(本記事は、上村紀夫氏の著書『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)

幸福で傷んだ組織を救えるか?

幸福度
(画像=Viktoriia Kotliarchuk/Shutterstock.com)

●病巣に向き合わない、という選択肢

「組織課題を解剖し、マイナス感情の蓄積で生じた『病巣』を丁寧に取り除くことで、組織活性および個人活性を高く保つことができ、社員が活き活きと働く環境を実現できる」

私はそう考えています。

その一方で、「病巣をあえて取り上げず、従業員の幸福度を上げることだけに集中することでマイナス感情は最小化でき、離職やメンタル不調の問題も解決できる」という考え方もあります。

社員の幸福度が上がれば、そうした課題は解決できるのでしょうか。ここでは、これまでの振り返りを兼ねて、「社員の幸福を上げる施策とターゲティング戦略の関係性」について考えていきます。

●社員の幸福度を上げることで、組織が得られる効果とは?

社員の幸せと組織パフォーマンスの関連は多くの研究で取り上げられています。例えばユタ大学のテニー氏らによる2016年の論文では、社員の「主観的ウェルビーイング(心身の健康と幸せ)」が組織に好影響をもたらすことを明らかにしました。

「ウェルビーイング(well-being)」とは、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味しており、「幸福」と翻訳されることもあります。社員が自身の健康状態が良好で幸福だと感じることが、健康増進はもちろんのこと、欠勤の減少、自制心の上昇、モチベーションの上昇、創造性の増加、良い人間関係、離職の減少など好影響をもたらし、それらの結果として、組織・個人の良いパフォーマンスにつながるのだろう、と論文の中で結論付けられています。

経営として「社員の幸せ」を考えることで、個人のみならず組織のパフォーマンスを高めていく、というのが幸福追求型の組織マネジメントとなります。

組織が社員に求めているのは、突き詰めれば、活き活きと能力を発揮し、会社に貢献してくれることに尽きます。そのためには、社員を幸福にするような施策が必要だと考えるのは当然の流れで、この5年ほど、日本でも組織活性に関連させた幸福論が度々取り上げられてきました。

●「社員に幸せになってもらう作戦」にも盲点が……

社員の幸福が組織活性化につながることは確かでしょう。それでは、組織として社員幸福度を追求する施策に取り組めば、離職や欠勤、モチベーション低下などの問題が本当に改善するのでしょうか。

答えはNOだと私は考えています。

離職や欠勤、モチベーション低下などの問題が起きている組織は、既にマイナス感情が蓄積した、病んでいる組織です。「すでに幸せな組織で働いている人」をさらに幸せにするための施策なら効果はあるでしょうが、「すでにマイナス感情を多く抱えている人」に対して「みんなの幸福度を上げましょう!」という施策を行ったところで、それが社員のココロを動かすとはとても思えないからです。

今の時点で「幸せではない」状態なら、必ずマイナス感情が蓄積しています。そこで幸せ追及をはじめても、現実とのギャップが大きすぎるため、社員はかえって「シラケる」という現象が起こります。「今の状況で幸せなんてとても想像できないのに、会社は何を言っているんだ」という状態です。

現時点でマイナス感情を抱えている人が「幸せ」という高みを目指すのは、「背中に重りを抱えて山を登る」のと同じです。マイナス感情によって心身の状態が低下している人が、通常よりも大きなエネルギーを消費してまで山を登ろうとするモチベーションを見出すのは難しいもの。過度に「幸福の追求」を組織として押し付けようとすると、「重りを抱えた登山を強いられている」ような感覚を社員が持つのは当然の流れです。この現象が起こると、社員は会社に対して不信感を持ち、ストレスが増加する、ということもよく起こっています。

つまり、「いっぱい幸せを提供しさえすればみんなハッピーになる」というわけではないのです。マイナス感情が蓄積している職場に対し、マイナス感情を無視して、プラス感情を生み出しそうな施策を行っても、プラス感情が蓄積することはほとんどありません。マイナス感情がプラス感情に変換される可能性もほとんどありません。

そもそも、長期間蓄積されてなかなか消失しづらいマイナス感情とは異なり、プラス感情は一時的な効果しかなく、蓄積しづらいという性質があります。

「多くのプラス効果は一時的であり、良いこと=当たり前になりやすい」という特性を考えると、「ポジティブな施策を足してプラス感情を蓄積させ、幸せをもたらす」ということがいかに難しいかおわかりいただけるかと思います。

さらに厄介なことに、プラス感情を生み出すための施策を過度に打ち出してしまうと、その状況に満足し「ぶら下がり」人材が増えるリスクがあります。表面は幸せそうでも、真の意味で組織活性を上げることに直結しづらいのです。

「幸福度の追及」をするのであれば、何かを足してプラス感情を生み出すことからスタートするのではなく、組織の病巣であるマイナス感情の蓄積を解消すること、つまり重りを取り除くことからスタートすることが最も効果的な施策となります。

「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?
上村紀夫(うえむら・のりお)
株式会社エリクシア代表取締役・医師・産業医・経営学修士(MBA)。1976年兵庫県生まれ。名古屋市立大学医学部卒業後、病院勤務を経て、2008年ロンドン大学ロンドンビジネススクールにてMBAを取得。戦略系コンサルティングファームを経て、2009年「医療・心理・経営の要素を用いた『ココロを扱うコンサルティングファーム』」として株式会社エリクシアを設立。これまで30000件以上の産業医面談で得られた従業員の声、年間1000以上の組織への従業員サーベイで得られる定量データ、コンサルティング先の経営者や人事担当者の支援・交流で得られた情報をもとに、「個人と組織のココロの見える化」に取り組む。心理的アプローチによる労使トラブル解決やメンタルヘルス対策の構築、離職対策のコンサルティング、研修、講演などを行う。

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