連載『中華圏富裕層の実態』では、香港で50年ぶりとなる金融機関「Nippon Wealth Limited(NWB)」を創設し、富裕層向けに資産運用をサポートしている長谷川建一氏が、中華圏富裕層の特徴について紹介していく。2回目のテーマは「中華圏富裕層の資産運用」である。
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急激に成長している中華系富裕層も資産承継には一苦労している。今回は、彼らにとって次に重要な関心事である、資産の運用や管理の手法について紹介したい。また、それらに関連した優先順位の高い事項として、会計や税、相続資産の分配・仕切りなどもある。総じて、これら関心事をどう切り盛りしているのかについて触れてみたい。
前回紹介したとおり、もともとは、家族経営だったファミリー経営のビジネスが、事業規模を拡大するにつれ、家族ではなく組織としてのビジネスに成長していく。そして、事業を創業した家族は事業そのものよりも、企業や財閥を運営する事業家ファミリーへと変貌を遂げていく。やがて、創業した事業自体以外へも多角化したり、事業展開する地域が広域化・国際化したりする中で、事業家ファミリーは、投資家や資本家としての色を濃くしていく。この段階で、ファミリーは、事業を所有・経営するというより、資本を持ち、かつ、血も繋がった投資家の集団となっていく。そこで登場するのがファミリーオフィスである。日本人には馴染みの薄い概念かもしれないが、ファミリーオフィスという言葉を聞かれた方は、読者の中にもいらっしゃると思う。
中華圏富裕層御用達「ファミリーオフィス」とは?
ファミリーオフィスとは、19世紀にアメリカで、ジョン・ロックフェラーが一族の資産を管理し、次世代へ承継していくために、また、一族としてしっかりと永続的に発展していくために設立したことが始まりと言われる。米国では、ロックフェラーに続いて、モルガン家やカーネギー家など、ビジネスで成功を収め、巨万の富を築いた富裕な家族が、相次いでファミリーオフィスを設置していった。もっとも、起源については諸説あり、既に6~8世紀にヨーロッパで、王族の資産を管理するために設立されていたとも言われている。
いずれにせよ、もともとは欧米を起源とするが、アジア地域の発展や中華系華僑の富裕層の厚みが増すにつれ、アジアでも2000年前後あたりから、ファミリーオフィスの設立が盛んになっていった。ファミリーの富を運用管理するファミリーオフィスは世界で約2000社あると言われている。そのうち香港に居を構えるファミリーオフィスは、約800社に達するとも言われている。ちなみに、シンガポールにも約200社あると言われているので、世界のファミリーオフィスに占める香港・シンガポールのシェアは、後発ながら相応に大きいことがわかる。
親族の人間関係調整にも及ぶファミリーオフィスの役割
ファミリーの資産を管理していくことは、ファミリーオフィスの最も優先順位の高い役割である。そして、資産をしっかりと管理するためには、当然ながら会計や税務に通じた専門家の裏付けを取った方法で管理する必要がある。また、資産の事務管理や経理も重要となる。多額で多種類の資産、加えて多数の国に展開するため、その事務には手間を惜しんではならないところである。
資産運用も資産の維持には不可欠な要素である。運用状況の把握やリスクのモニタリングや投資先の経営状態のチェックは、実際の投資パフォーマンスに大きく影響する。近年では投資ポートフォリオをより精度高く管理をするために、運用や運用管理の経験を持った専門家を雇い入れるファミリーオフィスが多くなった。今では、それが主流と言うべきかもしれない。 さらに、富裕層一族の資産承継に関して、計画を立て、実行していくことも大切な業務である。現家長(経営者)の後継者選びや彼らの間での意思疎通はもちろん、ファミリーの合意形成はとても重要とのことである。
資産の名義が変わる際に争いが絶えないのも人の性。生前から富裕層ファミリー内で準備しておくためにも、ファミリーオフィスは先んじて動いておく必要がある。これに関連して、親族間の人間関係の調整や、富裕層一族の中での争いを処理する必要に迫られることもあると聞く。香港やシンガポールなど、相続税がない国・地域では、相続税対策は意味を持たないが、資産のある場所や名義によっては、対策が必要になることもあり、それらへの対応も迫られる。また、美術品や宝飾品、金の現物管理、ジェット機や高級車、ヨットなどの管理も、資産内容によっては業務に含まれるだろう。