(本記事は、ローレンス・レビー氏の著書『PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』文響社の中から一部を抜粋・編集しています)

Disney, PIXAR
(画像=Christian Bertrand/Shutterstock)

ディズニーとの契約は悲惨だった

ここまで調べてきたピクサー事業は、いずれも、過去の経験からそれなりに理解することができた。だが、『トイ・ストーリー』はどうにもならない。とにかくわからないことだらけである。ピクサーも、コンピューターアニメーション映画を公開した経験がない。いや、そういう経験をしたところなど世の中どこを探してもない。その市場を予想する術もない。90分のコンピューターアニメーションを人々が気に入るか否かも判断のしようがない。私が映画産業にうといこともあった。

とっかかりはあった。4年近くも前の1991年9月6日にディズニーと合意した制作契約である。これを見れば、『トイ・ストーリー』からなにが得られそうなのかはわかるし、その後、ほかの映画にどういう条件が適用されるのかもわかる。

契約書は12ページ半とごく短かった。これほどややこしくない事案でも契約書は70ページを数えたりするというのに。ただ、短いからわかりやすいとはかぎらない。実際、意味不明なハリウッドの業界用語が並んでいてわけがわからなかった。「AGRは、WDCの別紙GRPとNP、ならびにその添付書類に基づいて定義し、計算し、定めるものとする」などと書かれているのだ。ちんぷんかんぷんである。

この契約書を解読しようと頼ったのが、ハリウッドの有名法律事務所ジフレン・ブリッテンハム・ブランカ&フィッシャーのパートナーで、契約交渉にピクサー側弁護士としてかかわったサム・フィッシャーである。会ったのは、ビバリーヒルズにほど近いビジネス街の広く上品なオフィスだ。サムは隙のない着こなしと短いひげ、めがねが印象的な人物で、私を歓迎し、できるかぎりの支援を約束してくれた。また、聞き上手で、ハリウッドやエンターテイメント系の法律という不可思議な世界を熟知していた。

サムは、何時間もかけて、この契約書の条項や別紙、添付書類について説明してくれた。契約の対象は映画が3本で、3本目が公開された6カ月後に契約が終了する取り決めとなっている。特にどうということもないように思える定めだが、実際、どのくらいの期間になるのだろうか。

最初の映画『トイ・ストーリー』は、契約締結から4年とちょっとあとの1995年11月に公開することを目標としている。2作目は、蟻の巣を守る昆虫の物語になるらしいが、題名も決まっておらず、制作は始まっていないに等しい。だがともかく、ピクサーの状況からして、2作目も『トイ・ストーリー』と同じくらいの期間が必要なはずだ。言い換えれば、制作には約4年が必要で1999年の公開となる。3作目も同じく4年かかるので、その公開は2003年11月ごろになるだろう(2本を並行して制作できるほどの資源はピクサーにない)。ということは、契約が終了するのはその6カ月後、2004年5月となる。つまり、もう9年間、この契約に縛られるわけだ。スタートアップの世界では永遠にも感じられる長い時間である。そう思うと、胃の辺りが重くなった。

もうひとつ、気になる点があった。ある段落の最後にさらっと書かれているのだが、ディズニーに提示した映画のアイデアは、却下されたものも含め、契約が終了するまで他社に提示してはならないというのだ。

「これはおかしいでしょう。まったく興味がないと1995年に却下されたアイデアがあったとして、それから10年間、そのアイデアについて、ほかの映画スタジオに話もしてはならないことになってしまいます。でも、映画というのは、公開の何年も前に配給会社とアイデアをすり合わせる必要があります。つまり、すばらしい映画のアイデアがあってもディズニーに気に入ってもらえなければ世の中に出せなくなってしまうわけです」

「ええ、それこそが契約の取り決めです。ディズニーの映画に専念しろ、ほかのスタジオの仕事はするなということです。そういう条件だからディズニーはピクサーの映画に多額の資金を投入してくれるわけです」

であればしかたない。だが、この条項で禁じられているのは、ディズニーに提示し、却下されたアイデアを他社に持っていくことだ。だったらやりようがある。

「この条項があっても、ディズニーに提示せずアイデアを追求することは可能ですよね。そういうアイデアにはこの条項が適用されないので、ほかの配給会社と話をすることもできる、と」

