland Clinic + Oscarを立ち上げ、その個人保険契約の販売を、オハイオ州北東部の5つの郡で開始した。この医療プランには、クリーブランドクリニックの医療プロバイダーネットワーク、10の地方病院、150以上の外来診療所が含まれている。オスカーのシステムとクリーブランドクリニックのツールを深く統合することにより、双方向のデータ共有を構築した。クリーブランドクリニックのチームとオスカーのチームの間で電子医療記録への共有アクセスが可能で、患者にわかりやすいコスト見積もりも可能である。
Cleveland Clinic + Oscarの個人医療保険は、初年度に11,000人以上のメンバーを獲得し、市場シェアは15%近くを占めた。
Cleveland Clinic + Oscarはオスカーのプロバイダー戦略の典型である。クリーブランドクリニック以外の例としては、テネシー州のHCAヘルスケア、テキサス州のTenet Healthcare、テキサスとテネシーのAscension、 ニューヨークのマウントシナイ、ノースウェルヘルス、モンテフィオールメディカルセンター、カトリックヘルスサービスなどが挙げられる。
プロバイダーウェブアプリ
オスカーはプロバイダー向けにも使いやすいツール、アプリを提供している。シンプルで使いやすい便利なツールがあると、プロバイダーは、メンバーのケアに集中できる上、ツールの提供者への帰属意識も強まるからである。オスカーがプロバイダーに提供しているプロバイダーウェブアプリでは、
- ストレスのかかる保険会社とのやり取りが極力取り除かれた。例えば、事前、事後のファックスは文書のアップロードだけに改められた。2017年には、プロバイダーによる事前承認申請の約19%がプロバイダーウェブアプリを通じて送信された。
- 臨床ダッシュボードもある。これは画面上で、処方箋、アプリのログイン情報から、病院や遠隔医療セッション関係の通知まで、メンバーの健康歴を鳥瞰することができる仕組みである。また臨床履歴や各種データからアルゴリズム的に生成された彼らの健康上の懸念に関するフラッグを見ることもできる。
●すべての主要なテクノロジーをインハウスで構築し、比類のない機能を促進する。より大きな規模拡張性と透明性を実現する
オスカーは、「ヘルスケアにおける非効率、無駄、遅れの最大の要因の1つは、ほとんどの保険会社が使用しているレガシー(時代遅れの)保険支払いシステムである。」、「既存のテクノロジーを再構成したり他の保険会社が使用しているのと同じベンダーと協力するだけでは、米国の壊れたヘルスケアの問題を解決することはできない」、「この技術を再構築することがフルスタックの保険会社としての成長に不可欠である」、「レガシーシステムに惑わされることなく向上させることができる、独自のシステムをゼロから構築し、すべてのデータとツールを所有、更新できるようにする」ことに取組み、保険金請求の処理と支払いに関するテクノロジーとオペレーションを自前で構築した。オスカーは他社のシステムを「ファックスで請求を送りあう80年代のままのシステム」と酷評している。
これにより、オスカーはクラウドベースのシステムを持つ最初の保険会社となり、保険支払プロセスをより強力にコントロールすることができるようになった。自前のシステムを構築したことにより、保険金請求処理システムのせいで従来は考えられなかった夜間のMRI検査受検やピーク時を過ぎた時間帯に医師の診察を受けること等への割引きの提供等にも、オスカーは取り組もうとしている。
また新しい保険請求処理と支払いのシステムは、機械学習を用いて詐欺を検出する機能も有している。全ての保険金請求が潜在的な悪用や過払いをアルゴリズム的にスクリーニングするシステムでチェックされ、フラグが立てられた場合には、請求は集中審査チームに送られる。
改善は、オスカーがプロバイダーに支払う速さに最も反映されている。自前のシステムを構築したことにより、オスカーでは、請求の約91パーセントが自動裁定によって支払われることとなり、ほとんどの保険会社が14日~16日程度での支払いを行っている中、オスカーは3~4日での支払いを達成している。保険金支払の正確さは99%のとのことである。
人が介入することなく自己裁定された保険金請求の件数は、新システムの導入以降18%増加した。それでいて、支払い漏れ(漏洩)率は80%減少した。
オスカーが目指す次世代保険金支払いシステムの機能
オスカーはさらに、よりスマートな次世代保険金支払いシステムの開発にも取り組んでいるが、こちらはまだ道半ばである。オスカーは次世代システムを、仮説処理と見込み処理を可能にするように設計し、以下のような機能を組み込むとしている。
- 保険金請求をリアルタイムで処理
- 適格性処理プロセス(登録処理や請求書発行等)をリアルタイム処理で自動化
- 保険金請求処理の可視性を向上
- 対象サービスとその正確なコスト見積もりをメンバーに提供
- 設定や構成を任意に変更できるようにし、新商品・市場等への展開を迅速に開始したり、他社のプラットフォームと容易に統合できる。
- 拡張性があり、新しい市場に拡大し、何百万というメンバーに到達することを可能にする。
さいごに
以上見てきたように、オスカーは、データを活用し、全てがスマホでできる等、いかにもインシュアテック、デジタルヘルスらしい特徴を備えている。しかし、単なる技術偏重の保険会社では終わっておらず、同時にコンシェルジュチームの設置や医師による24時間遠隔医療対応など、人海戦術的で、かなり人間味のある事業にも深く取り組んでおり、総合的な保険会社としての完成度が高い。
オスカーの事例は、インシュアテック、データヘルスの時代の中で、在り方を模索しているわが国生保会社にとっても、参考になる点が多いように思われる。
なお、冒頭、グーグルによるオスカーへの出資の話題に触れたが、オスカーが事業展開を進めて行くにつれて、既製業界からオスカーへのアプローチも現れてきている。2018年1月には、フランスの大手保険グループであるアクサと戦略的パートナーシップを形成し、再保険契約の締結に合意した。
オスカーとグーグルの関係につき付言すれば、オスカーは設立以来、グーグルグループからベンチャーキャピタル子会社(Capital G)による投資等を受けてきたが、昨夏にはついにグループ中核会社から出資を受け入れたことで注目が高まった。ただしグーグルのオスカー持株比率はまだ10%程度と低い。あわせてグーグルの初期設立メンバーであり、ユーチューブの前CEOでもあるSalar Kamangar氏がオスカーの取締役に就任した。グーグルもヘルスケア関連事業への取組を強めつつある中、両社の今後の関係が注目される。
新興企業オスカーの事業展開速度はたいへん速い。事業方向性の転換もダイナミックである。スタート当初は「スマホで手続きができ、歩くと報酬がもらえる」といった点がアピールポイントの、おもしろい医療保険会社という程度のイメージだったように思うが、年を経るにつれ、コンシェルジェチームの発足など、事業の厚みを増し、充実度を上げてきた。
これからもオスカーはその姿を頻繁に変えるはずである。その動向を注視していきたいと考える。
松岡博司(まつおか ひろし)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任
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