欧州委員会の提案は7500億ユーロの復興の枠組みと1.1兆ユーロの中期予算枠組み

5月27日、欧州委員会は、4月23日の首脳会議で託されたコロナ危機克服のための復興基金(Recovery Fund)」に相当する7500億ユーロの復興のための時限的な枠組み「次世代のEU(Next Generation EU、以下では「基金」と表記)」と1.1兆ユーロ(1)の21~27年のEU予算の新たな中期予算枠組み(Multi- year financial Framework、以下MFF)の提案を公表した。

基金とMMFは、一体のものである。基金の財源は、一時的にEUの財源の上限を国民総所得(GNI)の2%まで引き上げ、21年から24年にかけて、EUがMMFでの各国の財源拠出のコミットメントを担保に償還期間3年~30年の新発債を発行し調達する。返済は、2028年~58年にかけてEU予算から返済する。

今回の提案では、MFFに関しては、今年2月の首脳会議にミッシェル常任議長が妥協案として提示したものよりは増額されているが、18年の欧州委員会の当初提案にり規模は小さい。

コロナ危機対応の改正提案は、基本的に基金の創設に関わるものである。

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(1)2018年価格

5400億ユーロの政策パッケージは危機対応が目的、基金とMMFは経済再起動が目的

EUは、すでにコロナ危機対策として3兆3900億ユーロ、EU27カ国のGDPの24.4%相当、ユーロ圏19カ国の28.5%相当の経済対策を準備している(図表1)。

既存の対応のおよそ8割は、加盟各国が実施する財政措置と流動性支援だ。感染拡大抑制のための行動制限が、企業や家計の破綻、雇用の喪失を引き起こし、恒久的なダメージとして残らないよう用意したものだ。財政措置の規模は、GDP比で見てもドイツが最大だ。EUでは、コロナ危機対応で、政府援助のルールの柔軟化を決めたが、これまでの援助の半分はドイツが占め、る。コロナ以前の経済活動や雇用の水準、新型コロナによる人口当たりの死亡者数や、感染拡大抑制のための行動制限の強度、あるいは影響が最も深刻な観光業への依存度など、様々な角度から見たコロナ危機の衝撃の大きさと必ずしも一致しない。加盟国間での財政余地の差を反映している。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

財政余地の制約から、十分な政策対応に動けない国を支援するためにEUが用意した枠組みは残る2割に相当する。その大部分を構成するのが4月9日のユーログループ(ユーロ圏財務相会合)で合意し、同月23日の首脳会議が承認した危機対応のための総額5400億ユーロの3つの安全網を構築する政策パッケージだ(2)。

ここまでの政策は、コロナ危機の第一段階の危機対応を目的とする。

今回の基金とMMFの提案は、2021年以降の感染拡大収束期と収束後の経済の再起動、復興の段階に照準を合わせる。

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(2)4月のユーログループの合意内容については、Weeklyエコノミスト・レター2020-4-21「欧州のコロナ危機-手探りの制限緩和、試される連帯-」(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64270?site=nli)をご参照下さい。

基金は南欧が要望し独仏が提案した補助金と倹約4カ国が求めた融資の組み合わせ

EU加盟国の間では、コロナ危機からの復興のための時限的な基金の創設の必要性については、広く賛同が得られていたが、具体的な制度設計については、欧州委員会の提案前から加盟国間の見解の相違が表面化していた。コロナ危機の打撃が大きく、財政余地が乏しい「南部欧州」は、復興基金からもEU予算と同じく「補助金」として配分を求めた。これに対して、「北部欧州」は、加盟国からの拠出金など独自財源に基づくEU予算と別に、EUとして市場で調達をする資金については、「融資」として配分すべきと主張した。欧州委員会の提案を前に、5月18日には、ドイツとフランスが「補助金」方式の5000億ユーロの復興基金を共同提案し、23日には、オーストリア、オランダ、デンマーク、スウェーデンの「北部欧州」の通称「倹約4カ国(frugal four)」が改革の実行を条件とする「融資」方式の対案を提示していた。

欧州委員会の提案の基金の7500億ユーロは、独仏が共同提案した「補助金」方式の5000億ユーロと倹約4カ国が求める「融資」方式を組み合わせた形となる。

開発と投資のための補助金の4割はイタリア、スペインに配分、南欧・中東欧に厚い

欧州委の提案では、3100億ユーロの補助金と融資の2500億ユーロの合計5600億ユーロと全体の4分の3を、グリーン化、デジタル化の改革・投資を支援する資金の枠組み「回復と強靭さのファシリティ―」に配分する。

補助金の配分は、人口、一人当たりGDP、2015~2019年のEU平均失業率に対する超過度を基準とし、一定の上限を設ける。欧州委員会が28日に公表した資料によれば、補助金の受取可能額はイタリアが最多の684.8億ユーロ、スペインが665.8億ユーロで、この2カ国で全体のおよそ4割、347.6億ユーロのフランスを加えた3カ国では全体の5割を占める(図表2)。対GDP比で見ても、スペインは5.3%、イタリアは3.8%で、共にコロナ危機への対応として、これまでに準備した財政措置の金額を上回る。

対GDP比では、EU27カ国でクロアチアが最も高い12.3%、ブルガリアが10.9%、ギリシャが10.3%と続く。南欧と共に中東欧に厚い。補助金は、すべての加盟国に配分されるが、所得水準が高く、失業率がEU平均を下回ってきた倹約4カ国の場合、対GDP比でオーストリアは0.8%、オランダ0.7%、デンマーク0.6%、スウェーデン0.9%である。EUの資金調達の裏付けとなる21~27年のMFFのために、南欧や中東欧は、各国が拠出する金額を大きく上回る純受取国となり、ドイツや倹約4カ国の信用力がこれを支える形となる。

