(本記事は、細木 聡子氏の著書『女性管理職のためのしなやかマネジメント入門 〈信頼〉をつなぐ、チームビルディング 』NTT出版の中から一部を抜粋・編集しています)
時間を味方につけよう
どうしても関係者の意見がぶつかり合う形となってしまい、落としどころ案が見つからないときもあると思います。そんなときのために、役立つのが「ジワジワ調整法」です。
じっくり合意に持ち込む「ジワジワ調整法」
これは、時間を味方につけて、ジワジワと少しずつ水面下で調整を行い、合意のタイミングを見極めることによって、関係者全員が100%納得する形で、合意形成に持ち込んでいく手法です。
このメソッドは、会社や組織の中での管理職としての様々な調整に苦痛を感じている特に女性管理職のみなさんには、ぜひ身につけてもらいたいと思っています。
私もそうなのですが、特に真面目で責任感が強い傾向にある女性は、できるだけ速く、目の前の仕事を片づけたいと思ってしまいがちです。私は、会社や組織の中で働く多くの女性たちを見てきましたが、優秀な方であればあるほど、この傾向が強いように思います。
自分一人だけで完結できる比較的定型化された仕事であれば、なるべく速く目の前の仕事を片づける、すぐにやる、ということは素晴らしいことなのですが、こと、管理職の仕事の中心である調整については、自分の努力だけでは解決できないことも多く、なかなか進まない、といったこともよくあることなのです。ところが、真面目で責任感の強い方であればあるほど、このなかなか進まないという状況にストレスを感じて、管理職の仕事に自信をなくしてしまう、といった状況に陥りがちです。
これまでも述べてきましたように、管理職の仕事は、担当者の仕事とはその質が異なります。このため、管理職としても全ての仕事をできるだけ速く行うべきだという考えは捨ててしまったほうが、結果として仕事もうまくいきますし、自分自身もストレスなく仕事に取り組めるのです。
特に調整業務は、時間が解決してくれることがたくさんあります。
このため、この時間をおく、タイミングを計るといった発想を持って調整することで、ストレスなく、より仕事をうまく進められるようになります。ぜひこの「ジワジワ調整法」を身につけて欲しいと思います。
時間が視点を変える
私がこの「時間をおく」という発想に効果を感じたのは、ある先輩社員のアドバイスからでした。
当時、入社3年目くらいだった私は、仕事で問題に直面し、速く解決しようと頭を悩ませていました。どんなに考えてもよい案が浮かんでこないという状況で、困り果てて先輩社員に相談したところ、彼は私の話をひたすら聞いた後、こう笑顔で言ったのです。
「今日は、帰ろう。また、明日考えよう」
私は、びっくりして、「えっ、いいんですか!?」と思わず言ってしまいました。すると、彼は、
「だって、今、どうしても解決しなきゃいけないってわけじゃないでしょ。明日になれば、よい案が浮かんでくるかもしれないよ」
と言ったのです。「あ、確かに!」と思い、その日は早めに帰宅しました。そして家に帰って夕食をとってお風呂にゆっくり浸かっていたときに、ふっと問題解決のためのとてもよいアイデアが浮かんできたのです。早速、次の日、先輩にそのアイデアの話をしました。そうしたら、彼は、
「ほらね! 時間をおくと、いい案浮かんでくるじゃん!」
と言ったのです。そして、あっさり問題を解決することができました。
それまで私は早く自分の担当業務の仕事を覚えようと、気持ちのゆとりもなく仕事をしていました。そのため、何か問題等の不測の事態が起きるとパニック気味になってしまい、落ち着いて考えられていなかったのだと思います。早めに帰宅しゆっくりして、気持ちに余裕ができたことで、アイデアが浮かんできたのです。
この経験がきっかけとなり、私は、時間を置いて考える、ということを積極的にするようになっていきました。
時間をおくと、視点が変わります。
追い詰められていると視点が特に一点に集中して「これしかない」というように思い込んでしまいがちですが、時間をおくと、事柄との距離が生まれ、新たな視点で見ることができるようになります。そして「時間を味方につける」という発想は、違うシーンでも色々役立つことことがわかってきました。
管理職になると、不測の事態に遭遇することがグッと増えてきます。調整がうまく進まず、ずっと結論が出ないまま停滞していることなどもあるでしょう。そういうとき、スケジュールを考えたときに問題がなければ、私は、そこから気持ちを一旦離して別の仕事をするようにしました。すると、ほとんどの停滞していた仕事は、周りの状況が変わったり、自分自身によいアイデアが浮かんだりして、機が熟すタイミングが訪れ、よい方向で進めることができたのです。
もちろん、時間の制約があり、今すぐに方向性を決定しなければならないときもあるでしょう。その場合も一旦は、何らかの結論を出したうえで、改めて時間をかけて検討し、機が熟したらタイミングを見て再度調整を行う、といった二段階戦法で進めることもできるようになりました。
調整法① 時間のつくり方
では具体的に「ジワジワ調整法」を見てゆきましょう。
最初は時間の取り方ですが、これには次の2つの考え方があります。
- 期限まで調整を保留にする
- 調整する時間をつくる
ひとつめの期限まで調整を保留にする場合は、この期限の設定が重要になってきます。期限は「100%win・win調整法」のところでお伝えした前提条件となるスケジュールを考慮するとよいと考えます。その前提条件となる期限に間に合うように合意をとる、決めることになりますので、合意、決定の時間も考慮して、どんなに遅くともその1週間前くらいがデッドラインになるかと思います。
2つめの時間をつくるということは、どういうことかというと、ひとまず一時的な代替案を考えて実行しているうちに本案を検討する、というものです。
この代替案の出し方は次のことを考慮しておくと、後々スムーズに進められると思います。
- ▼「代替案」の考え方
- ・広い視点で様々な切り口で考えてみる・上位役職者に情報収集、相談をする・本案の一部を前倒しで実行する可能性を探る・本案への切り替えがスムーズになるように考えておく・状況が変わって、代替案が本案になったとしても問題が起こらないようにしておく
そして、この代替案をひとまず実行する場合は、関係者に代替案であることを報告し、事前に合意をとっておくと、後々に検討再開するときによりスムーズです。
調整法② 関わり方
こうして、時間を取っている間に、状況や関係者の変化を期待して、機が熟すのを待つことになるのですが、よりそれを確実にするためには、自らも変化を促す関わりを少しずつ、それこそジワジワとしておくと非常に効果的です。
この変化を促すための関わりは次の2ステップで行動していきます。
- ステップ1 関係者の「何が変われば合意できるか」を探す
はじめに、関係者の考えのうち、変化すれば合意できる点を見つけ出します。これは、「100%win・win調整5ステップ」で検討した「譲れないポイント」や「前提条件」であることが多いと思いますので、特に着目して探していくとよいと思います。
- ステップ2 変化を起こすためのアプローチをする
変化すれば合意できる点が見つかったら、次にその部分に変化を起こすためのアプローチを行います。アプローチは次のことを意識するとうまく行きやすいでしょう。
▼関係者との間に信頼関係を構築する あなたが言うならわかったと納得してくれるぐらいまで、関係者との信頼関係を築いておきます。
▼変化して欲しい点について、本人に「事例」として伝える 本人がこだわっていることがこだわらなくても問題ないというメッセージを自分または他者の事例として伝えます。事例としてストーリーで伝えることで、相手は受け取りやすくなり、説得力が増してきます。
▼関係者に影響力のある人から話をしてもらう 考えを変えて欲しい関係者に影響力がある人、関係者が尊敬している人に事情を説明して、説得してもらいます。
▼本人の考えを支配している要因を取り除く 考えを変えられない要因、こだわりポイントについて、そこを取り除くための取り組みを行います。
▼調整に苦労している姿を見せる これは少しウルトラCの裏技(?)です。自分が調整に苦労している姿をあえて見せることによって、「苦労させて悪いことをしてるな……」と気持ちの変化を促すものです。ただし、これは相手との信頼関係ができていることが大前提です。
調整法③ 終わらせ方
時間を取って、関係者の変化を促すための関わりをした後は、いよいよ調整再開です。調整再開タイミングの見極めポイントは次の通りです。
▼調整再開タイミングの見極めポイント
- 関係者の考えが80%程度変化したとき
- 上司の異動等で方針が変わり、前提条件が変わったとき
- 関係者間で信頼関係が醸成できたとき
[ジワジワ調整法]のキーポイントは、
- 情報収集力、状況を察する力
- 細部にわたる丁寧な対応
の2つだと考えています。この方法は、比較的、女性が無理なく取り組めるのではないかと思います。なかには得意分野という方もいらっしゃるかもしれませんね。
「影響力地図」を頭に入れる
このような関係者との調整を行うときに、どのように誰に働きかけるかを考えるにあたり、各関係者の影響力を情報収集したり、その人にとって影響力がある人をできるだけ把握しておきましょう。影響力という観点からの地図を描いておくのです。
私は経験上、男性が多い組織の中での自分自身の立ち回り方を意識して工夫しなければ、うまくいくものもうまくいかないと痛感しています。男性は仕事に対して強いプライドを持っていることが多く、どんなに正しいことでも指摘される相手によっては、面白くない感情を抱いてしまうことも多いです。特に部下や同僚の女性からは言われたくないと思う男性もまだまだ多いように思います。
このため、特に女性のみなさんには、関係者の影響力を考慮しながら、影響力の大きい人との信頼関係を構築して、場合によっては、その影響力の大きい人から関係者を説得してもらうように関わっていく、といったコツがまだまだ必要なのではないかと考えます。
「ジワジワ調整法」は、そのプロセスで、関わる人たちの納得を時間をかけて積み上げていくプロセスです。強い統率力で引っぱっていくやり方に比べると、かなり地道で、いわば「手間のかかる」方法と言えるでしょう。
でも、このプロセスは単なる合意に至るためのものでなく、チームへの関係者のコミットメント(参加度)を得ていくプロセスです。確実に一人ひとりの納得を得ていくと、一人ひとりがその仕事を自分事として、つまり責任を持って受け止めてくれるようになります。
こうなると、その後の仕事の質が全く違ってきます。調整型のリーダーの成果は「結果として」実るもので、それは、あなただけが達成した、ということでなく「みんなで達成した」という気持ちをもたらすでしょう。目立つ主役にはなりにくいかもしれませんが、まさにジワジワと、成果が生まれてくるはずです。
振り返ってみると、自分の答えが「いちばん」だと思っていた私は、他の人の意見は「2番」や「3番」だと思っており、もっと言えば「まちがっている」と思っていたと言えます。そして、参加者の意見を聞きながら、自分の意見が「いちばん」正しいということを「説得」しようとしていました。 どうして人の意見を否定することに抵抗がなかったのでしょうか。
それは自分の答えが全員にとっても「正しいに違いない」と思っていたからです。言い換えれば、答えはひとつだし、その答えをリーダーは知っていなければならないと思っていたわけです。しかし意見を言ってもどうせ否定されるだろう、と思うと、部下は、その後自分の意見を積極的に言うことはなくなるでしょう。
これまでの、社会の仕組みが大きくは変わらない安定的な社会の中では「答えはひとつ」という発想でも問題はなかったかもしれません。年長者の管理職のほうが経験も豊富で、部下たちをリードするというスタイルが実際機能していたと思います。
しかし今は、年長だから経験があるとは一概に言えず、技術革新のスピードに合わせて、世代間の経験の質・内容は大きく異なってきています。そのような時代に、自分の経験や知識だけでチームをリードしようとすることは、誤った判断を導く危険があるでしょう。
スティーブ・ジョブズなどの天才型の圧倒的なカリスマ性を備えたリーダーなら、自分以外誰も気づいていない視点と答えを持っているということはあると思うのです。カリスマが指示型で引っぱっていくリーダーシップなら、ベクトルが一方向の「説得」を目指すのもありだと思います。そのような場では、中途半端な「調整」はむしろ不要な場合もあります。ただ、自分がジョブズならいいのですが、私はとてもそうは思えません。
自分がジョブズではないと思う管理職のみなさんは、自分の視点を過信せず、
- 答えはひとつではない
- 視点は多様である
を出発点として、部下の様々な声に耳を傾けてみましょう。
人は「聞いてくれる」「わかろうとしてくれる」可能性のある人には話してくれますし、思いも寄らぬ情報を伝えてくれることもあります。
これまでの「当たり前」を覆し、新しい切り口で、新しい結合を生み出すイノベーションは、チームの多様な視点を活かし、「自分らしさ」を結集する「調整型」のマネジメントから生まれるのではないでしょうか。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます