強制力のない「緊急事態宣言」でも、自粛は一気に広がる可能性

緊急事態宣言
(画像=PIXTA)

政府から、改正「新型インフルエンザ対策特別措置法」に基づく「緊急事態宣言」が発令されるのではないか、との観測が高まっている。宣言されると都道府県知事による、教育機関の閉鎖、不要不急の外出自粛、集会やイベントの開催制限といった措置が、法的根拠をもって実施できるようになる。

強制力が伴う措置には、患者の急増に対応する目的で臨時に医療施設を開設する場合や、必要物資の売り渡しを業者や生産者に要請する場合などが該当する。その場合、知事が必要と認めれば、所有者の同意が無くても、土地や建物を使用することができるようになり、建築基準法や消防法などの規制に従う必要もなくなる。また、衣料品や食料品などの売り渡しを求めた際、正当な理由なく指示に従わなかった場合は、罰則として30万円以下の罰金を業者などに科すこともできるようになる。一方で、強制的な措置で民間に損失が生じた場合は、国及び都道府県が補償するとの規定が設けられている。ただし、緊急事態宣言に基づく措置の多くは、国民に協力を求める“要請”と法的な履行義務を有するが罰則を伴わない“指示”であるため、イベントの開催中止や飲食店の閉鎖などに伴う損失は補償する規定が設けられていない。

感染拡大の収束が見通せない中で事態が長期化すれば、企業や個人は回復不可能なほど、深刻なダメージを受ける可能性がある。政府には、今後起こり得る最悪を想定したうえで、政策を前倒しで準備し、実行するようにしてもらいたい。

自粛拡大で予想される展開に、前倒しで対応を

感染爆発が日本に先行して起きた海外では、国内全体や都市などを指定して、住民の移動を厳しく制限する、いわゆる「ロックダウン(都市封鎖)」の措置が取られている。各国で実施された措置の内容を見てみると、教育機関の閉鎖や生活必需品の購入以外での外出禁止などで共通する点が多く、「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)」を取ることの有効性が改めて認識され始めている[図表1]。一方、移動制限を実施する期間や違反者への罰則などでは異なる点もあり、同じ国内でも地域によって異なる対応が取られているところもある。日本の場合、厳密なロックダウンを実施することは法律的に難しく、海外に比べて強制力の面では、かなり弱い措置になると見られる。しかし、規律を順守し、集団行動を得意とする日本の国民性を踏まえれば、それでも多くの国民は緊急事態宣言に従って、強く自粛した行動に移ると予想される。

緊急事態宣言
(画像=ニッセイ基礎研究所)

例えば、緊急事態宣言の対象に東京都および近接する4県(埼玉県、千葉県、神奈川県、山梨県)が指定されたとすると、その県内総生産は185.5兆円(1)と国内総生産の33.7%を占める。活動自粛で減少が見込まれる消費には、「外食・宿泊」「娯楽・レジャー・文化」「交通」などが挙げられるが、それら全てを合わせると家計最終消費支出の半分程度になる。従前、安倍首相は、緊急事態宣言による外出自粛の要請期間を「21日程度」と発言していた。従って、この期間を自粛が強まる期間と想定すれば、国内総生産は約2.8兆円、年間0.51%程度が減少する計算となる。感染拡大防止には、緊急事態宣言による措置は不可欠であるが、生じる痛みに耐える政策が、今後ますます必要とされるだろう。

緊急事態宣言
(画像=ニッセイ基礎研究所)

----------------------------
(1)数値は、内閣府「県民経済計算」(2016年度)に基づく。

まずはスピード重視、さらには補償の議論も

足元では、雇用の変調がすでに始まっている。3月末に公表された厚生労働省の「一般職業紹介状況」によると、2月の有効求人倍率は1.45倍(季節調整値)と前月比で▲0.04pt低下し、2年11カ月ぶりの低い水準となった。一時休業などの雇用調整を検討する事業者も増えており、解雇や雇止めで仕事を失う人が出てきているとの報道もある。雇用を守り、失業者を増やさないためにも、企業の経営をつなぐための支援が必要である。

3月28日の会見で安倍首相は、中小企業や小規模事業者向けの新たな給付金制度を創設し、ターゲットを絞った現金給付を国民に対して行っていくと表明している。これらの政策はスピード感が何よりも重要となるが、いつまで続くかわからない現状を踏まえれば、現在政府が否定している補償の議論も避けられないだろう。

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

矢嶋康次(やじま やすひで)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任
鈴木智也(すずき ともや)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究員・経済研究部兼任

【関連記事 ニッセイ基礎研究所より】
新型コロナ緊急事態宣言で何が変わるか-「ロックダウン」とはどういうものか
東京五輪 延期の公算-経済押上げ効果「2兆円程度」が剥落か
対応を急ぐ企業の資金繰り支援策-金融円滑化法の復活も検討される
新型コロナウイルス、第三弾の緊急経済対策はどうなるか?
新型コロナウイルス、迅速で先手に回る「経済対策」を