「いいえ、それもできません」

そう言ってサムが示したのが「独占条項」である。そこには、契約期間中、ピクサーのアニメーション部門は、クリエイティブスタッフも含め、ディズニー専属とすると定められていた。

これには驚いた。

「ジョン・ラセター以下、チーム全体が、今後10年間、ディズニーの仕事しかできないということですか?ほかのスタジオと映画の話をすることはまったくできない、と?」

「そのとおりです。実績がない場合、こういう契約にするのが普通なのです」

「でも、ピクサーはバンドや俳優と違います。会社です。アニメーション部門にこれから千人採用しても、この契約では、その全員がディズニーの仕事しかしてはならないことになってしまいます。こんなふうに会社全体を縛る契約、ありなんですか?」

「おっしゃりたいことはわかりますよ。でも、ディズニーの立場で考えてみてください。映画を制作した経験のないピクサーと契約するわけです。しかも、実績のない種類のアニメーションですし、監督も無名で実績がありません。かなり危険な賭けだと言えます。ディズニーの資金で制作する映画に集中してもらわないと困るんですよ」

つまり、制作資金は全額ディズニー持ちという契約を結べただけで実績のないピクサーにとっては幸運だ、ディズニーにリスクを取ってもらう対価として独占条項は致し方ないということらしい。

どういう理由で決まったものであれ、これらの条件は悲惨である。1991年から2004年まで続くであろうこの契約により、ディズニー以外の映画、テレビ、ビデオの仕事がいっさいできなくなってしまった、打診することも考えることもできなくなってしまったのだから。制作に4年の歳月がかかることを考えると、新しい契約で4作目が生まれる可能性があるのは2008年、13年後になってしまう。これほど長い時間、手足を縛られるとは……あぜんとするしかなかった。

それでも、制作した映画で大きな儲けがもたらされるのであれば、こういう厳しい条件でも仕事をする価値があると言えないことはないだろう―私は、気を取り直してそう考えた。

報酬はこの契約書のなかでも特に理解しづらい条項だった。すべてがハリウッド流なのだ。まず、制作の費用は、定められた上限までであればすべてディズニーが負担すると定められている。その上で、映画の収益から一定の割合がピクサーに支払われる。支払いは7段階となっていた。

映画の収益がピクサーに流れ込んでくる道筋をサムがじっくり説明してくれた。その説明を聞くうち、なんとなく感じていた不安は恐怖のレベルへと悪化。たしかに収益の一部がピクサーに流れてくるのだが、ディズニー側の費用や手数料を差し引くなどいろいろとした結果、最終的にピクサーの懐に入るのは10%にも満たない額になってしまうのだ。

実際にどのくらい手にできるのかを見積もるため、この少し前の1991年にディズニーが公開したヒット作『美女と野獣』をピクサーが制作していたとしたらと考えてみた。『美女と野獣』は、同じく近年のヒット作『アラジン』と『ライオン・キング』につぐ史上3位の収益をあげた作品だ。興行収入は国内が1億4600万ドル、海外が2億ドルで、これは平均的なアニメーション映画の3倍から4倍に達する額である。

それほどのヒットでも、この契約でピクサーが手にできるのは1700万ドル前後となる。制作期間が4年ということは、年間400万ドル強。ディズニーの儲けはその10倍に達するはずだ。『美女と野獣』の財務成績を詳しく知る術はなく、これは推計にすぎない。だが、推計が5割ずれていたとしてもピクサーにとってはたいした違いにならない。

年間400万ドルも利益があがるなら悪くないと思うかもしれないが、この程度では会社を成長させることなどとてもできないし、しかも、この数字は『美女と野獣』並みの成功というありえない条件で計算したものなのだ。この契約でピクサーが得られる利益はないに等しいというのが現実的な見通しだろう。

絶望的だ。この契約が終わってほかの映画を制作できるようになるまでは、3本の映画で年に数百万ドルを稼ぐのが限界ということであり、それも、ディズニー史上トップクラスの興行成績を上げる映画が作れればという条件付きなのだ。そこまでの実績をあげてもごくわずかな利益しか得られない会社に投資をしようと考える人などいるはずがない。

