4~6月期の実質GDPは内需主導で前期比0.2%増

ユーロ圏経済の低調な推移が長引いている。19年4~6月期のユーロ圏の実質GDPは前期比0.2%、前期比年率0.8%となり、1%台半ばの潜在成長率を下回る水準に逆戻りした。

需要面では内需主導が明確だ(図表1)。実質GDPへの寄与度は、個人消費、固定資本投資、政府消費支出が前期比0.1%ずつのプラス、外需が同0.1%のマイナスだった。

4~6月期の輸出は前期比で横ばい、輸入は同0.2%増加した。輸出金額を国・地域別に見ると、米国向けの拡大基調は続いたものの、中国など新興国向けは勢いを失っている。ユーロ圏から見て、米国に次ぐ輸出先となる英国は、1~3月期の「合意なき離脱」対策需要の反動で、大きく減少に転じた(図表2)。

欧州経済見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

個人消費は雇用所得環境の改善を支えとする拡大が続いた。勢いこそ鈍っているが、雇用の拡大、失業の解消は続いており、一人当たり雇用者報酬は前年比2%台の伸びを保っている(図表3)(図表4)。他方、ユーロ圏の物価は、ECBが物価の安定の目安とする「2%以下でその近辺」の水準を下回る推移が続いている。結果として、物価上昇率を差し引いた実質ベースの雇用者報酬は2%近辺の伸びを保っている。消費者のマインドも、17年のピーク時ほどの強さはないものの、長期平均を上回る水準を保っている(図表5)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

固定資本投資も拡大基調が続いている。4~6月期は全体の5割弱を占める建設投資は前期比横這いに留まったが、同3割を占める機械設備投資は前期比1.2%増と力強い伸びを維持した(図表6)。

生産面では製造業の「独り負け」、国別にはイタリアとドイツが不振

生産面では、製造業が「独り負け」の様相を呈している。製造業は、ユーロ圏の総付加価値の16.6%を占める、ユーロ圏全体では、製造業の総付加価値(実質)は、18年4~6月期をピークに4四半期連続で前期比マイナスとなっており、4~6月期はマイナス0.8%まで落ち込み幅が広がった(図表7)。

国別にはイタリアとドイツが振るわない(図表8)。イタリアの実質GDPは、世界金融危機前のピークの水準まで回復しないまま、2017年10~12月期以降、一進一退となっており、4~6月期は前期比横這いだった。ドイツは、ユーロ圏内に拡大した債務危機の最中、「独り勝ち」を続けたが、2018年以降は成長のテンポが大きく減速しており、19年4~6月期の実質GDPは前期比マイナス0.1%と再びマイナス成長に転じた。

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ユーロ圏の製造業不振の主因は全体のおよそ4割を占めるドイツにある。米中貿易戦争の拡大や英国のEU離脱を巡る不透明感など輸出環境の悪化の影響に加え、主力の自動車産業にEUの環境規制厳格化の影響が強く現れており、ドイツの製造業の成長には急ブレーキが掛かった(図表9)。

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輸出、製造業の底入れは遅れ、内需、非製造業の成長も抑制。低成長、低インフレ続く

7~9月期には米中間の報復関税がさらに拡大、英国でジョンソン新政権が誕生し、英国の合意なきEU離脱懸念が高まるなど、新たな悪材料が加わった。いずれも、国境を超えて広がるバリュー・チェーンの混乱をもたらすリスクである。

新たな悪材料が加わり、輸出、製造業の底入れが遅れることで、堅調を保ってきた内需・非製造業にも影響が及びそうだ。

設備投資の下振れリスクは増大している。13年以降の設備投資拡大は、旺盛な需要の伸び、高稼働率、良好な企業収益、著しく緩和的な金融環境、技術革新や気候変動対策へのニーズなどの複数の要因が働いてきた。しかし、需要の鈍化とともに、製造業の稼働率は、ユーロ圏全体では設備投資拡大の目安となる長期平均の水準近くまで、ドイツの場合は、長期平均を下回る水準まで低下している(図表10)。製造業企業のサーベイでは、7~9月期に受注の減少、景況感の悪化(図表11)がさらに進んだ。技術革新、気候変動対策のニーズは高く、製造業の設備投資拡大は続くと見られるが、不透明感の高まりを理由に実行を手控える動きが広がるリスクが警戒される。

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個人消費の拡大基調が雇用環境の悪化によって損なわれるリスクもある。数カ月先の雇用の見通しについて尋ねた企業サーベイでは、製造業はすでにマイナス、つまり雇用の削減が見込まれるようになっている(図表12)。非製造業はプラス、つまり雇用の拡大を見込んでいるが、徐々に弱気に傾きつつある。足もとの景気の減速は、国や産業によるばらつきも大きく、ユーロ圏全体に雇用の悪化が広がることは予想し辛い。しかし、ユーロ圏の失業率が、2013年以降、長期にわたる雇用の拡大で、19年7月時点で7.5%と、世界金融危機前のボトムの7.3%に近づいていることからも(図表3)、雇用の拡大ペースを維持することは難しくなっており、個人消費の伸びも抑えられやすくなっている。

輸出、製造業の調整が長期化し、内需、非製造業の成長も弱まりつつあるが、ECBは著しく緩和的な金融環境を維持し、財政面ではやや拡張的な運営(1)が継続される見通しであることから、ユーロ圏の内需主導の弱い成長と低インフレが続くだろう。

実質GDPは、19年1.2%、20年1.1%、インフレ率は19年1.2%、20年1.3%と予測する。

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(1)EUの欧州委員会では構造的財政収支の変化幅から財政政策スタンスを判断している。「2019年春季経済見通し( https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/economy-finance/ip102_en.pdf )」で、2011年~14年は緊縮的、15~17年は中立的、18年はやや緊縮的であったのに対して、19~20年は裁量的政策によってやや拡張的になると評価し(p.56)、「2019年夏季経済見通し( https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/economy-finance/ip108_en.pdf 」」でも、その評価を維持している(p.8)。

ECBは超金融緩和を継続、財政のやや拡張的な運営も継続

ECBは、9月12日の政策理事会で、現在マイナス0.4%の中銀預金金利の引き下げを決める見通しだ。7月理事会で政策をパッケージとして打ち出す方針を示唆したことから、18年末に停止した純資産買入再開による量的緩和の再開への期待も高まっており、ユーロ圏の多くの国で10年国債利回りがマイナスに転じ(図表13)、最高格付けの国債では30年債の利回りもマイナスとなり、利回り曲線の平坦化がさらに進んだ(図表14)。

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既述のとおり、ユーロ圏経済の先行き不透明感は強いものの、ユーロ圏全体の景気後退のリスクが高まっているとまでは言えないこともあり、政策理事会メンバーからは、過度の期待を牽制する意見が相次いでいる(図表15)。ECBの資産買い入れ再開にあたっては、出資比率に応じた買い入れ比率や、1発行体当たりのECBの保有国債の上限を33%とするルールなど、制度設計の見直しも必要となる。今回の理事会では、資産買入再開でのコンセンサスは形成できず、市場の失望を招く可能性がある。

9月利下げ後の追加利下げ、量的緩和の再開は、外部環境の悪化による輸出、製造業の調整の深まりが、雇用や設備投資に本格的に影響し始めたと判断される場合の選択肢となる。しかし、ユーロ高圧力緩和以外の効果に乏しく、ユーロ圏の不振の元凶であるドイツが直面する問題の解決策とはならず、却って重荷となる可能性すらある。

財政政策は2020年にかけてやや拡張的な運営が継続する見通しだが、今後、各国で本格化する2020年度予算の議論、特にドイツの動きが注目される。ドイツは7~9月期もマイナス成長となり、世界金融危機後初の景気後退局面入りの可能性も浮上している。8月にショルツ財務相が世界金融危機対応で投じた500億ユーロ相当の追加支出が可能と発言して注目を集めた。現時点では均衡財政路線の転換までは想定し辛いものの、どのような方針を打ち出すのかは、ユーロ圏全体への影響力も大きいだけに注目したい。

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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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