(本記事は、ローレンス・レビー氏の著書『PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』文響社の中から一部を抜粋・編集しています)

王者
(画像=PIXTA)

投資銀行界の絶対王者

バンダ諸島からスパイスを調達するためであっても、カリフォルニア州ポイントリッチモンドでアニメーション映画を作るためであっても、まずは、必要なお金をどこからかみつけてこなければならない。そのお金を広く一般投資家から集めるとき、その仕事は、銀行という世界の片隅にあるごく専門的な部分、なにをしているところなのかあまり知られていない部分が担当する。投資銀行である。

投資銀行は、お金を持っている人、すなわち投資家と、それを必要とする側、すなわち事業者とを結ぶのが仕事だ。会社の株式を公開したいなら、投資銀行に頼るしか道はない。彼らは、お金にいたる細道を守る番人なのだ。投資銀行の機能をひとつだけあげろと言われたら、お金を投資するに足る会社であるとその質を保証すること、になるだろう。投資先としての価値と信用を保証する太鼓判を押すこと、と言ってもいい。この判をもらわなければ、投資家と話をすることもできない。

会社の株を買うとき、投資家は、まず、その価値をどう評価するのかを考えなければならない。株というのは、実際のところ、会社のごく一部である。だから、全部で1万株会社の株が1株50ドルなら会社の価値は50万ドル、100ドルなら100万ドルとなる。だから、いくらならそこの株を買うのかを考えるには、まず、会社の価値がわからなければならない。

投資銀行の主な業務のひとつが、会社の価値の評価である。歴史や資産、負債、製品、利益、市場、流通チャンネル、経営陣、競争など、事業の成否にかかわるあらゆる側面から会社の事業を検討し、その価値と投資リスクを評価する。ウインドウショッピングの目が肥えているのだ。評価後は、株が売れやすいように投資家を探してきたりもする。その優劣は、投資の価値とリスクを投資家に理解してもらう手腕と信用によって決まる。IPOだけでなく、会社の価値を評価しなければならないときに必ず登場するのが投資銀行だ。

このようなサービスの対価として、投資銀行は、投資された金額の一定割合を受けとる。計算の仕方は異なるが、これは投資に対して税を課すようなものだ。ごくわずかであっても、世界全体における資金調達の一定割合が懐に入るというのはすさまじく、投資銀行は、富も力も威信もずばぬけている。資本市場の番人はとても儲かる商売なのだ。

投資銀行もいろいろで、地域に根付いた小さなところから世界を股にかける大きなところまである。一部の業界に特化しているところが多く、付き合いのある投資家もそれぞれ異なるのが普通だ。だが、スティーブにとって、考慮の対象となるのは2カ所だけ。投資銀行界の絶対王者、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーだ。

どちらも、シリコンバレー関連で輝かしい実績がある。1980年のアップルや、大きな話題となったインターネットスタートアップ、ネットスケープ社などのIPOにかかわったのだ。ちなみに、この2件は、どちらも幹事を務めたのはモルガン・スタンレーである。

ゴールドマン・サックスかモルガン・スタンレーに幹事を務めてもらえれば最高だ。IPOを狙うスタートアップは、このどちらか、あるいは両方にコンタクトするのが常道だ。IPOでは1行を幹事として複数の投資銀行が関与するのが普通である。幹事は、価値の評価やSECへの提出書類のチェック、投資家への紹介、そして、株式市場に対する売出にいたるまで、IPOの全側面を主導する。ゴールドマン・サックスもモルガン・スタンレーも基本的に幹事役しか引きうけないので、両方が絡むことはあまりない。ピクサーも、どちらかを選ばなければならない。スティーブはこういう検討が大好きだ。

「ゴールドマンとモルガン、どっちがいいと思う?」

ピクサーに向かう車中、スティーブにこう問われた。

「よくわかりません。ピクサーをどれほど気に入ってくれるか次第なんじゃないか、特に、アナリストがピクサーにどこまで本腰を入れてくれるか次第なんじゃないかと思っています」

アナリストは投資銀行の鍵を握っていると言える。取り扱う会社について詳細なレポートを書いたり、その業績を予想したりするのが彼らだからだ。IPOのあとも継続的にレポートを書き、事業を評価して投資の世界に報告する。ピクサーに心酔するアナリストがいてくれないと困る。そうでなければ、すぐ、ウォールストリートに忘れられてしまうからだ。

「どちらもロサンゼルスに事務所を持っています。そこの人に会って、エンターテイメント業界についてどのくらいノウハウがあるのか、確かめる必要があるでしょう」

「モルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスの両方にかかわってもらえる可能性はあると思うかい?」

「まずないでしょうね」

「ゼロとは言いきれないんじゃないかな。どちらにとっても、いい話なんだから。だって、今年最高クラスのIPOにかかわれるんだぜ?」

私がどちらを選ぶのかはどうでもいいらしい。彼には彼の心づもりがあるわけだ。両方、か。

「ともかく、聞いてみましょう。聞くだけならただですから」

両方がかかわってくれるなら、私に否(いな)やなどあるはずがない。大歓迎だ。どちらか片方とでも仕事ができたらこんなうれしいことはないのだから。スティーブなら、ピクサーのIPOを担当したいなら協力しなければならないと両社を言いくるめられるかもしれない。ただ、無理押しができる立場ではないし、そういう話をしてゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーを怒らせてしまったらまずいとも思った。

「まずは会って、どのくらい興味を示してくれるか確かめてみましょう」

モルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスのシリコンバレー支店長は、びっくりするぐらい違っていた。モルガン・スタンレー側はフランク・クアトロン。投資銀行の人間として、おそらくはシリコンバレーで一番よく知られている人物だろう。社交的なのに肝がすわっており、勇猛で味方になってくれればこれほど心強い人はいないと言われている。背が高いのにずんぐりした体形で、口ひげを生やしており、笑顔が印象的だ。いるだけで部屋の空気が一変する。人気のテクノロジー企業を何社も株式公開に導いてきた実績があり、みな、彼に担当してもらいたいと願っている。今年一番の話題となったネットスケープ社のIPOで幹事を務めたのが彼だ。

対して、ゴールドマン・サックスのエフ・マーチンは物静かで口数が少ない。心温まる笑顔の持ち主で、その物腰は礼儀正しく洗練されている。フランク・クアトロンは開拓時代の西部辺境というイメージ、マーチンは体制的な東部のイメージと言えばいいだろう。マーチンは10歳ほど私より上だが、人当たりはいい。肩に力が入ることがなく、常に冷静だ。

このふたりに、ピクサーの説明をさせてほしいとスティーブが連絡を入れた。両方とも、喜んでとのことだった。ここからが本番だ。

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(画像=(写真=Matej Kastelic/Shutterstock.com))

スティーブと私は、ピクサーのビジョンや事業計画、それに伴うリスクなどを説明するプレゼンテーションの準備を進めた。ストーリーは、1930年代にディズニーがしたことを1990年代にまたやる、が基本だ。新たな媒体を活用してアニメーションエンターテイメントの新時代を拓き、その過程で、世界が愛してやまない映画やキャラクターを生みだすのだ。

プレゼンテーションで、まずスティーブがビジョンを示してから、私が4本柱からなる事業戦略を説明することにした。そのあと、ピクサーの事業について検討すれば、当然、リスクや課題についても語ることになる。ラリー・ソンシニのアドバイスもあり、我々は、リスクについても包み隠さず語ることにした。

面談は、いずれも完璧だった。さすがはスティーブで、クアトロンもマーチンもピクサーの可能性に心を奪われていた。ビジョンや戦略にあれほど引き込まれたことはまずないのではないかと思ったほどだ。ピクサーがいわゆるシリコンバレーのテクノロジー会社とは違うことも理解してくれたし、ロサンゼルス支店のエンターテイメントスペシャリストに担当させようという言質も与えてくれた。リスクの話さえ、いい感じだった。

「映画収益の取り分を増やせるのはいつごろになりそうだと思いますか?」

マーチンの問いには私が答えた。

「ディズニー側には再交渉しなければならない理由がありません。ですから、既存契約にそのまま縛られてしまうこともあり得て、その場合、映画を3本公開するまで、おそらくもうあと7年から8年は難しいことになります。『トイ・ストーリー』がヒットすれば再交渉に応じる可能性もあります。制作費用を我々が自前でまかなうことができれば、再交渉の可能性はさらに高まるでしょう」

「再交渉の打診はしましたか?」

「それは時期尚早だと考えます。最初の映画が公開されるまで、必要な資金を得るまで待ったほうが得策でしょう」

「おっしゃるとおりですね。そうだろうと思います」

私がこの話をしているあいだ、スティーブはそわそわしていた。『トイ・ストーリー』や夢の話、ピクサーが世界を変えるという話に戻したくてうずうずしているのだ。たしかに、クアトロンもマーチンもエンターテイメント業界に詳しくないが、彼らの部下にはハリウッドの専門家がいる。彼らはエンターテイメント業界を相手にずっと仕事をしてきているのだ。コンピューターアニメーション映画にまつわる財政的課題など、5分もあれば暴いてしまうだろう。そんな彼らに、エンターテイメントという事業がよくわかっていない素人だと思われたくない、いろいろちゃんとわかった上でやってるんだなと思ってほしい―私はそう考えていた。

面談は、いずれも、すごくいい感じだった。クアトロンかマーチン、どちらでもいいから一緒に仕事ができたらすばらしい。

「ふたりとも大いに気に入ってくれたな。次回は、ピクサーに来てもらおう。そうしたら、もっと引き込めるはずだ」

私も同意見だった。ホームグラウンドを見てもらおう。ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーを相手にそこまでこぎ着けられる会社はそうない。両方に見学してもらうというのはすごいことだ。

株式の公開などできるのかと心配ばかりしていたが、もしかすると案外いけるんじゃないかという気がしてきた。世界を代表する投資銀行2行が両方とも見学してみようと思ってくれるのなら、成功の脈ありと考えるべきだろう。両方にかかわってもらうことだって、万が一には、可能かもしれない。ネットスケープ社にもできなかったことができるかもしれないわけだ。

PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話
ローレンス・レビー
ロンドン生まれ。インディアナ大学卒、ハーバード・ロースクール修了。
シリコンバレーの弁護士から会社経営に転じたあと、1994年、スティーブ・ジョブズ自身から声をかけられ、ピクサー・アニメーション・スタジオの最高財務責任者兼社長室メンバーに転進。ピクサーでは事業戦略の策定とIPOの実現を担当し、赤字のグラフィックス会社だったピクサーを数十億ドル規模のエンターテイメントスタジオへと変身させた。のちにピクサーの取締役にも就任している。
その後、会社員生活に終止符を打ち、東洋哲学と瞑想を学ぶとともに、それが現代社会とどう関係するのかを追求する生活に入った。いまは、このテーマについて文章を書いたり教えたりしている。また、そのために、ジュニパー基金を立ちあげ、創設者のひとりとして積極的に活動を展開している。
カリフォルニア州パロアルト在住。いまは妻のヒラリーとふたり暮らしである。

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