岸田康雄
岸田 康雄(きしだ・やすお)
国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定アナリスト)、一級ファイナンシャル・プランニング技能士、公認会計士、税理士、中小企業診断士。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、金融機関に在籍し、中小企業オーナーの相続対策から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継と財産承継の実務に従事した。平成29年経済産業省中小企業庁「事業承継ガイドライン改訂小委員会」委員、日本公認会計士協会中小企業施策調査会「事業承継専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。

ベンチャー企業の経営者は、株式の上場によって一攫千金を狙う。しかし、上場するには厳しい要件をクリアしなければならない。ここでは、東京証券取引所で求められる要件や実質審査基準、上場するメリット・デメリットを解説する。

株式の上場とは?

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(画像=Silentgunman/Shutterstock.com)

株式の上場とは、証券市場で株式を売買できるようにすることで、一般投資家から資金を調達できるようにすることをいう。

設立直後の会社の株式は、同族関係者や取引先など、特定の株主が保有しているはずだ。非上場の会社では、株式を自由に譲渡することが制限される。そのような会社の株主になる人は、親族や取引先など身近な人に限られるだろう。これでは、幅広く資金を調達することができない。

そこで、不特定多数の一般投資家に株式を購入できる機会を与え、幅広く株主を募ることになる。証券市場において、自社の株式を自由に売買できるようにすることを「上場」という。

上場する場所となる株式市場の仕組み

株式会社は、幅広く投資家から資本を集めることで、大規模な事業を営むことを目的とする法人である。そのためには、投資家が投下資本をいつでも回収できる仕組みが必要になる。そこで、投資家がいつでも株式を売買できる市場が設けられた。これが証券取引所である。

株式は、主として証券取引所で取引される。株式会社は、小口に細分化された株式によって、多くの株主を募ることができる。証券取引所を通じて一般投資家からも出資を受けることで、多額の資金を調達し、大規模な事業を営むことができるようになる。

ただし、株主全員が会社経営に関心があるわけではない。株価が上がって利益を得たり、配当金を受け取ったりできればいいと考える投資家も少なくない。

このような投資家には、投資した資金をいつでも回収できる仕組みが必要だ。投資額を短期で回収することが簡単にできなければ、資金が長期間固定化されてしまうため、投資家はその投資をためらってしまう。そのような投資家がいつでも株式を換金できる市場として、証券取引所が設けられているのだ。

日本国内には、証券取引所が4つある。最も取引が多いのは、日本取引所グループの東京証券取引所だ。ほかに、名古屋証券取引所、札幌証券取引所、福岡証券取引所がある。

証券市場には、上場する会社の規模に応じて本則市場と新興市場が設けられている。東京証券取引所と名古屋証券取引所には、それぞれ1部市場と2部市場という2つの本則市場がある。札幌証券取引所と福岡証券取引所の本則市場は、それぞれ1つだ。

新興市場は、文字通り新興企業のための市場である。ベンチャー企業のために設けられたものと考えていいだろう。

東京証券取引所には、マザーズ、JASDAQ スタンダード、JASDAQ グロースという3つの新興市場がある。名古屋証券取引所にはセントレックス、札幌証券取引所にはアンビシャス、福岡証券取引所にはQ-Boardが、新興市場として設けられている。東京証券取引所には、ハイリスク・ハイリターンの投資を求めるプロ投質家のためのTOKYO PRO Marketもある。

これらの新興市場は、本則市場よりも上場基準が緩和され、上場審査も短期間で行われる。よって、この市場に上場する会社は安定的に成長するとは限らない。経営基盤が整っていない会社もあるため、投下資本が回収できなくなるリスクが伴う。新興市場は、本則市場よりもリスクの大きな市場と言えるだろう。

上場する3つのメリット 知名度、資金調達、信用力

株式会社が、株式を上場させて多くの投資家から資金を調達できるようになれば、積極的な投資や事業の成長が促進される。

一方で一般投資家に株式を取得させることで、その会社の経営に無関係な株主が生まれることになる。よって、投資者保護の観点から上場会社としての適格性が求められることになる。

株式会社は、株式を上場することで、プライベート・カンパニーからパブリック・カンパニーに変わる。すなわち、一般投資家に対して適時の企業情報開示を行うとともに、高いレベルの法令遵守と内部統制が要求される。これまで以上に重い社会的責任を負うことになるのだ。

1. 知名度の向上

上場企業になると、株価やそれに影響を与えるニュースが新聞やテレビで報道されるようになる。新聞の株式市況欄にも、毎日始値・高値・安値・終値が載り、業績に関するニュースが報じられるようになる。

これによって、上場前よりも多くの投資家に知られるようになる。つまり、知名度が大きく向上するのだ。

すると、その上場企業が提供する商品やサービスを求める人が増えて、売上や利益が向上する。また、上場企業は長期的に安定した会社と見なされるため、長く働くことができる就職先として、優秀な人材が集まるようになる。業績拡大や人材雇用の面で、有利になるのだ。

2. 新株発行による機動的な資金調達

株式を上場することで、一般投資家に対する新株発行や、公募による時価発行増資という手段を使うことができるようになる。上場すると、一般投資家を潜在的な株主として、機動的な資金調達ができるようになるのだ。

時価発行であれば、株価が高い場合は発行価額を上げることができるので、低い資金コストで資金調達ができる。資金調達コストの低下は企業価値の向上につながるため、企業財務の観点でも上場には大きなメリットがあると言える。

また、株式を証券取引所に上場することで、公募による新株発行だけではなく、新株予約権付社債や転換社債の発行もできるようになる。資金調達方法のバリエーションが増えることもメリットと言えるだろう。

3. 信用力の向上

上場には、厳しい審査基準がある。これをクリアすれば、会社の信用度が上がることは間違いない。結果として、銀行の格付けが上がったり、融資を受けやすくなったりする。上場によって、知名度だけでなく信用力も向上するのだ。

銀行だけでなく、取引先に対する信用力も上がる。新規顧客の獲得においても、信頼を得やすくなる。営業マンが活動しやすくなることで、売上拡大も期待できる。

上場する際の3つのデメリット 上場費用、株主対応、買収リスク

1. 上場維持費用の負担

上場するためには、上場審査手数料、引受手数料、監査報酬、印刷費用などが必要になる。上場した後も、証券取引所に支払う年間上場料や公認会計士の監査報酬、カストディの株主名簿管理料などの費用がかかる。さらに内部統制組織の整備・運用の費用や、株主総会の運営費用も発生する。中堅企業でも、上場維持費用は年間5,000万円から1億円程度と言われており、規模が大きくなるにつれて費用負担も増える。

2. 株主利益と株価への対応

上場企業となれば、多くの一般投資家が株主となるため、多種多様な要求が出てくることになる。上場前は創業者が自由に経営していた事業も、上場後は株主の意向によって制約を受けたり、経営方針の変更を強いられたりすることがある。

また経営の巧拙は株価に反映され、それが常に公表されることになる。株主から信頼を得られた企業の株価は上がり、そうでない企業の株価は下がる。投資家の評価は、株価に表れるのだ。したがって、適切な情報開示やIRを行い、業績を維持・拡大し続けるが求められる。

3. 敵対的買収リスク

上場企業の株式は、証券市場において誰でも自由に売買できるため、敵対的な買収者が株式を取得するリスクがある。アクティビストやハゲタカ・ファンドのような買収者には、注意が必要だ。上場企業の経営は、敵対的買収のリスクによって不安定になると言える。

特に、景気悪化に伴って株価が下落していくタイミングで敵対的買収を仕掛けられることが多いので、経営者は常に株価を上げる努力をしなければならない。

上場するには審査を受ける必要がある 最初のハードルは形式要件

株式を証券取引所に上場するには、厳しい要件を満たす必要があり、証券取引所による上場審査が行われる。

上場審査の基準は、「形式要件」と「実質審査基準」に大別される。形式要件には、上場申請をする場合に充足しなければならない要件と、上場申請前の一定期間内に行ってはならないことがある。

実質審査基準は、上場会社として相応しいレベルの企業経営が行われているかどうかを審査するための基準だ。安定した収益を確保し、将来の成長を実現するための企業経営が行われている会社であるかどうかが、定性的な側面から審査される。

形式要件だけでなく実質審査基準も満たすことができるように、上場の準備を進める必要がある。

上場審査基準の形式基準

上場審査基準の形式要件は、証券市場の上場までに、一定の数値または一定の事実の有無について満たさなければならない条件だ。証券取引所の市場ごとに、その要件は異なる。形式要件は、以下の4項目に分類される。

・株式の円滑な流通と公正な株価形成を確保するための要件
これには、①上場時株主数、②流通株式数、③時価総額がある。

・企業の継続性、財政状態、収益力等の面からの上場適格性を保持するための要件
これには、①事業継続年数、②純資産の額、③利益の額がある。

・適正な企業内容の開示を確保するための要件
これには、①虚偽記載又は不適正意見等のないこと、②上場会社監査事務所による監査の要件を充足することがある。

・株券の流通に係る事故防止、円滑な流通を担保するための要件
これには、①株式事務代行機関の設置、②単元株式数及び株券の種類の決定、③株式の譲渡制限がないこと、④指定保管振替機関の取扱同意、⑤合併等の実施の見込みの決定がある。

東京証券取引所第一部の場合、株主数2,200人以上、流通株式2万単位以上、上場時価総額250億円以上、純資産(連結)10億円以上、直近2年間の利益総額5億円以上(5億円以下の場合は時価総額500億円以上)という要件が求められる。

東京証券取引所第二部では、株主数800人以上、流通株式4,000単位以上、上場時価総額20億円以上、純資産(連結)10億円以上、直近2年間の利益総額5億円以上(5億円以下の場合は時価総額500億円以上)という要件が求められる。

東京証券取引所マザーズでは、株主数200人以上、流通株式2,000単位以上、上場時価総額10億円以上という要件が求められる。

上場するには実質基準もクリアしなければならない

証券取引所は投資者保護の観点から、上場会社として相応しい、適格性を持った会社の株式を上場させるとしている。厳選した株式だけを上場させるのだ。

上場の実質審査基準とは?

実質審査基準とは、上場申請する株式会社が上場会社として相応しい、実質的な内容を備えた会社であるかどうかを審査するための基準だ。具体的には、会社の適格性を確認するための上場申請書類に基づいて、証券取引所による質問および実地調査が行われる。

実質審査基準は形式要件と異なり、金額や数値などで客観的に測ることができない。そのため、合格基準を明確に定義することは難しい。実質審査のポイントや審査項目は開示されているため、上場申請する会社は、それをもとに準備しておくしかない。

東京証券取引所1部・2部の実質審査基準

第一に企業の継続性および収益性、すなわち継続的に事業を営み、安定的な収益基盤を有していることが求められる。事業計画がビジネスモデルや経営環境、リスク要因を踏まえて適切に策定されていることや、今後安定的に利益を上げることができる見込みがあること、経営活動を継続的に遂行できる状況にあることなどが問われる。

第二に企業経営の健全性、すなわち事業を公正かつ忠実に遂行していることが求められる。取引を通じて不当に利益を供与または享受していないこと、役員の親族関係や構成、勤務実態、他の会社の役職員との兼職の状況が、公正かつ忠実であり、十分な業務執行または有効な監査の実施を損なう状況でないことなどが問われる。

第三に企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性、すなわちコーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制が適切に整備され、機能していることが求められる。役員の適正な職務執行を確保するための体制が適切に整備・運用されていること、内部管理体制が適切に整備・運用されていること、その内部管理体制の維持のために必要な人員が確保されていること、適正な会計処理基準を採用し、必要な経理体制が整備・運用されていること、法令遵守体制が整備・運用されていることなどが問われる。

第四に企業内容などの開示の適正性、すなわちそれを適正に行うことができる状況にあることが求められる。経営に重大な影響を与える事実などの情報を適時に開示することができること、企業内容開示書類が法令に則って作成され、投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす事項が適切に記載されていること、関連当事者との取引または株式の所有割合の調整によって、企業グループの実態開示を歪めていないことなどが問われる。

これらに加えて、公益または投資者保護の観点から、反社会的勢力への関与がないことなど、証券取引所が必要と認める条件も充足しなければならない。

文・岸田康雄(公認会計士・税理士)

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