(本記事は、西村隆男氏の著書『経済的自由への道は、世界のお金の授業が教えてくれる──人生の選択肢が広がるパーソナルファイナンスの教科書』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

リスクを減らす取引の工夫

オプション取引
(画像=Vitalii Vodolazskyi/Shutterstock.com)

●新たに生まれた金融商品

近年、金融商品を取り巻く環境は、インターネットなどのテクノロジーの発達とともに大きく進化しました。リスクを低減したり、高い収益を効率的に追求したりする手法が次々と考案され、株式や投資信託、債券など従来の商品ばかりでなく、新たに生み出された金融商品が個人向け商品としても多く出回るようになりました。これらの新型の金融商品は、株式、預貯金、外国為替、株式、現物資産(貴金属など)から派生して生まれたので、「金融派生商品(デリバティブ)」と呼ばれます。株式などの従来からの資産は原資産といいます。

デリバティブには大きく3種類あります。将来の売買をおこなう約束をする取引(先物取引)、将来の売買をする権利を売買する取引(オプション取引)、それにスワップ取引です。

スワップ取引は、異なる金利(固定金利と変動金利など)や異なる通貨(ドルと円など)を等価交換するもので、個人が利用することはほとんどなく、金融機関や企業間でおこなわれます。

金融商品は安く買って高く売ることで利益を生み出すものが一般的ですが、デリバティブには値下がりによって利益を得られるものや、価格の変動がないタイミングで利益を得られるものもあります。また、比較的少ない資金で大きな取引ができ、原資産を売買するのと同様の効果が得られるものもあります。このように書くと魔法の取引のように思えますが、もちろんそれぞれにリスクがあります。

●売買する「権利」を売買する

オプション取引の例を挙げます。いま1000円の値がついているA社の株式があるとします。取引単位は100株ですから、購入にはさしあたり10万円が必要です。株価が上がっていけばいいのですが、その企業が不調で株価が大きく落ち込むこともあります。

オプション取引では、このA社の株式を「900円で買う」という権利を買うことができます。一方で、「1100円で売る」という権利を買うこともできます。実際に株式を購入するのではなくて、権利を買うのです!「なんという危険な取引だろう」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、オプション取引の市場は拡大の一途をたどっています。なぜかと言えば、「900円で買う」という権利を持っている人は、もし実際の株価が1100円になったら、900円で買える権利を行使して、1株当たり200円の利益を得ることができます。仮に株価が900円以下で低迷しているのなら、権利を行使しなければいいだけのことです。

でも、ここからがオプション取引の真骨頂なのですが、実際にオプション取引をする人は、手に入れたオプションで株式を売買することはめったになく、むしろ株式を売買する権利を売買しています。オプションを購入するには、オプション・プレミアムオプション料)と呼ばれる対価を支払います。

オプションの買い手は、オプションを行使する権利がありますが、行使しなければならない義務はありません。株を実際に買わなくてもいいのです。反対に、オプションの売り手はオプションの権利が行使された場合、その取引に応じる義務を負います。

●オプションを売り買いする

株式等の金融商品を買う権利をコールオプション、売る権利をプットオプションと呼びます。また、あらかじめ決めておく将来の売買価格を行使価格といいます。

コールオプションでもプットオプションでも、オプションの買い手が被る損失は、あらかじめ支払ったプレミアムだけです。期日までであれば、得をすると判断した時点で権利を行使することができます。反対にオプションの売り手は、売った当初にはプレミアムを受け取れるので利得を得られますが、買い手が得をするような状況になったときには、権利行使に応じる義務があるので損失を被ることになります。一般的には、企業がまとまった資金を調達する方法として使われます。

オプションの買い手は市場価格が上昇したときに、行使価格で安く買って利益を稼ごうとし、売り手はそれに応じなければなりません。反対に市場価格が下がった場合には、買い手は市場価格より高い行使価格で買うという馬鹿げた行動はとらずに権利を放棄することになるので、売買はおこなわれず、売り手には当初に受け取ったプレミアムが利益として残ることになります。

◆原資産の市場価格>行使価格(値上がり)の場合

→買い手は権利を行使する!

(原資産の市場価格)-(行使価格)-(プレミアム)

買い手の利益

→売り手は買い手の権利行使に応じる義務がある

(行使価格)-(原資産の市場価格)+(プレミアム)

売り手の損失

◆原資産の市場価格≦行使価格(値下がり)の場合

→買い手は権利を放棄する!

支払ったプレミアム=買い手の損失

→売り手には(買い手が権利放棄するので)プレミアムが残る

受け取ったプレミアム=売り手の利益

具体的な価格を当てはめて考えてみましょう。上記の例で、Aさんはプレミアム100円を支払って、Bさんから「900円で株を買える権利」であるコールオプションを購入したところ、市場価格が1100円に値上がりしたとします。Aさんは100円の利益を得ることになります。逆にBさんは100円の損失を被ることになり、市場価格が上がるほど損失は拡大してしまいます。

1100円     - 900円 -100円 = 100円
(原資産の市場価格)(行使価格)(プレミアム) Aさんの利益

900円   -  1100円  + 100円  = -100円
(行使価格)(原資産の市場価格)(プレミアム) Bさんの損失

値下がりして行使価格よりも割安になってしまったら、Aさんはコールオプションの権利を放棄するしかありません。しかし、損失は購入時のプレミアム分のみにとどめることができます。一方、Bさんは100円のプレミアムが手元に残り、それが利益となります。

 支払った100円   → Aさんの損失
 (プレミアム)

 受け取った100円  → Bさんの利益
 (プレミアム)

満期のときの株価が権利行使価格より高くなっていれば次の図のようになり、権利行使をして株式を購入し、ただちに売却することでその差益を得ることができます。しかし、権利行使価格よりも安くなっていれば、権利を行使せずに放棄することになります。つまり、権利行使価格よりも安い部分では、コールオプションの価値はゼロになるわけです。

5-1
(画像=『経済的自由への道は、世界のお金の授業が教えてくれる──人生の選択肢が広がるパーソナルファイナンスの教科書』より)

日本の個人投資家にとって、オプション取引はあまり馴染みがないかもしれませんが、ベンチャー企業など新興企業に興味がある方ならストックオプションという言葉を聞いたことがあるかもしれません。ストックオプションとは、株式会社の経営者や従業員が自社株を一定の行使価格で購入できる権利であり、上場前の企業などで報酬として利用されることもよくあります。従業員の努力によって会社が順調に業績を伸ばせば、株価は上昇します。そのタイミングでストックオプションの権利を行使して、購入と同時に売却することで大きな利益を得ることができます。

経済的自由への道は、世界のお金の授業が教えてくれる──人生の選択肢が広がるパーソナルファイナンスの教科書
西村隆男(にしむら・たかお)
横浜国立大学名誉教授。経済学博士。財団法人消費者教育支援センター主任研究員、横浜国立大学助教授、アイオワ州立大学客員研究員などを経て、2000年より横浜国立大学教育人間科学部教授、東京学芸大学連合大学院博士課程教授(兼務)。2017年定年退官、現在は横浜国立大学名誉教授。専門は金融教育、パーソナルファイナンス、消費者教育。消費者教育推進会議会長、日本消費者教育学会会長などを歴任。現在、文科省消費者教育推進委員会委員長、金融経済教育推進会議委員、金融広報中央委員会委員などを務め、全世代にわたる国民の金融リテラシー向上を目指した活動を続けている。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)