(本記事は、株式会社 船井総合研究所HRD支援部の著書『採用ファースト経営』プレジデント社の中から一部を抜粋・編集しています)
人財戦略を最重視した経営手法
「ヒト・ヒト・ヒト」の時代へ
採用難の業種かつ地方で、優秀な新卒を毎年10人以上採用する企業。
内定辞退率100%の状態からたった1年で承諾率100%に変わった企業。
新卒採用をきっかけに事業を転換し、7年で社員数20倍、年商10倍を達成した企業。
中小企業経営者にとってはまるで夢のような話ですが、これらはすべて当社の支援先の話です。当社が提唱する「採用ファースト経営」の導入を決断していただき、社内の大改革を行った結果です。
採用ファースト経営は、人財戦略を最重視した加速度的な成長を実現するための経営手法です。人財戦略を最重視するというのは、わかりやすく言えば「いい人財の採用と育成、そして定着のために経営資源を惜しみなく投資していく」という意味です。成長速度の理想値としては「既存従業員数の10~20%の新入社員を毎年採用しながら事業を拡大させていく」ことを想定しています。スタートアップ企業並みの成長スピードです。
ではなぜ「人財戦略」なのか?
令和の日本では、労働人口は減るばかりです。しかも、日本は移民の受け入れの予定がありません。新卒の有効求人倍率は2012年から増加傾向にあり、2019年卒は1・88倍。平成バブル以来の売り手市場となっています。企業の経営資源は「ヒト・モノ・カネ」から「ヒト・ヒト・ヒト」に変わりました。
とくに苦戦を強いられているのが中小企業です。従業員数300人未満の中小企業の2019年3月卒新卒有効求人倍率は9・91倍。「1人の学生に10社が群がる状態」ということです。ちなみに2017年卒は4・16倍。たった2年で2倍以上の難易度になりました。
一方で大企業は、企業によっては入社する学生の質が下がったという不満は聞かれますが、数字だけを見ると「2017年卒0・59倍→2019年卒0・37倍」と、むしろ倍率が下がっています(リクルートワークス研究所データ)。
こうした人財格差の拡大は業界別でも見られます。たとえば、いつの時代も学生に人気の金融業界の新卒有効求人倍率は0・21倍で、ずっと横ばいです。一方で建設業の求人倍率は9・55倍。5年で2倍になりました。
これはつまり、採用市場が超売り手市場になったことで「企業が学生を見極める」のではなく、「学生が企業を見極める」場面が増え、より条件的に有利な企業を志向する学生が増えたと解釈できるのではないでしょうか。
「うちの業界厳しくてさ」
「うちの地域は悲惨だよ」
当社主催のセミナーにご参加いただく中小企業経営者の方々は、口々にそうおっしゃいますが、中小企業の人不足は今後も全商圏で続きます。
とくに2021年からは、経団連が「3月1日就活解禁」の新卒ルールを廃止します。それが何を意味するかというと、質の高い学生をめぐる大企業と中小企業のガチンコ勝負がはじまるということです。
いままではハンデ戦でした。新卒ルールを遵守する大企業を尻目に、一部の中小企業はインターンシップという形で学生に早期からアプローチをかけ、優秀な学生を惹きつけられるように努力してきました。規模では勝てない代わりに、早さで勝負ができたのです。
2021年卒からはそのハンデがなくなります。すでに大企業は一斉に魅力的なインターンシップを仕掛けはじめています。ハンデ戦ですら求人倍率は「0・37倍vs9・91倍」と27倍もの差が開いているわけですから、今後、中小企業にとって「採用」というものが経営の根幹を左右する課題となることは自明です。
従来であれば、中小企業も優れた経営者が事業戦略を立てたり新たなビジネスを考えたりしていれば、業績を上げ続けることは可能でした。大企業ほどではないものの、採用についてもそれほど難しくありませんでした。
しかし、これからの時代は「事業戦略は立てたが実行に移す人財がいない!」という悲鳴が全国の企業で続出することになります。企業が持続的成長を実現するために中期的な事業戦略は立てられて当たり前。それを現実化させるための人財戦略がむしろ重要になるのです。
「事業戦略の中に人財戦略がある時代」は終わり、「人財戦略そのものが事業戦略となる時代」に突入したのです。
「新卒大量採用」「早期育成」「定着化」が3本柱
採用ファースト経営を導入するにあたって企業が最終的にクリアすべき目標は3つあります。
・質の高い新卒を毎年大量に採用する(既存社員数の10~20%を毎年採用することが理想)
・早期育成の仕組みを整え即戦力化を図る(1~3年で黒字社員に変える)
・定着率を上げる(最低でも業界平均以下まで離職率を下げる)
この「採用」「育成」「定着」の3つの柱はひとつも欠けてはいけません。過不足なく、徹底的にやりきることで業績は伸びつづけ、優秀な若手が中心の活力ある組織へと比較的短期間で生まれ変わることができます。
先に各目標の最重要ポイントを押さえておきましょう。
「採用」で最も重要なことは、「最強の採用チーム」を作ることと、「通年採用(早期の動き出し)」と「マルチ・チャネル化」を進めることです。
