日本の自殺者数は減ったというが……
職場での過労やハラスメントによってうつ病やうつ状態になり、自ら命を絶ってしまう――。そんな事件が立て続けに起こり、メディアを賑わせたが、決してテレビの向こうの遠い世界の話ではない。1,500以上の事業所をサポートしてきたメンタルヘルスケアのプロである刀禰真之介氏に、「部下の自殺」というリスクについて聞いた。
※本稿は、刀禰真之介著『部下の心が折れる前に読む本』(幻冬舎メディアコンサルティング)の一部を再編集したものです。
自殺は誰でも、どこでも起こりうる
メンタルヘルス不調が、企業にとってリスクになる要素は、経済的損失の他にもあります。それは、うつ病やうつ状態により、部下が自殺に至るケースがあることです。
部下の自殺というと「さすがにウチにはないだろう」「特殊な例なのでは」と思われるかもしれませんが、決して他人事ではありません。うつ病自体は死に至る病でないものの、脳の機能が低下することで衝動的に自殺に走ってしまうリスクがあるからです。
厚生労働省などによると、会社などに勤める人(被雇用者)の自殺者数は、この10数年は年間約7,000~8,000人前後で推移してきました。これを雇用者数全体で割ると、約8,000人に1人という割合になります。つまり、従業員が1,000人の会社であれば、8年に1人は自殺者が出てもおかしくない数字です。
実はうつ病の増加は日本だけに限らず、世界的な傾向でもあります。WHO(世界保健機関)では、2015年時点で世界の全人口の約4%、3億2,200万人がうつ病を発症していると推計しています。同年の世界の自殺者は約78万8,000人で、特に15~39歳の若年層では自殺が死亡原因の第2位であり、その主な原因がうつ病であるとして、若年層にもうつ病の予防プログラムを行うことの重要性を強調しています。
日本では、2017年の自殺者数は2万1,000人余りです。以前は自殺者が3万人を超えている時期が長くありましたから、それに比べると、自殺者が少なくなっているように見えるかもしれません。
しかし、私の会社の顧問であり、産業医で精神科専門医の吉村健佑(けんすけ)医師は、自殺者が少なくなっているのは40~60代の男性の数が減っているため、と指摘します。
日本では自殺者の7割が男性で、その中心となっているのが40~60代です。この7~8年で労働生産人口の減少でこの世代の男性が少なくなり、自殺者総数は減ったものの、自殺者が発生する割合でみれば大きく変わっていないといいます。2017年のデータでも、全国で1日あたり平均約60人が自殺している計算になります。
もちろん日本でも、自殺は中高年だけの問題ではありません。10~30代の若い世代の死因の第1位を占めるのが自殺です。これから社会で活躍するはずだった若い世代が、うつ病やうつ状態から自殺に至った痛ましい事例は数多くありますが、皆さんの印象に残っているのは、やはり2015年に起きた「電通事件」ではないでしょうか。
業界最大手の広告代理店・電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が、長時間労働やハラスメントが続いたことでうつ状態に陥り、2015年12月25日に社員寮から飛び降り自殺をしてしまった事件です。
その翌年には新潟市民病院で当時研修医だった木元文さん(当時37歳)の過労自殺が起こっています。吉村医師によると、この事件も医療関係者の間では衝撃を持って受け止められたということです。木元さんは月160時間を超える時間外労働などで2015年9月ごろにうつ病を発症。翌2016年1月に、近くの公園で自ら命を絶ちました。
悲しいことに、人々の心身の健康を守る専門職である医師ですら、うつ病を発症すると自殺につながりうることを知っておいてほしい、と吉村医師は話します。