「こういう計算であること、ピクサー側は理解しているんですかね」

「スティーブはわかっていますよ。そのあたり、しっかりと説明しましたから」

私には理解しがたい事態だった。サムが言うようにスティーブは理解しているのなら、この契約がピクサーという会社にとってどういう意味を持つのか、数字の分析をだれかにやらせるのが当たり前じゃないのだろうか。また、こういう条項が実写映画で一般的だったとしても、ピクサーが作っているのはアニメーション映画だ。実写映画なら1年から2年で制作できるが、アニメーション映画は4年から5年もかかる。年平均の利益がアニメーションは大きく下がるのだ。そのあたりを考慮した数字にすべきだったのではないだろうか。

契約書
(画像=PIXTA)

契約内容が明らかになるにつれ、私は、目の前が暗くなっていくような感覚に襲われていた。仕事でこれほど行き詰まることがあるとは。しかも、契約にはまだほかの条項もある。続編に関する取り決めで、重要な条項である。

契約書では、ピクサーが続編を制作できるのは、続編の元となる本編を合意した予算で完成させ、さらに、ディズニー流の続編制作に同意するなど、さまざまな条件がすべて満たされた場合のみとなっていた。この条件が満たされなかった場合、ディズニーが、ピクサーと無関係にピクサー映画の続編を作ることができる。ピクサーがじっくり育てたウッディやバズなどのキャラクターをディズニーが好きなように使い、映画を作れるというのだ。この点についても、サムにただした。

「ディズニーが続編制作を望むのは、本編がヒットした場合ですよね。そのとき、ここに定められた条件のひとつでもピクサーが満たせなければ、ディズニーは、ピクサーのキャラクターを好きに使えるということですか?」

「そのとおりです。でも、これもよくある条件ですよ。ディズニーは何千万ドルも投資するのですから、その投資から十分なリターンが得られるようにしておきたいわけです。続編の制作も含めて、ね。続編もピクサーに作ってほしいと思うはずですが、でも、万が一ピクサーが作れない場合にほかの選択肢が選べないのでは困るでしょう」

「つまり、『トイ・ストーリー』の監督で、ウッディやバズを自分の子どものようにかわいがっているジョン・ラセターのところに行き、『ご苦労さま。あとはディズニーがやるそうだ』と告げなければならない、と」

「そうはならないことを願っていますけどね。普通なら、続編もジョンとそのチームに作ってほしいとディズニーも思うはずです」

であればいいのだが、その場合にも問題がひとつある。続編は、契約に定められた3本にカウントされないのだ。つまり、続編を制作すると、契約の終了が何年ものびてしまう可能性がある。

「どちらに転んでも我々にとってはよくないですね。ピクサーと関係なくディズニーが続編を作るのも困りものですが、ピクサーが続編を作ってこの契約に縛られる期間がのびるのも困りものです」

腹の虫がどうにも収まらない。もちろん、サムが悪いわけではない。彼は、ハリウッドの常識を教えてくれただけなのだから。その常識に照らせばピクサーは上手に交渉をまとめた、実績のない会社にしてはよくやったということらしい。ディズニーのアニメーション映画で多少なりとも収益の分配があるなどとても珍しいことで、そうなったのは、ピクサーが開発してきた技術のおかげなのだそうだ。ただ、分け前が小さすぎる。会社の足元を固めるにはとても足りない。だが、サムによると、ディズニーに有利な分配だとわかった上で、スティーブはこの契約に同意したらしい。その結果、私が目標とするピクサー事業の独り立ちは絶望的になってしまったわけだ。

私は、契約書を何度も何度も読み、どこかに抜け道はないか、隙間はないか、定め忘れられている点はないかと探した。なかった。50年からの蓄積があるハリウッド流契約だ。すべて、これ以上ないくらいはっきりと定められている。ピクサーはディズニーの仕事しかできない。どういう映画を制作するのかはディズニーの承認で決まる。続編制作の可否もディズニーが決める。クリエイティブ面も決定権はディズニーにある。ディズニー以外の仕事をピクサーがすることはできない。うまい汁はすべてディズニーが吸う。