要は、従来なら3月1日以降に集中的に行われる合同説明会に人事を兼務する総務課の社員を送り込めば採用できていました。しかし、そのような時代は終わりました。いま採用活動の主戦場は大学3年生のインターンシップへと移行しており、3月に動き出しては遅すぎるのです。またインターンシップ以外にも学生と接触するチャネルは複線化しており、合同説明会に頼らない採用計画を戦略的に立てることが求められています。
また、売り手市場になったことで、採用活動はいかに学生を自社のファンにできるかという勝負になっています。若手のエース級を採用責任者に抜擢し、さらに全社的な支援をしながら総力戦で戦ってようやく勝負になるのです。
「育成」と「定着」の最重要ポイントは3つあります。
ひとつは「早期育成こそが定着につながる」という観点です。新人に雑用ばかりさせるような企業に人は残りません。自分が会社に貢献できている、確実に成長できているという感覚を持ってもらうことで、モチベーションは上がります。
ではどうやって早期育成するかですが、ひとつは「業務の標準化と分業化」です。つまり、ある程度誰がやってもすぐに成果が上がる、スキルアップできるような仕組みを社内に整備することです。
もうひとつは、当たり前ですが「育成制度の拡充」です。社員育成はOJT頼みという企業も少なくありませんが、成果を出せる人財に最短で育てたいのであれば内定者に向けた研修制度を含む体系立った育成制度をつくる必要があります。
早期育成はスパルタで成し遂げるものではなく、仕組みで成し遂げるものであるということをご理解ください。
「採用ファースト経営」に最適な企業とは
新卒採用を本格的にしてこなかった企業にとって、採用ファースト経営の導入は従来の経営スタイルを抜本的に変えざるを得ない一大改革になります。
採用ファースト経営を導入した企業では次のような改革が行われるのが一般的です。
・企業理念・ブランディングの一新(ミッション、ビジョンバリュー、行動理念、CI)
・人財戦略の一新(採用と教育を担う人財開発部の立ち上げ)
・事業戦略の一新(事業の拡充、新規事業の立ち上げ・多角化)
・評価制度の一新(業務スキルの言語化、キャリアプランの策定)
・生産体制の一新(分業化、チーム化、省人化)
・福利厚生の一新(給与アップ、待遇改善)
・育成制度の一新(育成プログラムの確立、業務マニュアルの作成)
経営者としてはまったく新しい組織に生まれ変わらせるくらいの覚悟が必要です。そして一度、採用ファースト経営に舵を切ったら、新卒社員が活躍できる受け皿を常に仕込んでいかないといけません。つまり、一度走り出したら立ち止まる余裕はないのです。
よって採用ファースト経営は決して万人受けする経営手法ではありません。いまの事業規模、もしくはいまの成長速度のままで十分という経営者にはまったくフィットしません。採用ファースト経営があくまでも前提とするのは「加速度的成長」です。そして「加速度的成長」のもっとも確実性の高い方法が、新卒大量採用なのです。
とはいえ、単一業態での成長には商圏の上限などがあるため、支援先で採用ファースト経営を導入した企業は、結果的に多角化経営に舵を切るところが大半です。逆に言えば、多角化をしたいと考えている経営者にとっても採用ファースト経営は最適。なぜなら「20代で事業を任せられる」「社内起業をしてほしい」といったことをアピールすることで経営者志向の優秀層に働きかけができるからです。
このように採用ファースト経営は組織の成長のギアを1段、2段と上げていく解決策であるため、事業承継を見据えている企業にとっても最適です。
当社の支援先にはオーナー企業が多く、30代くらいのご子息が他社での修業を経て「専務」や「営業本部長」などの肩書で働かれているケースが少なくありません。そのような若い専務などから「親父の会社に入ったはいいけど古参社員だらけで誰も言うことを聞いてくれない。社長になる自信が持てない」という深刻な悩みをよく聞きます。
もし、その後継者が事業を本気で拡大したいと思っているなら、採用ファースト経営に切り替えるベストなタイミングであるとお伝えしています。経営者と後継者の二人三脚で社内改革を進めてもらうのです。
とくに重要なのが後継者に実際の採用活動の責任者になってもらうことです。次期社長が採用責任者として新卒大量採用を実行していけば、自ずと自分が選考をした社員が社内に急増していくからです。
事業承継を終えた経営者に「どのタイミングで自分の会社だと実感したか?」と尋ねると、多くの経営者は「自分が採用に関わった社員が過半数を超えたとき」とおっしゃいます。事業承継を見据えて採用ファースト経営を導入すれば、社長に就任した段階でそれが達成できるのです。
後継者が採用責任者としての技量や魅力に欠けていることもありますが、それはそれで採用活動や社内改革というビッグプロジェクトを通して徹底的に鍛えればいいのです。プロジェクトを動かす力も、人間的な魅力も、どのみち経営者になる前に身につけておかないといけないことなのですから。
それに自社のビジョンや中期経営計画の見直しといった経営の根幹にあたる領域を、親子で一緒に取り組み、いまの経営者がそれに対してGOサインを出すことでスムーズなバトンタッチが可能となるのです。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます