(本記事は、西村隆男氏の著書『経済的自由への道は、世界のお金の授業が教えてくれる──人生の選択肢が広がるパーソナルファイナンスの教科書』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

日本は「お金の話はタブー」の文化をいますぐ捨てろ!

経済的自由への道は、世界のお金の授業が教えてくれる──人生の選択肢が広がるパーソナルファイナンスの教科書
(画像=Webサイトより※クリックするとAmazonに飛びます)

●日本に「お金」の教育は存在しなかった?

欧米に比べて、日本におけるお金の教育はどうなっているのでしょうか。

親が子どもに「お金のことは心配しないで」「いちいちお金のことでみっともない」などと言って、家族の会話にお金の話がのぼることは滅多にないのが、長らく日本家庭の典型でした。

いまでこそ、「人生100年」と言われ、できるだけ若いうちから将来の資産形成を促すべきだと言われ始めていますが、日本では昔からお金の話をタブー視する傾向があったことは事実です。

お金の話をする機会に恵まれなかったばかりに、大学生にもなって、親に借りてもらったアパート一室の家賃を知らない学生もいます。入学前に大学周辺で適当な物件を探すところまでは本人が同行していても、不動産屋で契約するときに同席していなかったり、毎月の支払いが親の口座から引き落とされるようになっていたりして、家賃の額を知る機会がなかったのかもしれません。

自身の口座に毎月振り込まれる奨学金を卒業後に何年かけて返済するのか、毎月いくらずつ返済するのかを把握していない学生も少なくありません。奨学金と仕送り、バイトで豊かな生活を送っている学生は、奨学金がローンであり、借金であることを認識できていないのかもしれません。

では、お金に関する教育が昔からまったくなかったのかと言えば、実はそうでもありません。

戦後の話になりますが、日本で最初の「子ども銀行」が小学校で始まったのは、1948年のことでした。子ども銀行とは、学校の指導のもとに、児童が銀行や郵便局のまねをして、自主的に運営する貯蓄運営組織のことです。大阪南大江小学校という学校で、社会科学習の一環として子ども銀行は開設されました。

戦後、経済が混乱するなかでインフレーション(物価上昇)が起こり、日本円の価値が下がるなか、国は通貨を安定させて財政を強化するために国民に貯蓄をさせて資金を吸収しようとしました(「救国貯蓄運動」と呼ばれます)。子ども銀行は、その一環として始まったのです。

やがて、表彰制度が導入されるなどして、子ども銀行は全国に広がっていきました。文部省の協力のもと、学習指導の内容に「お金」の教育を取り込み、指導者研究協議会が発足するなど、一定の展開を見せるに至りました。

1960年代の最盛期には全国で2万校にも拡大した子ども銀行でしたが、学校で実施することの手間や教員への負担といった問題、さらにはプライバシー保護の意識が高まったことから、90年代に入るとめっきり減り、現在ではほとんど見られなくなりました。

おこづかい帳を使って、子どもにお金の管理を教えようとする家庭はいまでもあるでしょう。私も子ども時代、おこづかい帳をつけていました。毎月おこづかいをもらって、近所の駄菓子屋で菓子を買い、本屋で漫画を買ってはおこづかい帳に鉛筆で書き込んでいました。月末に親に見せて検印をもらうのですが、記載されている収支残高と実際の手持ち額が違っていることがあり、「なくなったお金」として雑損の記載をして、親に了解をもらうこともありました。いまなら、さしずめアプリで管理するのかもしれませんね。

私が子どものころは1950年代後半~60年代ですから、小学校や中学校でお金のことを学んだ記憶はなく、中学になると男子の学ぶ家庭科もありませんでした。学校教育は基本的には知識注入型で、学校でふだんの金銭管理(家計管理)のスキルを学ぶ機会はまったくと言っていいほど見られなかったのです。

現在では、小学校高学年の家庭科や中学校の技術・家庭、そして高校家庭科のなかに、わずかに散見されるようになりました。しかしそれも、学ばなければならない内容が多くあるなかで、お金のことについては数時間しか割り当てることができないのが現実です。

それなのに、お金の知識の必要性は増すばかりです。たいして学んでいなくても、大人になれば誰でも、お金に関するさまざまな選択を迫られることになります。

2022年4月には、成人年齢が18歳に引き下げられることが決まっています。民法の約120年ぶりの改正で、2018年に成立しました。これによって学校の教育内容も一部ですが変化が見られるようになりました。小学校高学年で「契約」について学ぶことになったのです。「未成年であること」を理由に、すでに購入した商品やサービスの契約を取り消すことができる年齢が、19歳から17歳へと引き下げられるからです。大人になる18歳までには、お金について最低限の知識を身につけておく必要があるといえるでしょう。

