(本記事は、細木 聡子氏の著書『女性管理職のためのしなやかマネジメント入門 〈信頼〉をつなぐ、チームビルディング 』NTT出版の中から一部を抜粋・編集しています)
管理職は〈空気〉をつくる
悪影響から〝良影響〞へ
人は誰でも生きてそこにいるだけで人に影響を与えています。例えばポジティブな感じを与える人もいれば、エネルギーを奪われるような感じがする人もいるでしょう。管理職になりたての頃、私は自分の辛さに気をとられ、そのことに無自覚だったと思うのです。むしろ、自分は自信を失っており、自分なんて無力だと思っていたので、自分に「影響力がある」なんて思ってもいませんでした。
でも、自分が部下だった頃のことを振り返ってみると……上司の「機嫌」の影響は甚大でした。みなさんもすぐに思い出せると思いますが、特にそれがネガティブで、いつも余裕がなく、イライラしていたら、〝悪影響〟は小さくありません。さらに「辛さを我慢する」のが「仕事なんだ」と思っていたら、そういった仕事観も周囲に伝わり、一人ひとりの「やる気」をいつの間にか削いでしまっていただろうと思います。要するに、私は自分の思いとは裏腹に「大いに影響力があった」というわけです。
管理職は職場の「空気」をエアコンのようにつくります。誰しも多かれ少なかれ、その人の機嫌や雰囲気、その仕事ぶりによって人に影響を与えているわけですが、リーダー的な管理職のあり方が周りに与える影響は自分が思っている以上に大きいものです。一つひとつの振る舞いや発言が「どう見えるか、感じられているか」という視点に気づくこと、自分の影響力に自覚的になることは、管理職の出発点といえます。
影響力を上手に活かす
一般社員のときより、管理職には一定の「力」が与えられています。実際にそれにふさわしい実力があるかどうかとは関係なく、部下との関係においてみれば、常に「力」があるということです。管理職になることで、地の影響力が強まっているのです。このことにまず気づくこと。そしてそれに自覚的になったら、次なる課題は、その力を
いかに使うか
―です。冒頭では、この力をマイナスな方向でいつの間にか使っていた例をお話ししましたが、悪影響ならぬ「良影響」として活かすことも可能です。ここが管理職としての、力の使いどころでもあるのです。
「使い方・活かし方」次第で、チームの力は大きくもなれば、小さくもなる。管理職のあり方がよい方向に変わると、プラスの影響力が発揮され、周りの人々もよい方向に影響されます。周囲からの支持も集まり、チーム力を大きくすることができるようになっていきます。
自分の力を、人の力を引き出すことに活かせる。
ここに管理職の仕事の醍醐味があります。
力には、大きさと方向があります。物理の時間に習った「ベクトル」を思い出してみてください。あなた自身の力にも大きさと方向があり、チームのメンバーも同様です。この力を、メンバーの力を引き出すことに活かすなら、チーム全体のベクトルは大きくなるでしょう。それはひいては、会社の力を大きくし、社会に対してもそれだけの貢献につながります。みなさんの仕事は、この一人ひとりの力のベクトルを大きく、より目的に叶う方向で引き出し、最終的には社会に活かすことです。
このことに気がつくまでに私はかなり時間がかかりましたが、試行錯誤の中から管理職としての影響力をよく活かすための原則が見えてきました。
〝良影響〞の源は〈3つの信頼〉
私が女性管理職に向いていると考える支援型のリーダーシップにおける「影響力」の鍵は、次の3つの「信頼」にあると思っています。
- 信頼① 部下への信頼ー部下以上に部下の可能性を信じる
まずひとつめの原則は、部下が思っている以上に部下の可能性を信じるということです。
部下に対しての影響力を高める、というと、大きな声で部下に指示することが一番効果的なのでは、と思う方もいらっしゃるかもしれません。グイグイ外側から引っぱっていくイメージです。
ですが、これは私の経験からすると逆効果です。第1章でも見たように、特に女性は周りからそのような外側から引っぱっていくあり方は、「望ましくない」と見られがちです。現在はまだ、女性が指示型で行動をすると、周りに反発、嫌悪感を与える傾向がどうしても残っているのが現状です。
そしてそもそも、上から指示することは、女性に限らず、ともすれば威圧的になってしまい、部下が萎縮してしまうことになりかねません。これは一見、自分の影響力が高まったように見えますが、部下本来の力は発揮できなくなってしまい、その結果、成果も限定的になってしまうことが多いのです。
私も最初は、こういったやり方で部下に対していました。ある時そんな私に対する部下の態度を見た同僚から
「細木さんの部下は皆、細木さんが少し言ったことでも100%、『わかりました!』って言ってすぐに言うことを聞くよね」
と言われ、ハッとしました。
皆がすぐに私が言った通りに行動するので、私は影響力を最大限に発揮できているのだと思っていたわけですが、同僚の言葉で、そうではなくて私の態度から部下が萎縮してしまって、イエスマンになってしまっているだけなのだと気がつきました。
そこで、私は自分の態度を見直しました。部下に指示をするのではなく、部下の可能性を信じること。そして部下からの意見を尊重するようにしました。すると、なぜか不思議なことに、反対に部下から「あなたのためにがんばります」と言ってもらえるようになり、実際に、目覚ましい成果を出してくれるようになったのです。これは不思議なパラドックスでした。部下を信頼して「託した」ことが「結果として」成果に結びついたのです。
