(本記事は、中島聡氏の著書『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』文響社の中から一部を抜粋・編集しています)
あなたの仕事はいつもこうだ
「これ、1週間でよろしく」
あなたはたった今、上司から新たな仕事を任されました。今日は金曜日。来週の金曜日が締め切りです。1週間あればその仕事は確実に終わるでしょう。
しかしあなたは、ほかにも仕事を抱えています。それは3日後である来週の月曜日までの仕事です。優先順位を考えれば、3日後締め切りの仕事を先にやらなければいけません。
あなたは頑張って、3日後締め切りの仕事を今日中に終わらせました。お疲れ様でした。週末2日間、ゆっくり休んでください。
さて、新しい月曜日がやってきました。上司に頼まれた新規の仕事にとりかかります。締め切りの金曜日まで5日あるわけですから、たぶん終わるでしょう。
「まあ、でもほかにも仕事はあるしな」
あなたは新規の仕事はいったん脇に置き、メールの返信や長期で抱えているほかのプロジェクトを進めていきました。もちろんそのあいだに、新規の仕事をどう終わらせるかというスケジュールも考えていました。
水曜日の夜を迎えました。
期限まであと2日……。
「これじゃ終わらないかもしれない……」
スケジュールを考えていたとはいえ、頭の中でやるのと実際にやるのは違います。なんとなく終わらなさそう、と予感したあなたは、ほかの仕事を放棄して、あと2日しかない仕事に本格的に取り組むことにしました。
締め切り前日、木曜日の夜のことです。メールの返信やほかの緊急の打ち合わせなどで時間を取られたあなたは、ついに徹夜で仕事をしなくてはならなくなりました。締め切りの金曜日まであと数時間。あなたは必死に仕事を進めていきます。
「例の件、終わった?」
翌日の金曜日、あなたは上司から仕事について尋ねられました。背筋に寒気が走り、冷や汗が額を伝います。あなたは徹夜で赤くなった目を瞬きしながらこう言いました。
「すみません、ほかの仕事もありまして、徹夜もしたのですが……もう1日いただけないでしょうか……」
その後の顛末は皆さんの想像にお任せします。
じつはこの話、実際にいた私の部下であるAくんが、付き合いたての当初にやったことでした。
Aくんは従順な部下に見えました。仕事を頼んだ時、彼はいつも「はい!やります!」「かしこまりました!」「承知しました!」と言います。いつも文句を言わずに仕事を引き受けてくれます。上司としてこんなにありがたい部下はいません。
けれどもAくんは仕事にどのくらい時間がかかるのかという見積もりを甘く見ていました。いつも仕事を与えられた際に、ぺろっと仕様書を見ただけで、理想の完成日時を予告してしまうのです。
Aくんの仕事は、上司である私の側から見るとこう見えています。
締め切りが1週間後の新しい仕事をお願いした後、Aくんは毎日まじめに仕事をしていました。
途中、ほかのこまごまとした仕事を任されることもありましたが、ちゃんと頼んだ仕事もやっているようでした。土日も体を休め、余裕を持って仕事をしているようでした。このような姿を見ると上司としても安心です。
ところがAくんはその安心感を裏切ります。
ある日会社に行くと、Aくんがオフィスで一人寝ていました。どうしたのかと聞くと、どうやら徹夜で仕事をしていたそうでした。
「大丈夫?ちゃんと終わる?」と私が聞くと、「大丈夫です!頑張ります」と言いました。締め切り前日の木曜日のことです。
私は不安になってきました。とはいえ、大丈夫と言われたからには手出しはできません。
Aくんはまじめな部下です。仕事に手を抜いたり、適当な完成度で放り投げたりはしません。だからきっと、任せた仕事はほとんどもう終わっていて、クオリティを上げるために時間を費やしているのだろうと思っていました。そして締め切りの金曜日、Aくんは私にこう言いました。
「すみません、ほかの仕事もありまして、徹夜もしたのですが……もう1日いただけないでしょうか……」
Aくんは毎回毎回適当に仕事をやっているわけではありませんでした。もちろん規定通りの仕事を、ちゃんと納期ぴったりに出してくることもありました。
しかし、ほかの仕事もあることや、メールの返信などのこまごました仕事にも意外と時間がかかることを織り込んでいないため、仕事を終わらせることができなくなるのです。
その後もAくんは毎回締め切りギリギリになって「すみません、終わりませんでした」と謝ってきました。それも、眉を下げ、本当に申し訳なさそうに言うのです。Aくんは毎度徹夜で仕事を頑張るので、目を赤くして私のところに来ます。「徹夜したのですが……」それが何回も何回も続いたのです。
3ヵ月ほど経った頃、これはさすがに注意しないといけない、ということで私はAくんを厳しく叱りました。仕事が遅いからちゃんとやってくれと。反省しているのかと。遅れるなら仕方がないけど、遅れると思った段階で早く報告してくれと。
私のほうでも、Aくんがしっかり仕事をできるようにさまざまな工夫を試みました。たとえば、その会社では基本的に2週間単位の仕事を割り振っていたのですが、彼には3日単位の小さな仕事を割り振ってみたりしました。あるいは単に仕事の量を半分にしたりもしました。しかし結果は変わらず、Aくんはいつも最後には「終わりませんでした」と言ってきました。
Aくんは、仕事自体はできるのです。そこそこ優秀なプログラマだったといえるでしょう。
けれども彼は時間の使い方が圧倒的に下手でした。仕事の量をいくら減らしても終わらないというのは、そういうことでしょう。
Aくんはその後、会社から幾度も勧告を受けたにもかかわらずまったく改善が見られないため、1年後に私のチームにいてもらえなくなってしまいました。私も上司として力不足でした。
Aくんのように、締め切り間際にラストスパートで仕事を終わらせようとする人の態度を「ラストスパート志向」といいます。ラストスパート志向は仕事をするうえでは最も避けるべきことです。
なぜあの天才は、トップグループから脱落したのか
もう一人、私の過去にいた部下の例を紹介しましょう。
Tくんは純粋な能力でいうと天才と言って差し支えないレベルでした。私と比較するのであれば、彼は私の倍以上の馬力を持っていると思います。
ただ、Tくんは仕事のうえでは少々あてになりませんでした。才能と馬力がありすぎるがゆえに、締め切り間際に、設計されていない機能をプログラムに追加したりするのです。たしかにその機能は優れたものでした。もしその機能が製品に加われば、製品の売り上げにプラスの影響を与えたことでしょう。天才的なプログラミング能力をもったTくんならではの仕事といえます。
けれどもそんな機能を納品間際に追加されても困ります。最初から設計書にそうした機能を組み込むことが書かれているのならともかく、全体の構成が決まってから何か新しいことを始めようとするのは大変難しいからです。
Tくんは紛れもない天才です。彼の能力は製品を開発するうえで強力なものになります。
ただ、Tくんはパフォーマンスにムラがあることが問題でした。野球でいえば、三振を何回も繰り返し、たまにホームランを打つような選手です。
そういう選手はもしかしたら野球では優遇されるかもしれませんが、製品化計画が緻密に立てられているプログラミングの現場では、あまりいい選手ではありませんでした。一見優れた仕事をするようですが、上司の立場からすると非常にマネジメントがしづらいのです。
「こういう機能追加しました!」
Tくんがそう言うたびに、私は嬉しい反面、彼が勝手に追加した機能のために開発スケジュール全体に影響が出ないようにするための調整で走り回っていました。
もちろん毎回毎回そういうプロセスがあったわけではありません。何度も繰り返すようにTくんは優れたプログラマです。規定どおりの製品を納期ぴったりに提出してくれることも幾度もありました(それが当たり前ではあるのですが……)。
けれどもそういった成果は、恒常的に上げることができなければ意味はないのです。仕事にムラがある天才は、いくら先進的なアメリカの企業であったとしてもなかなか活躍できません。
車の開発にたとえるなら、低燃費の車を作っていたはずなのに、出荷間際になって「ターボエンジンを搭載してみました」と言ってくるような人なのです。これではコンセプトを180度変えなければなりません。
もしターボエンジンを搭載したいなら、初期段階で搭載することを計画に盛り込むべきです。Tくんは終盤になって思い付きでターボエンジンを搭載するため、全体の計画に支障をきたすことがありました。結果、仕事は終わりません。
そういうわけで、Tくんはせっかくいい仕事をするのに、翌年はトップの製品を開発しているグループに入れませんでした。
能力が普通で、うまくやれば仕事を納期通りに終えられるはずなのに締め切りにいつも間に合わないAくんタイプ。天才肌なのに時間の使い方が下手なだけで、いつも能力が成果に見合っていないTくんタイプ。どちらも仕事が終わらないのは、時間の使い方が下手だからなのです。
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