●預金や保険、株式が「商品」になった日

最近テレビでは、インターネットを通じて申し込める外資系保険会社の保険商品や実店舗で支払いができるスマホアプリなど、金融サービスに関わるCMをよく見かけます。店舗を持たないネット銀行や保険会社、証券会社などは、人件費を大きく節約できるので、その浮いた資金で預金金利を上乗せしたり手数料を安くしたりして差別化を図り、若い人を中心に人気となっています。スマホアプリによる支払いも、その手軽さから急速に普及しています。

実は、このようなお金に関するサービスが次々と登場するようになったのは、ここ20年ほどの話です。

1990年以降、海外の動向に合わせるように、それまであった銀行や証券会社などの業務に関する規制がどんどん撤廃されていきました。いわゆる金融自由化です。

バブル崩壊以来の不良債権処理をめぐって金融機関の経営体力の差がはっきり表れ、競争は激化していき、金融再編が加速度的に進みました。1997年には、北海道拓殖銀行が都市銀行として初めて倒産し、それまで「銀行は絶対に破綻しない」と思っていた人々の間に衝撃が走りました。

消費者である私たちが利用できる金融サービスも、大きく変わりました。銀行窓口で投資信託が買えるようになったり、確定拠出年金が登場したりしました。また、金融機関が破綻した場合に、預金保険制度によりそれまでは預金の全額が国から補償されていたのに対し、補償の範囲が限定され、預金者一人につき元金1000万円とその利息分までしか補償されなくなったのもこのときです。これはあらかじめ決められた限度額以上の支払いはしないという意味で、ペイオフと呼ばれます。

もし、あなたが1000万円以上の資産を持っていて、金融機関が破綻するリスクに備えるのであれば、いまでは複数の金融機関に資産を分ける必要があります。

金融機関の破綻という、あってはならない事態を重く見た政府は、大蔵省を再編して新たに「金融監督庁」(のちの「金融庁」)を1997年に発足させました。現在ではふつうにおこなわれている銀行窓口での投資信託の販売は、1998年に始まったものです。

銀行・証券・保険などの業態の垣根が低くなったことで、消費者の選択の幅は広がりました。けれども、一方的に大量の情報が流され、そのわりに消費者にとって本当に必要な情報は少なく、次第に消費者トラブルが増えていきました。そこで、2000年に「金融商品販売法」ができました。金融商品を売るときには消費者への説明義務を課すといった、消費者を保護するための法律です。

これら金融制度の大改革は、一般的に「日本版金融ビッグバン」といわれます。1986年にイギリスで起こった証券制度改革が金融ビッグバンと呼ばれたことになぞらえたものです。

●日本人の5割は緊急時のお金を確保していない

先ほど述べたペイオフが本格的に実施されるようになった2005年は、「金融教育元年」と位置づけられています。「金融教育元年」というのは、日本銀行本店に事務局を置く金融広報中央委員会が2005年から使用している言葉です。なぜ、「金融教育元年」などと、たいそうな表現を使い始めたのでしょうか。

政府や日本銀行は、これまで信じられてきた「金融機関は安全」という神話に依存し過ぎることなく国民にお金の知識(金融リテラシー)を身につけてもらえるよう、金融教育を広めようとしていたと言えるでしょう。しかし、それには同時に、「貯蓄から投資へ」というスローガンのもと、金融市場を活性化しようという狙いもありました。

さて、これ以降、国民の金融リテラシーを高めるためにさまざまな取り組みがありましたが、2016年に初めて全国で実施された金融リテラシー調査は特筆すべきものとなりました。国民の「お金」に関する理解度が低いことが判明したからです。

とくに家計管理についての正誤問題では、クレジットカードについての正答率が5割を割り込みました。また、「緊急時に備えた生活費を確保しているか?」との設問には、「確保している」と回答した人は55%にとどまり、半数近くの人が「備えがない」か「わからない」と答えました。

学校教育のカリキュラムに個人のお金の問題を扱うパーソナルファイナンスを組み入れることは、遠い将来のことかもしれません。しかし私は、人生100年時代を豊かに生きていくためには、お金について十分に知り、自分で考え、判断できるようにしておくことは必須だと考えています。

経済的自由への道は、世界のお金の授業が教えてくれる──人生の選択肢が広がるパーソナルファイナンスの教科書
西村隆男(にしむら・たかお)
横浜国立大学名誉教授。経済学博士。財団法人消費者教育支援センター主任研究員、横浜国立大学助教授、アイオワ州立大学客員研究員などを経て、2000年より横浜国立大学教育人間科学部教授、東京学芸大学連合大学院博士課程教授(兼務)。2017年定年退官、現在は横浜国立大学名誉教授。専門は金融教育、パーソナルファイナンス、消費者教育。消費者教育推進会議会長、日本消費者教育学会会長などを歴任。現在、文科省消費者教育推進委員会委員長、金融経済教育推進会議委員、金融広報中央委員会委員などを務め、全世代にわたる国民の金融リテラシー向上を目指した活動を続けている。

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