映画3本分の制作費用を出すかわりにここまで完璧に縛るとは驚きだ。これでは買収せずに子会社化したようなものである。実績がなければ、これがハリウッドでは普通だとは。エンターテイメント業界では、音楽などほかの分野も似たようなものらしい。

このあたりのいらいらを、ある晩、子どもたちが寝た後、ヒラリーにぶつけてみた。

「なんて言ったらいいのかなぁ……なにに足を突っこもうとしているのか、よくわかっていなかっみたいなんだ。大失敗した気がする」

「え? どういうこと?」

「ためつすがめつピクサーについて調べてみたんだ。八方ふさがりだよ。どの道もディズニーにふさがれてる。史上最高レベルのアニメーション映画が作れても、わずかな儲けしか手に入らないんだ」

「ディズニーアニメーション並みの成功が必要だってこと?」

「もっとだよ。ディズニーは興行収益の大半を手にできる。つまり、失敗作の穴をヒットで埋められるんだ。でもピクサーは取り分がごくわずかだから、そういうこともできない。全部がヒット作じゃなきゃだめなんだ。スティーブがなにを考えてこの契約にサインしたのかわからないよ」

「で、これからどうするの?」

答えは、わからない、だ。

「いまくらい状況がわかっていたら、転職なんてしなかったと思うよ。上場なんてありえない。手を出す投資家なんていない。累積赤字5000万ドル、利益なし、成長なし、ディズニーに首根っこを押さえられている、なんだから。最高財務責任者なんていても意味があるのかどうかさえ疑問だよ」

「スティーブがなにを考えているのかを知らないと始まらないんじゃないかしら」

正直、気が気ではなかったが、少し時間を置くことにした。簡単な話にはなりようがないわけで、気持ちを切り替えてじっくり取り組む必要があるからだ。ありえないとしか思えない契約を結んだのはなぜかと問い詰めれば、スティーブは言い訳に走るだろう。締結時には、それが一番だと思えたはずなのだから。

結局、1週間ほどあとの土曜の午後、私はスティーブを自宅に訪ね、いろいろと調べた結果についてテラスで報告した。

「スティーブ」

いよいよ結論だ。

「我々は、あと10年近くもこの契約に縛られてしまいます。ほかのスタジオと話もできない。利益もたいして得られない。続編にいたっては、制作してもいいことがない」

「続編を作りたいとピクサーが思うことはあるのかい?」

「ありえると思います。ディズニーはオリジナルビデオで続編を作り、成功していますから。そこに乗ったほうがいい可能性はあるでしょう」

「じゃあ、制作をスピードアップしてさっさと契約を完了してしまう、というのは?」

「エドに相談してみたんですが、制作のスピードアップは難しいという話でした。考えてはみるけど、たぶん無理だろう、と」

「そうか。でも、『トイ・ストーリー』ともう2作がいずれもヒットしてくれれば、多少は儲かるわけだし、その後は好きなことができるわけだ」

それはまちがいのない事実だが、私が聞きたかったのはそういう話じゃない。たしかに3作完成させれば自由になれるが、それは何年も先のことだ。私が聞きたかったのは、こんな一方的な契約を結んだのはなぜなのか、がんじがらめだとどうしてあらかじめ教えてくれなかったのか、こんな状態なのにどうしてのほほんとしていられるのか、だ。

でも尋ねなかった。過去をふり返る気がスティーブにないと感じられたからだ。言い訳をしない。正当化しない。ただ、私の報告にじっと耳を傾け、それを受け入れる。そんな感じだったのだ。

だからスティーブを問いただすのではなく、自分なりの結論を考えてみることにした。なにがどうなったのか、たぶんこうだったのだろうという経緯を推測したのだ。私が事態を理解するためにやったことで、結果をスティーブに確認してもらってはいない。

1991年ごろ、スティーブはピクサーをあきらめかけていたんじゃないかと思う。彼は、もともと、アニメーションの会社を作りたかったわけではない。ピクサーを買った1986年に彼が夢見ていたのは、ずばぬけたコンピューターグラフィックスで世界をあっと言わせるテクノロジー会社を作ることだった。物語の構築は、技術を示す方法として後から追加したものだ。だが、その夢の元となっていたピクサーイメージコンピューターは失敗に終わり、1991年の時点で当該部門は完全になくなっていた。

その時点で、スティーブはピクサーをあきらめるつもりになっていたんだろう。やっかい払いしたいというくらいかもしれない。負担は大きく、夢はついえたのだから。だが、簡単には手を引けない状況だった。アップル追放から5年、なにも成功していない。成功したと言える形までピクサーを持っていくのが無理でも、また失敗したと騒がれるのはなんとか避けたい。そう思っていたころ、ディズニーの話が持ち上がった。スティーブにとっては、赤字の垂れ流しを止める手だてになりうる話だ。そんな状態だったから脇が甘くなり、ディズニー会長のジェフリー・カッツェンバーグにいいようにされてしまったのだろう。スティーブは内容もよくわからないままにサインしたのかもしれないし、ただただ契約をまとめたくてそこまで譲歩したのかもしれない。

経緯がどうであっても、現状は変わらない。レンダーマンソフトウェアに長期的な展望はない。コマーシャルアニメーションもお先真っ暗だ。短編アニメーションもだめ。アニメーション映画も。我々の未来も運命も世界有数の資金力と影響力をほこる会社に握られている。さらに、ピクサーとそのオーナー、スティーブの関係は最悪と来ている。これが我々の手札である。

私は、配られた手札を嘆いても始まらないと若いころに学んでいる。仕事や人生についていろいろと教えてくれたメンターがいたのだ。チェスの名人が盤面を見るように事業を観察する人で、その彼から「駒がいまどう配置されているのか、それを変える術はない。大事なのは、次の一手をどう指すか、だ」と教えられ、そう考えるように意識してきた。自分にどうこうできないことで感情的になるより、ずっといいやり方だ。厳しい仕事もあったりするが、たいがい、命まで取られるような話ではない。何年か前に一方的な契約をピクサーが結んだのはなぜだろうとか、もしこうだったらそういう契約にはならなかったのかもと考えたところでいまさらどうにもならない。それより、いま、やらなければならないことに集中したほうがいい。ピクサーが発展できる方法を探すのだ。

夕食後、ヒラリーと話していてはっきりしたのだが、闇に閉ざされたような最初の2カ月で、ひとつだけ、トンネルの向こうに明かりが見えた気がすることがあった。

「ふと気づいたんだけどね? この2カ月、スティーブといろいろな話をしたけど、彼が反発したり言い訳に走ったりしたこと、ないんだよね。あれもだめ、これもだめと僕はピクサーの事業をこき下ろしたわけで、その一つひとつに彼から反論があってしかるべきなんだ。でも、彼はそうしなかった。一度も、だ。まるで、僕と一緒に学び、ふたりで前に進んでいるように感じるよ」

「あなたが不信感を抱くようなことをしていないわけね」

ヒラリーがまとめてくれた。

「これはふたりの問題よ。だから、ふたりで解決しなきゃ」

たしかに。大変な状況だが、ふたり一緒であることもまちがいのない事実である。大事なのは、次の一手をどう指すか、だ。

PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話
ローレンス・レビー
ロンドン生まれ。インディアナ大学卒、ハーバード・ロースクール修了。
シリコンバレーの弁護士から会社経営に転じたあと、1994年、スティーブ・ジョブズ自身から声をかけられ、ピクサー・アニメーション・スタジオの最高財務責任者兼社長室メンバーに転進。ピクサーでは事業戦略の策定とIPOの実現を担当し、赤字のグラフィックス会社だったピクサーを数十億ドル規模のエンターテイメントスタジオへと変身させた。のちにピクサーの取締役にも就任している。
その後、会社員生活に終止符を打ち、東洋哲学と瞑想を学ぶとともに、それが現代社会とどう関係するのかを追求する生活に入った。いまは、このテーマについて文章を書いたり教えたりしている。また、そのために、ジュニパー基金を立ちあげ、創設者のひとりとして積極的に活動を展開している。
カリフォルニア州パロアルト在住。いまは妻のヒラリーとふたり暮らしである。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます