(本記事は、上村紀夫氏の著書『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

個人から組織への伝染

組織
(画像=sheff/Shutterstock.com)

●組織の活性度を決める3要素

ここからは、“伝染”に注目し、組織全体の活性について考えていきます。

組織活性とよく耳にしますが、それはどこから生まれるのでしょうか。

組織活性は個人活性の集合体であるため、個人活性同様、「心身コンディション」「働きやすさ」「働きがい」の3要素によるピラミッドで成り立っていると考えています。会社や部署、チーム、それぞれの集団でそもそもどのくらいマイナス感情を蓄積させている個人がいるのか、その個人に蓄積しているマイナス感情がどのくらい多いのか、それらが合わさってそのまま組織の活性度合に影響します。組織活性=個人活性の集合体、と捉えると非常にシンプルです。

個人活性と構造が同様ですので、一番下の「心身コンディション」は土台です。家でいう基礎でしたね。「心身コンディション」がグラつくと、「働きやすさ」や「働きがい」にも悪い影響を与えます。その逆もあり、「働きやすさ」や「働きがい」が乏しい場合でも、「心身コンディション」が悪化することもあります。相互に影響し合うからこそバランスが重要、というのも個人活性と同じです。

●組織内での伝染は避けられない

組織活性には個人活性と異なる点が二つあります。

一つ目は、個人の影響力の強さです。個人で発生したマイナス感情の蓄積が組織内で感染症のように広がり、組織活性全体に影響を与える、ということです。

二つ目は、対処の難しさです。個人活性だけで考えた場合、対処したい相手は明確なことから、ピンポイントでどう対応したら良いか考えられます。しかし、組織活性という広い視点で見た場合においては、誰かの個人活性を上げようとすると、組織内の他のメンバーに不公平感や怒りといったマイナス感情を生じさせ、結果他のメンバーの個人活性を引き下げてしまうリスクがある、ということです。

この二つの特徴が、組織活性への取り組みをするうえで大事なポイントとなります。メンタルダウンを例にとって考えてみましょう。

ある部署では、メンバーの一人がプライベートな要因でストレスを抱えており、その結果メンタルダウンを引き起こし休職しています。当然その人が担当していた業務は、他のメンバーがフォローをすることとなります。自分が担当している業務に追加して、休職しているメンバーの業務を巻き取ることで、業務負荷が増えて、疲れ、妬み、怒りといったマイナス感情が生じます。フォローする期間が長くなるにつれて、そのマイナス感情がどんどん蓄積し、「なぜ自分がこんな苦労をしなければならないのか」という思いが強くなり、働きづらさが悪化します。

この現象は、メンタル不調による休職だけでなく、復職のプロセスでも顕著に起こります。復帰してからしばらくの間は、上司を含めた周りのメンバーのサポートの中で、少しずつ平常運転に向けて負荷を増やしていくことが多いためです。

その過程で、復帰した本人が周りからの配慮への感謝を全く示さなかったり、配慮をあたかも当然の権利のごとく強く主張したり、また、いつまでも平常運転に戻せない状況が続いたりすると、組織内でのマイナス感情が蓄積し続け、組織活性の「働きやすさ」が低下し、復職のプロセスを監督している人事担当者に対してクレームが入ることもあります。特定のメンバーの個人活性(この例で言うと、「心身コンディション」と「働きやすさ」)のケアが、集団全体の組織活性(「働きやすさ」)を落としてしまう結果となった例です。

一人の個人活性の低下が他の人に悪影響を及ぼしていく。一人を救うための新たな施策によって、これまでそれほど個人活性の低下が目立っていなかった人たちにも、大きな影響が出てしまう……など、組織活性を考えるうえでは、マイナス感情の「伝染」に十分な注意が必要となります。

このように、個人活性と違い、組織活性は伝染の影響力を考える必要があります。

伝染とはつまり、周りのメンバーにマイナス感情が影響し、連鎖反応が起こりやすくなることです。その結果、会社が「離職」「メンタル不調」「生産性の低下」といった表面化した組織課題に意識を向けたころには、すでに事態は対処が難しい状況に至っているのです。

●伝染は離職にも影響する

「離職」は経営に大きなインパクトを与えます。組織という大きい枠組みで考えた際にも、離職パターンが存在します。離職と一言で言っても離職には種類がありますが、組織で考えた場合には、特に次の3タイプに注意が必要です。

・積極的離職:自分の希望を叶えるための離職
・消極的離職:今の環境から逃れるための離職
・離脱:心身の健康の悪化で働けなくなること

離職対策を考えるとき、多くの会社は「今ある人材をいかに定着させるか?」を考えがちです。しかし今起きている離職が、流していい離職なのか、止めるべき離職なのか、そもそも止められる離職なのかを判断せずに施策を講じる傾向があります。

私は離職がすべて「悪いこと」だとは考えていません。それは、会社にとって、離職以上に深刻な状態があると考えているからです。

●社員のための施策が「ぶら下がり化」を招く

会社にとって離職以上に深刻な状態、それは、「消極的定着」です。会社に不満はあるけれども転職しない・できない人たち(面倒くさい・他に移れるほどの実力がない等)による消極的定着、いわゆる「ぶら下がり」です。

こんな感じで働いている人はいませんか?

「会社は好きじゃない。でも転職してまでも環境を変えたいわけじゃない」
「会社も仕事もどうでもいいけど、人間関係や給与には不満がない」
「お金のために8時間を犠牲にしていると思えば我慢、我慢……」

これは「働きがい」が低下した場合に起きやすくなります。

「今年は離職者がほとんど出なかった」「直近で辞めそうな社員はいないはず」と安心していませんか?離職がなくとも注意が必要です。つまり、単に離職できない人々が、不満を抱えたまま居続けているかもしれないのです。ぶら下がり人材が増えていけば、モチベーションが高く優秀だった人材にまで悪影響を及ぼし、組織活性にとって大きなマイナスとなります。

近年は、離職を防ぐ目的で「働きやすさ」を改善する施策を導入している会社が多く見受けられます。ところが、もし、積極的離職が起きている組織ならどうでしょうか。いくら「働きやすさ」を改善させても離職は防げません。なぜならば、積極的離職は「働きがい」が失われたことで起こるため、「働きやすさ」を上げたところで、予防にはつながらないからです。それどころ、「働きやすさ」が増すことによる副作用として、“「働きがい」がなくても「働きやすさ」があるのであれば、会社に多少不満があったとしても、このまま居続けよう”という消極的定着=ぶら下がりが増加していきます。

その結果、組織活性が低迷しはじめ、「離職対策として導入した施策によって、ますます会社がダメになっていく」という不思議な現象が起こってしまいます。

代表的な例として、テレワークやフレックス制があります。それらは「働きやすさ」改善の施策として導入され、一般的には社員からは喜ばれ、働きやすい職場になったと多くの人からプラスの出来事として捉えられます。確かに、それらの施策の結果、「働きやすさ」が一時的に上がり、場合によっては「働きやすい会社」として認識されることで採用にも有利に働くかもしれません。

しかし、時間が経ってそれが当たり前になってくると、社員の当然の権利であるかのような捉えられ方に変わり、問題が生じます。例えば、直接交流でアイデアを出すためオフィスにて参加するよう決められたチームミーティングであっても、リモートでの実施を主張し始め、直接会話が発生しづらい状況を作り、組織内の雰囲気が悪化することがあります。そのような組織では、「働きがい」を優先する優秀な人材が積極的離職していき、「働きがい」よりも「働きやすさ」を求めて働く社員が定着してしまうことで、組織全体の活性が落ちてしまうことがあります。

仕事に対して前向きに取り組んでいる人の多くは、「働きがい」を重視しています。「働きやすさ」を過度に追い求めることは、「働きがい」重視の人材の離職につながることもしばしば起こる現象です。

一方、「働きがい」を増やす施策は、少し複雑です。「働きやすさ」への施策は、働きにくさを解消するという「マイナス状態をゼロに持っていく課題解決施策」である一方、「働きがい」の施策は、「自分の強みを活かす」とか「帰属意識を高める」といったように、「ゼロ状態をプラス状態に持っていく施策」です。そのため、具体的にどうすればいいのかわかりづらいのです。しかも、それらの施策は、人事担当の範疇を越えて、経営陣の判断が必要なテーマとなることも大いにあります。人事担当者としては「経営者に働きかけるよりは、とりあえず自分たちでできる施策を」となりがちで、結果として「働きやすさ」につながりそうな施策に飛びつくことも、よく起こります。

より良い組織にしていくために施策を講じる際には、会社や自分が所属している集団の組織活性が、今どうなっているかをよく観察し、「心身コンディション・働きやすさ・働きがい」の3要素のバランスを保ちながら、適した施策を通じて組織全体の活性を上げていくことが大切です。

「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?
上村紀夫(うえむら・のりお)
株式会社エリクシア代表取締役・医師・産業医・経営学修士(MBA)。1976年兵庫県生まれ。名古屋市立大学医学部卒業後、病院勤務を経て、2008年ロンドン大学ロンドンビジネススクールにてMBAを取得。戦略系コンサルティングファームを経て、2009年「医療・心理・経営の要素を用いた『ココロを扱うコンサルティングファーム』」として株式会社エリクシアを設立。これまで30000件以上の産業医面談で得られた従業員の声、年間1000以上の組織への従業員サーベイで得られる定量データ、コンサルティング先の経営者や人事担当者の支援・交流で得られた情報をもとに、「個人と組織のココロの見える化」に取り組む。心理的アプローチによる労使トラブル解決やメンタルヘルス対策の構築、離職対策のコンサルティング、研修、講演などを行う。

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