OPECプラス決裂で原油価格急落
3月6日に開催されたOPECと非OPEC産油国の会合、通称OPECプラスにおいて、産油国が協調減産の拡大で合意できなかったことを発端に、原油価格が急落している。
WTI原油先物価格の5日NY市場終値は1バレル45.90ドルであったが、本日時間外市場では一時27ドル台まで下落しており、下落率は約4割に達している(図表1)。
協議において減産拡大で合意できなかったばかりか、3月末までとなっている現行の協調減産の枠組みも延長できなかったこと(この結果、3月末で協調減産が終了することに)、今回の協議決裂を受けてサウジアラビア(以下、サウジ)が即座に増産姿勢を打ち出したと伝えられた(1)ことが、原油価格の下落に拍車をかけた。
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(1)関係者の話として、「サウジは原油生産量を現行の日量970万バレルから4月に1000万バレル超へと増産する可能性が高く、サウジ当局者は過去最大の1200万バレルまで増産可能と話した」とのこと(2020年3月8日付、Bloomberg)
●OPECプラス会合決裂の背景
今回の協議決裂の背景には減産拡大を巡るサウジとロシアの対立がある。両国はともに2017年からスタートしたOPECプラスの枠組みの実質的なリーダー的存在であった。
OPECプラスは昨年12月に米中貿易摩擦等による世界経済減速を受けて、今年の1-3月に日量50万バレルの減産拡大を行うことで合意(サウジは加えて自主的に40万バレルの減産を表明)、今年1月から開始していた。しかしながら、1月下旬以降、新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下「新型肺炎」)の拡大によって原油需要が減少したことを受けて、サウジを中心に減産のさらなる拡大が検討されていた。
OPECの盟主であるサウジは原油価格を引き上げるべく減産を主張していた。自国の財政収支を均衡させるための原油価格が推定70~80ドル台と高いうえ、国の構造転換の原資を賄う国営石油会社サウジアラムコの海外上場に向けて企業価値を高めたいとの思惑があったためとみられる。
一方で、ロシアは新型肺炎の影響を見極めるには時期尚早との立場から減産拡大に慎重な姿勢を示していた。ロシアの財政均衡原油価格はサウジよりも低いとみられるうえ、プーチン大統領の支持基盤である石油企業がもともと協調減産に不満を持っていることが背景にあるとみられる。
サウジが提起する減産拡大に対して、ロシアが当初難色を示すのはいつものパターン(交渉戦術の一環としての面もあったとみられる)であったが、今回はいつにもましてロシアの否定的な態度が目立っていた。 OPECプラスの共同専門委員会であるJTCは会合に先立って3月4日に「OPECプラス全体で日量60万~100万バレルの減産拡大」を勧告していた(2)が、5日のOPEC総会(ロシアは参加しない)では、4-6月にこれを上回る日量150万バレルの大幅な減産拡大を実施する案で合意し、しかもロシアの協調を条件とした。さらに、その総会直後には減産拡大の期間を2020年末まで延長した。
サウジを中心とするOPECとしては、ロシア側に高めのボールを投げることで交渉を有利に進める狙いがあったと考えられるが、かえって両者の間の溝が決定的となり、決裂に繋がったようだ。そもそもロシアは交渉において弱腰は見せないし、主導権も渡さない。今回の決裂はサウジの読み違いが招いた結果とも言える。
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(2)2020年3月4日付Bloomberg
●決裂の意味合い
今回、協議が決裂したことは、これまで原油需給の調整弁となり相場の下支えとなってきたOPECプラスによる協調体制に亀裂が入ったことを意味する(枠組みの終焉なのかは現時点で不明)。
もともと、米中貿易摩擦等による世界経済減速を受けて、今年の前半の世界の原油需給については、需要低迷による供給過剰が多くの機関で予測されていた(図表2)。その後、新型肺炎の影響が顕在化し、供給過剰の深刻化が不可避であったところに、4月からはOPECプラスの協調減産も終了するとなれば、供給過剰にさらに拍車がかかることになる。
また、今回は特に協議決裂後のサウジの姿勢が特筆に値する。報道によれば、関係者の話として、「サウジは原油生産量を現行の日量970万バレルから4月に1000万バレル超へと増産する可能性が高く、サウジ当局者は過去最大の1200万バレルまで増産可能と語った」とのことだ(2020年3月8日付、Bloomberg)。サウジはこれまで率先して減産枠以上の減産を行ってきたが(図表3)、こうした姿勢を大きく転換し、シェアの拡大を目指す方針に転じたということになる。
今後の注目点
従って、今後まず注目されるのは、サウジの真意となる。今回増産方針に転換した背景には、これまで原油相場の下支えのために自国のシェアを大きく犠牲にしてきたにも関わらず、ロシアの協力を得られなかったことに対する怒りがあるのかもしれない。また、OPECプラスの減産による原油価格の下支えにただ乗りする形で米国のシェール業界がシェアを伸ばしてきたことも面白くないだろう。
サウジは既述のとおり、財政均衡のために必要な原油価格は高いが、油田の採算コストは著しく低い。サウジがこの高い価格競争力を以て消耗戦を仕掛け、他国石油企業の生産撤退を狙っている可能性も排除できない。実際、サウジを中心とするOPECは2014年から15年にかけて、シェアを重視して減産に踏み切らなかったため、供給過剰感が強まり、2016年1月にWTIは26ドルまで急落した(図表4)。
今回もサウジが本気でシェア拡大を狙うのであれば、世界の供給過剰はさらに深刻化し、価格もさらに下がる恐れが高い。
一方で、サウジが増産方針を示すことで、ロシアも含め他の産油国に揺さぶりをかけている可能性もある。原油価格の下落はどの産油国にとっても望ましくはない。サウジの強硬姿勢、またはそれを背景とする原油価格の下落が、他のOPEC加盟国や非OPEC産油国の中で再度原油価格底上げのための協調減産に向けた機運を高めるかもしれない。
実際、2016年年初に原油価格が急落したことが主要産油国の生産調整の動きに繋がり、同年末にはOPECプラスでの協調減産の合意に繋がった経緯がある。従って、産油国の間で再度協調の動きが出てくるかどうかも注目され、こうした動きが出てくれば、原油価格は底入れに転じるだろう。
また、米シェール業界の生産動向も一つの注目点になる。カンザスシティ連銀によると、同連銀管内に所在する産油企業の直近の採算レート(WTIベース)は平均で50ドル台半ばであることから、現在の価格水準はシェール企業の採算を大幅に下回っていることになる(図表5)。
この結果、今後、米シェール業界の生産活動は鈍化するとみられる。世界的な供給過剰の抑制にどれだけ繋がるかがポイントになる。
日本への影響
原油価格の下落は、日本にとってはメリット、デメリットの両面がある。
メリットは、燃料費や光熱費の減少だ。原油価格が下落すれば、ガソリンや重油価格、電気代の下落といった形で家計や企業にとって恩恵が生まれる(図表6)。
しかし、一方でデメリットも大きい。原油を大量に備蓄する日本の石油業界では在庫評価損が発生するうえ、原油価格が下落することで、産油国経済や米エネルギー業界への不安が高まり、世界的な株安・(リスクオフの)円高に繋がりやすい。また、産油国は巨大な政府系ファンドを有し、世界中の株を大量に保有しているだけに、産油国の苦境が政府系ファンドの換金売りをもたらしかねないとの不安が株安圧力にもなる。
現在、既にこうした動きが表面化しているが、今後も原油価格が下げ止まらない場合は、一層株安・円高圧力が高まる可能性が高い。
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上野剛志(うえのつよし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 シニアエコノミスト
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