(本記事は、渡部 卓の著書『40代から伸びる人 40代で止まる人』きずな出版の中から一部を抜粋・編集しています)
マネージャーにとってもっとも大切な力
30代になると、管理職になって部下ができる人も増えるでしょう。そうなると、自分だけががんばっても評価されません。いかに部下をマネジメントし、チームとして成果を上げるかが重視されます。
とくに最近では、ちょっと叱っただけで逆ギレしたり、黙りこくったり、すぐに辞めてしまったり、パワハラとして訴えられることもあります。
こんなことから、最近の若い人はメンタルが弱い、とひとくくりにして言う人も多いのです。実際、私のもとにも、「ハラスメントの予防」や「部下の叱り方」などのテーマで講演の依頼が届いたりします。
ただ、私自身も外資系企業の本部長などを経験して、人をマネジメントしてきましたが、いまの若い人たちが昔に比べてメンタルが弱くなったというわけではない、と感じています。どんな時代であっても、基本的に人のやる気を引き出す手法は変わりません。
マネージャーとして行動するとき、キーワードとなるのは「聴く力」です。
私は当時モービル石油(現JXTGエネルギー株式会社:ENEOSを展開する石油製品の精製及び販売等を行う)、日本ペプシコ、シスコシステムズなどの外資系企業で働いてきました。
そうした外資系企業には、厳しい上司がいて、ヘマをすると叱責が飛んでくるようなイメージを持たれている人が多いかもしれませんが、実際はそんなことはありません。
少なくとも、私の過去の外資系の職場では経営者が部下たちを怒鳴りつけ、イヤミや不満をぶつける言動を繰り返すのを見たことはありませんでした。
私はラッキーなケースですが、私の上司たちは部下の話をよく聞いてくれました。そこに主観や批判を挟んだりしません。相手の話を理解して、共感し、部下自らに問題を発見させたり、やる気を起こさせたりするのです(いま思い返すと、若造の私にもしびれを切らさず、実際にはずいぶんと我慢、苦労もしてくれていたのだろうと思います)。
また、日本を代表する企業の1つで、ユニクロを展開しているファーストリテイリングの創業者、柳井正氏も、私は傾聴力の高い人だと感じています。
私はアメリカのアパレルブランド「ヘインズ」を扱う日本法人でマーケティング部長を務めていたこともあり、そのときに柳井氏や彼の部下数人と数度ではありましたが、ミーティングをする貴重な機会がありました。
柳井氏というと、ワンマンでドライな印象を持っている人もいるかもしれませんが、ミーティングでは非常に力の抜けた、穏やかな人物でした。発言のほとんどは若手の部下の方たちによって進められ、柳井氏が途中で口を挟むということは、少なくとも私の参加した会議ではなかった印象です。
星野リゾートの星野佳路社長ともコーネル大学留学中に下宿を紹介していただくなど長くお付き合いさせていただき、新聞の連載などでストレスマネジメントをテーマに対談したこともあります。星野氏もまた、辛抱強く私の話にじっくり耳を傾け、よく頷きながら聴いてくださいました。超多忙ななかでもほぼ間違いなく部下の話にも傾聴するタイプの経営者であろうことが想像されます。
実際、星野リゾートには「言いたいことを、言いたい人に、言いたいときに、直接言う」というルールがあります。直属の上司を抜かして、その上のマネージャーや経営者に直接提案をしてもいいのです。
例を挙げればきりがありませんが、優れたマネージャーというのは、優れたコーチ、プレゼンテーターというより、実質はカウンセラーだというのが私の経験と観察からの結論です。
「聴く」というのは、カウンセリング・スキルです。カウンセリングと聞くと、臨床心理士や産業カウンセラーなど、専門の資格を取得したプロに委ねるのが当たり前だと考えている人も少なくありません。もちろん、心が傷ついた人を本格的に癒やすのであれば、そうしたスキルをもつプロフェッショナルに一任するのが最適でしょう。
ただ、マネージャーにとって必要なカウンセリング・スキルはそこまで大仰なものではなく、真摯に相手の話を聞き入れ、共感できる力のことです。
聴く力を正しく身につけ、マネジメントできれば、部下が飛躍的に成長するだけではなく、チーム全体の成果が出て、あなた自身のマネジメント力がさらに向上していくのです。
「叱る」をしてはいけない理由
部下が何度も同じミスをしたり、失態を犯してもまったく反省のかけらも見せないようであれば当然、管理職の責務として叱ることが必要です。
しかし、叱るというのは、じつは皆さんが思っている以上に、かなりレベルが高いことです。それには以下のような理由があります。
・上司の側に「叱るプレッシャー」がある
ほとんどの人にとって、「叱る」という行為はやりたくないことです。つまり、叱る状況というのは、上司にとっては「叱らなくてはいけない状況」です。しかも、叱るのは手早く、効果的に済ませたいと考えるものですから、そこで上司もプレッシャーを感じてしまいます。
・「叱る」は「怒る」に変わりやすい
叱るためにはどうしても相手を責めるような言い回しを使いがちで、そのような言葉を使っていると、ついつい感情が高ぶって「叱る」が「怒る」という、感情的なものになってしまいます。
しかも、「叱る」と「怒る」をどちらで受け止めるのかは相手次第ですから、自分では「叱った」つもりでも、相手は「怒っている」ととらえることがあります。
こういうときに私がオススメしたいのは、叱ったりするよりも、ミスをした部下の話を聴くほうにあなたのその貴重なエネルギーを振り向けることです。
人は、他人に興味を持ってもらいたい、話を聞いてもらい、共感され、理解されたいという欲求を根底に持っています。
その欲求は、ミスをしたときにも消えることはありません。ミスをしたときにも、その当人のなかには「自分はがんばって取り組んだんだ」「仕事の任せ方が雑だったからだ」「だれもフォローしてくれなかったのが悪い」などと、鬱屈した感情が高まっているかもしれません。
こうした部下の心情を理解しないまま叱ることで、部下の働くモチベーションが下がり、パワハラなどの問題となるケースが現代ではよくあるのです。
話を聞くときは受動的な姿勢でいい
こうした部下の話を聞くときに参考になるのが、カール・ロジャーズという臨床心理学者の手法です。ロジャーズは来談者中心療法という精神療法を確立した人物で、アメリカ心理学会による「20世紀にもっとも影響の大きかった心理療法家」の1位に選ばれています。
ロジャーズの心理療法では、相手の話を肯定的な関心を示しながら傾聴し、共感し、理解を深めます。
相手は意見を挟まれたり、批判されたりすることなく話を聞いてもらえるので、自分自身が尊重されていると感じます。それは安心感につながり、そこで初めて、自ら原因を究明したり、解決の糸口を探したりして、自省を始めるプロセスに入っていけるのです。具体的には、
1.傾聴する
2.肯定的関心を持つ
3.共感的理解をする
4.非指示的アプローチをとる
という4つを実践することで、モチベーションの低下や欠勤、退職といった事態を目に見える形で激減させることができます。これは大げさにいえばマジックとも言えるほどです。
本人も自ら自身の問題点を見つけて改善しますし、自分も叱るというストレスフルな行動をしなくてよくなるのです。まさに一石二鳥、一挙両得なのです。
この手法の良い点は、「受動的でいい」ということです。
私の知人の経営者に、うまく部下たちを叱ることができず、「叱り方、ほめ方」のテクニックをセミナーで学んだ人がいます。しかし、「研修の場では、なるほどと理解して習得できたつもりでも、いざ部下が失敗すると、頭に血が上りほとんど使えずに狼狽し、自信を失った」ということを正直に言っていました。
テクニックの習得も無駄ではありませんが、このようなリスクがあります。人間、だれでも慣れないことを実践しようとすると、うまくいかないのです。
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