外側から引っぱるのでなく、その人の内側を信頼して託すこと。
人は自分のことを信頼してくれる人を裏切りたくない、信頼してくれる人のために尽くしたいと思うものなのかもしれません。
信頼するとは、「あなたならできる」と託すということでもあります。
その人を信頼する、とは、その人の持つ力を信頼するということ。すると人は、その人の「独自力」を発揮してくれるようなのです。その人の力を肯定し、本気で託すと、みなさん自分に自信をもって本気で取り組んでくれます。
ただし、信頼は、ギブアンドテイクではありません。
私は、たとえ部下が自分のことを信頼してくれていなかったとしても、まず自分から相手を信頼します。相手が信頼してくれるから信頼する、ということでも、信頼するから、自分の思い通りの結果を出してね、ということでもありません。
そして、本人以上に相手の可能性を信じるということは、相手のことを人として尊重し、相手を励まし勇気を与えることであると思っています。
「人には無限の可能性がある」
これは、私の信条です。どんな人にもそれぞれに強みや素晴らしい能力があって、それを認め、引き出していくことで、すごい力を発揮するものだと信じていますし、実際にこれまでの管理職の経験から実証していると思います。
この、部下以上に部下の可能性を信じるというあり方が、自分自身の言動に変化を生み出し、部下との信頼関係が醸成できたことで、チーム成果を最大化する管理職としての良質な影響力を与えることができたのだと思います。
- 信頼② 仕事への信頼―まず自分が大きなやりがいを持つ
2つめの原則は、まず管理職である自分が仕事に大きなやりがいを持つということです。
「部下は上司よりも幸せになれない法則」
というのがあります。部下は上司が感じている仕事のやりがいや達成感以上に仕事でやりがいや達成感を感じることは難しいというものです。
これは私自身も身を持って体験し、本当にそうだなと心から思います。
私は26年間の大企業での会社員生活の中で尊敬できる上司にたくさん出会うことができました。その尊敬できる上司の共通点は、自分の率いる組織の仕事に常に大きなやりがいを持っていたことでした。今携わっている仕事の重要性と意義を感じながら前向きに仕事を進める上司のあり方が私の心を引きつけ、大きな影響力を与えていたのだと思います。
私はもともとあまり上司を意識して仕事をするタイプではなかったのですが、尊敬できる上司の姿を見ているだけで、パワーをもらい、自信を持って自分の力を発揮したいと心から思ったのを覚えています。
そして自分自身もやりがいを持って仕事をしようと思うようになりました。管理職になってからは、その責任の重さから仕事で厳しい局面に直面すると、そもそもこの仕事はやるべきなのか、と疑問を抱いてしまうこともありましたが、そんなときでも原点に返ることで自ら仕事の意義を改めて見出すように心がけました。
- 信頼③ 未来への信頼ー信じられるビジョンを持つ
最後、3つめの原則は、ビジョンと未来への信頼です。と言っても、闇雲に信頼するということでなく、信じられるだけのビジョンもつ努力も含まれます。
仕事が常に順調に進むということは稀なことだと思います。うまくいくときもあれば、なかなか結果が出ないこともあるなど、色々あるのが仕事です。結果が出ないとき、先が見えない暗闇の中でもがいているような気持ちになり、目標を達成する気力を失いそうになることもあるでしょう。そんなとき、目の前の仕事にどのような意味があり、目標を達成すると、どんな未来につながるのかを常に思い出させてくれる上司がいたら、どんなに心強いでしょうか。
もちろん、管理職である上司自身も、お先真っ暗に思うこともあるでしょう。ただ、そういうときこそ、リーダーである自分自身が気持ちを奮い立たせて必ず目標達成できるという未来を部下に見せることです。
こんな話を聞いたことがあります。社員約百名規模のある会社の社長が、新年度の初めに社員を集め、キックオフを行ったそうです。キックオフでは、社員の士気を高めるために、社長自らが新しい年度の事業計画を発表しました。
そして売上や利益の数値目標の説明をひと通りした後、ボソッと一言、
「まあ、この目標を達成するのは難しいとは思うけどね……」
と口にしたそうです。その瞬間、場は凍りついたものの、キックオフ自体は無事終えることができました。
実際、その年度の業績はどうだったかというと、離職者が続出し、社員の約30%が退職してしまうという事態になりました。退職者が多くなると、当然目標の達成は難しくなり、売上は約20%減少してしまったといいます。
事態を重く受けとめた社長は、自らの発言が影響を及ぼしたのではないかと深く反省し、次年度からは大きく言動を改めました。すると次の年は離職者はゼロ、売上も約30%増に回復、事業を安定させることができたのです。
リーダーの言葉の影響の大きさを物語るエピソードだと思います。社長がつい後ろ向きな一言を漏らしてしまったのは、会社の事業推進に不安を感じていたからかもしれません。ですが、リーダーの言動にはとても大きな影響力があります。たった一言で、その事業の明暗を分けてしまうといった大きな事態も起こりうるということなのです。
未来を確実に保障することはできないとしても、信頼してがんばってみようと思えるだけのビジョンを示すことはリーダーの大きな役割です。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます