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(画像=IM_photo/Shutterstock.com)
内山 瑛
内山 瑛(うちやま・あきら)
税理士・公認会計士。名古屋大学法学部在学中に、公認会計士試験に合格。新日本有限責任監査法人に入所し、会計監査・コンサルティング業務を中心に研鑽を積む。2014年に同法人を退所し、独立。「お客様の成長のよきパートナーとなる」ことをモットーに、記帳代行・税務申告にとどまらず、お客様に総合的なサービスを提供している。近年は、銀行評価を向上させる財務コンサルティングや内部統制構築支援、内部監査の導入支援にも力を入れている。

事業を拡大すると、利益や認知度、柔軟な市場対応力などを得られる。会社を経営する上で、最も重要なのは利益の維持・向上であり、いかなる理由で会社を設立したとしても、最終的には利益の確保を目指すはずだ。

利益をより効率的に獲得していくためには事業の拡大が必須だが、単に拡大すればいいというものでもない。事業は一朝一夕には拡大できないし、できたとしてもそれが利益につながるとは限らない。ここでは、事業を拡大する方法とそのリスクについて見ていこう。

事業拡大の2つの方法と4つの方向性

事業を拡大する方法は、現在行っている事業を大きくしていく「既存事業の拡大」と、新しい市場を開拓し新規事業を展開していく「新規事業への進出」に分けられる。既存事業の拡大では、すでにある事業のノウハウや強みを生かし、さらに利益を増やす体制を構築する。新規事業への進出は、これまで実施していなかった事業を新規で始める方法だ。

 1.既存事業の拡大について

既存事業の拡大を行う場合、まずは自社の市場や参入余地のある市場について分析する必要がある。どのようなものが必要とされ、どのようなものが必要とされなくなっているのか、商流や商慣習に変化はあるのか、シェアの変動や技術革新のスピードはどうかなどを正しく把握しなければならない。市場の分析が完了したら、これまでのノウハウを活用し、既存事業を別の市場に拡大することを目指すことになる。既存事業の拡大は、すでにあるノウハウや事業を活用するため、「新規事業への進出」よりも低リスクで行うことができる。

 2.新規事業への進出について

新規事業に進出する場合は、より綿密な市場調査が必要だ。この市場調査に、年単位の時間を要することもある。市場を理解したら、会社に開発部門を設置するなどして、新製品やサービスを開発していくことになる。新規事業に進出する場合も、基本的には既存のノウハウを生かし、シナジー効果を狙うことになるが、それまで自社では提供したことのない商品やサービスをゼロから生み出すことになるため、リスクはかなり高くなる。しかし、成功して安定した利益を獲得できれば、新たな収益の柱となる。

事業拡大の4つの方向性

事業拡大を以下の4つの方向性(アメリカの経営学者イゴール・アンゾフによる分類)で分類することもできる。

・市場浸透
・新製品開発
・新市場開拓
・多角化戦略

「市場浸透」とは、既存市場を深堀りし、シェア拡大や認知度向上、売上拡大を図る方法だ。まずこれを行い、既存製品の成長の限界や市場の成熟が見えてきたら、同じ市場に新製品を投入するための「新製品開発」を行う。これにより、既存市場におけるシェア拡大や利用者の増加が見込め、さらに既存市場を深堀りできるようになる。

既存製品を新たな市場に売り込んでいくことを「新市場開拓」という。たとえば、赤ちゃん用のオムツを製造していたメーカーが、高齢者の介護用オムツ市場に進出していくことがこれに該当する。これはターゲットの年齢層を変えた例だが、販売地域を拡大することや、海外に進出することも新市場開拓と言える。

新製品をもとに新市場を開拓する「多角化戦略」には、既存事業との関連性が高いケースと低いケースがある。自動車会社がバイク製造を始めるようなケースは、関連性の高い多角化と言えるだろう。飲食店を展開する会社が介護事業に参入するようなケースは、関連性の低い多角化と言える。

事業拡大は自社でやるか?M&Aをするか?

事業の拡大には様々な方法があるが、大別すると自社内で実施するか、外部から調達してくるかの2つに分けられる。前者は自社でゼロから新規事業を立ち上げていくもので、後者はM&Aによって進出しようとする分野の会社や事業を買収したり併合したりすることで事業を拡大するものだ。

新規事業を自社で立ち上げる場合は、様々な作業が必要になる。市場調査はもちろんのこと、商品やサービスをゼロから開発し、営業の仕組みや商流もゼロから構築しなければならない。それには、莫大な資金や時間、人員が必要だ。市場環境がめまぐるしく変わる昨今では、時間と労力をかけて新規事業を立ち上げても、軌道に乗り始めた頃には市場が斜陽になっている可能性もあるため、非常にリスクが高いと言える。

一方で、M&Aによって外部から経営資源を調達する方法は、市場に関する知識やノウハウ、技術が備わっている会社または事業が即座に手に入るため、新規事業参入にかかる時間や労力を大幅に短縮できる。

事業拡大のメリット・デメリット・リスク

事業を拡大すると、様々なメリットが得られる。代表的なメリットは、①利益の増加、②知名度の向上、③リスク分散、である。事業を拡大すると、売上や利益の伸びしろが増え、市場シェア率が上がることが期待できる。大手企業であれば、新規事業を始めたことをメディアで紹介されたりすることもあるだろう。中小企業でも、SNSなどで拡散されるかもしれない。認知度が高まれば、新規顧客獲得や人材獲得で有利になる。

しかしながら、事業を拡大することはメリットばかりではない。いくつかのデメリットやリスクも存在する。代表的なものは、①固定費の増大、②資金繰り、③組織のマネンジメント、である。事業を拡大すると、既存事業と新規事業を維持するための人件費や家賃などの固定費が増える。固定費が増えても売上が増えていれば問題ないが、売上が減少すると赤字に転落する可能性もある。

また、事業の拡大は多額の先行投資を伴うことが多い。自己資金で払えば現預金が減り、借入を起こせば負債が増え、返済と利払いによって資金繰りが悪化する。先行投資を計画通りに回収できなければ、資金繰りが急に悪化し、黒字倒産の憂き目にあう可能性も否定できない。

さらに、事業の拡大は従業員が増え、組織が大きくなることを意味する。これによって従業員同士のトラブルや、従業員の質の低下、組織の階層化による意思決定の遅延などが発生しやすくなる。事業を拡大する際は、同時にマネジメント体制を整備しておく必要がある。

事業拡大の成功・失敗事例!

事業の拡大は、成功することもあれば、当然失敗することもある。ここでは、事業拡大の成功事例・失敗事例を見ていこう。

成功例1:ソフトバンクグループ

ソフトバンクグループは、M&Aを盛んに行うことで事業を拡大している会社として知られている。株式会社ソフトバンクは、1981年創業と歴史は浅いほうだが、日本を代表する大企業に成長した。2004年に日本テレコム株式会社に対してM&Aを実施し、法人営業の強化と国内通信事業の拡大に成功した。その後ボーダフォン株式会社やヤフー株式会社などとM&Aを実施し、企業価値を大幅に上げた。ソフトバンクグループは、現在も海外の会社などとのM&Aを積極的に行い、さらなる事業規模の拡大を目指している。

成功例2:日本たばこ産業(JT)

日本たばこ産業(JT)も、事業の拡大に成功した会社として知られている。日本たばこ産業は、1898に設置された大蔵省専売局を起源とする企業で、第二次世界大戦後の1949年に日本専売公社となり、1985年にそのたばこ事業部門が株式会社として民営化され、改組された会社だ。現在でも国(財務大臣)が3分の1以上の株式を保有している。

日本におけるたばこ製造の独占が法的に認められている企業だが、民営化後は積極的に事業を拡大してきた。それは、日本においてたばこのイメージが悪化したことで喫煙者が減り、売上の低迷に見舞われたことに対する打開策として行われた。

日本たばこ産業は、1999年にRJRナビスコの海外たばこ事業を傘下に収めたのを皮切りに、海外のたばこ会社を次々と買収していった。既存の企業を買収することで、進出コストを低く抑えることができる。その結果売上高は2兆円を超え、世界第4位のたばこグループに成長した。現在の日本たばこ産業の売上のうち、約半分は海外における売上である。

失敗例:ダイムラー・クライスラー

失敗例の代表は、ダイムラー・ベンツによるクライスラーの買収だろう。事業拡大におけるマネジメントの難しさが表面化した事例とも言える。ドイツ企業であるダイムラー・ベンツはルールや秩序を重んじたが、アメリカ企業であるクライスラーは自由で開放的であり、それぞれの文化の融合に失敗したのだ。

統合直後に内紛で役員が一斉退任したり、優秀な社員が次々と流出したりしたことも重なり、企業グループ全体として弱体化してしまった。最終的にダイムラー・ベンツは、買収したクライスラーを2007年に売却した。これは、ダイムラー・ベンツがクライスラーに対して強権的な支配体制を敷こうとしたことが原因と言われている。買収後のマネジメント方法に問題があったというわけだ。

事業拡大の前に計画の策定を

事業を拡大するにあたっては、闇雲に営業活動を行ったり、無秩序にM&Aを行ったりするだけではうまくいかない。事業の拡大には、効果的な計画の策定が不可欠である。その計画は、誰がどのように立てるのかが重要だ。

よくあるのが、社長が作った事業計画を社員がノルマのようにこなしているケースだ。社員はその「ノルマ」の根拠や背景を理解していないため、目標に対する動機付けが欠如し、組織が疲弊しかねない。目標や戦略は社員と共有し、全員が同じ方向を向いて行動することが、その成長力を一段と高めることにつながる。

経営計画には様々な要素があるが、大別すると「経営ビジョンの策定」「経営外部環境の分析」「経営内部環境の分析」「全社戦略と個別戦略」「数値計画」「リスク分析」がある。これらはすべて、経営計画書に落とし込まなければならない項目だ。

経営ビジョンは、現在様々な会社が様々なかたちで掲げている。経営ビジョンを公表している有名企業も多いため、比較的イメージしやすいはずだ。経営ビジョンを策定する上では、壮大なビジョンを高らかに掲げることが重要なのではなく、社長が持つビジョンを社員と共有し、企業の一体感を醸成することが大切だ。したがって、イメージしやすく共感を得やすいものが望ましい。

ビジョンを実現するためには、強固な戦略を立てる必要がある。そのためには会社の外部・内部の状況や情報を収集し、利用できるかたちに整理していくことが重要で、これを経営環境分析という。経営環境分析には、SWOT分析やクロスSWOT分析などがある。

これらはすでに使い古された方法というイメージがあるかもしれないが、シンプルで誰でも理解しやすく、情報を整理しながら分析を行えるので、中小企業でも活用しやすいだろう。環境分析で得られた情報をもとに、どのような経営活動に取り組んでいくべきか、経営資源をどう配分し、どの分野に注力していくべきか、などの全社的な戦略を決定する。全社として取り組むべき方向性が決定した後、個別戦略として実行に移すための戦略区分を割り振り、実行責任者を任命する。

最後に、数値計画の策定とリスク分析を行う。数値計画では、これまで策定した戦略をもとに損益を分析し、戦略と計画数値の間にギャップが生じないように再考を重ねながら積み上げ計算を行っていく。

この過程で、目標となる売上額は具体的にどのレベルに設定すべきか、戦略はコストに見合っているか、などを検証し、修正しながら収支計画を確定させていく。

リスク分析は、事業を拡大する上で発生する可能性のあるリスクをピックアップし、顕在化した際の対応策についてまとめておくものだ。すべてのリスクに画一的に対応しようとすると非効率になり、本当に必要なリスク対応がおろそかになるため、重みをつける必要がある。そのため、リスクを「発生可能性」と「発生時の影響の大きさ」で分類し、それぞれについて適切な対応を策定しておく必要がある。

事業拡大は専門家と相談しながら進めよう

事業拡大の範囲は非常に広く、ここで説明したものはあくまで一部、一例にすぎない。事業の拡大は、成功すれば大きな利益と市場シェアを獲得できる可能性があるが、失敗すれば倒産の憂き目にあう可能性もある。ここまで見てきたように、事業の拡大にあたっては、調査や分析を怠らないよう、専門家に相談しながら進めることをおすすめする。

文・内山瑛(公認会計士)

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