2500億ユーロの融資枠は、長期の低コストの資金として改革と公共投資のために、各国のGNIの4.7%まで利用でき、例外的な状況での増額も可能である。

欧州委員会の提案では、ファシリティーの利用にあたって、各国は改革・投資計画を提出し、欧州委員会が審査を行い、資金の配分は、計画で定めた目標が達成されてからとなる。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

格差是正策も強化

欧州委員会の提案には、格差是正のための結束政策を補強する「REACT―EUイニシアチブ」への500億ユーロも盛り込まれた。労働市場、医療、中小企業の流動性・支払い能力支援、グリーン化、デジタル化移行に不可欠な投資のための枠組みである。本稿執筆時点では具体的な配分については公表されていないが、危機の経済・社会への影響の深刻さに応じて、若年失業率や相対的な繁栄の度合いなどを考慮して配分するとされている。やはり、中東欧と南欧への配分が厚めとなることが想定される。

その他、企業の支払い能力回復の枠組み(260億ユーロ)、既存の「INVEST EU」基金の増強(303億ユーロ)、温室効果ガス排出の多い地域の脱化石燃料化を促進するための「公正な移行基金」や農家や農村のグリーン化対応を促す「欧州農業基金」、その他EUの既存のプログラムや新設を予定するプログラムの強化にも充当する。

大型の基金を後押しした危機意識

欧州委員会が提案した基金は、単なる景気刺激ではなく、構造転換の促進も狙いとする。

背景には、過去の成長戦略の成果が十分にあがらず、このままでは、米中の二大国の対立の狭間に、EUが埋没しかねないという危機意識の高まりがある。世界金融危機後の不況期、ユーロ危機の拡大期の2010年に始動したEUの10カ年の成長戦略「欧州2020」では、雇用を重視すると同時に、気候変動対応と格差是正の両面で持続可能(サステナブル)な成長を目指す傾向が強まった。そこで、雇用、R&D投資、気候変動とエネルギー、教育、貧困と社会的排除の5つの領域で8つの目標(エネルギー効率を2つの指標とした場合は9つの指標)を掲げたものの(3)、多くの指標が未達に終わる見通しだ。

コロナ以前から、EUの基盤を揺るがす問題となっていたEU加盟国内とEU加盟国間の2つの格差が、コロナ危機で一段と拡大し、単一市場や単一通貨圏が持続不可能となることも阻止する必要がある。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(3)EUの成長戦略ならびに欧州グリーンディールについてはWeeklyエコノミスト・レター2020-2-14「動き出した欧州グリーンディール?新しさと既視感。日本も無関係ではない-」をご参照下さい。

全会一致までの様々なハードル

基金もMMFも立ち上げには首脳会議の全会一致が必要だ。欧州議会の同意、EU予算への財源拠出についての全加盟国での批准手続きも必要になる。欧州委員会は、21年初からのMFFの始動に必要な手続きのため、7月までに首脳会議での政治合意を求めているが、全会一致までには、様々なハードルがある。

欧州委員会の提案を、イタリア、スペインなど補助金からの受取りが多い南欧は歓迎している。中東欧にとっても基金を通じた補助金の増額は朗報だろう。独仏は、共同提案が叩き台になったと前向きに受け止めているが、調整すべき点は多いと慎重な姿勢をとる。「倹約4カ国」は、基金を一回限りの枠組みとする点を歓迎しつつ、融資を原則とすべきとの立場は維持、やはり提案の内容を精査する方針だ。

基金に関しては、全体の規模、補助金と融資の割合、補助金の配分ばかりでなく、利用条件も重要なポイントだ。

返済原資を巡る議論もある。欧州委員会の提案には、加盟国の負担を権限できるよう、国境炭素税やデジタル税、リサイクル不可のプラスチック課税などをEUの独自財源とするというものもある。独自財源の拡張は、18年に欧州委員会が提案したMMFの当初案にも盛り込まれ、加盟国政府が抵抗してきた分野であり、提案通りの決着は難しいだろう。

来月19日には首脳会議が予定されているが、一気に合意には至らず、輪番制のEU議長国がクロアチアからドイツに替わる7月以降に持ち越されるかもしれない。

妥協点を探る攻防の結果、期待された効果が削がれるおそれも

5400億ユーロの政策パッケージでも南北の見解の対立があったが、最終的には妥協が成立した。「南部欧州」は条件なしの支援、「北部欧州」は条件付きの支援を主張、結局、欧州安定メカニズム(ESM)に新設する「パンデミック危機支援」は、医療、予防、治療のための直接、間接のコスト、「失業リスク軽減の緊急枠組み(SURE)」は、雇用維持のための制度の拡張や新設に限るという使途制限で、条件は付けないことで決着した。

5400億ユーロの安全網に早い段階で合意した意義は大きいが、現実の利用は伸びない可能性はある。「パンデミック危機支援」もSUREも、加盟国の保証により調達した資金が原資となる融資の枠組みだ。財政基盤が強固で、調達コストの低い国にとっては、そもそも利用するベネフィットがない。調達コストが割高で、資金調達に関する潜在的な不安がある国にとっては利用のベネフィットはあるが、「スティグマ(汚名問題)」のリスクを埋め合わせることができるか不確かだ。

今回新たに創設する基金を巡っても、妥協点を探る攻防の結果、利用に関わる制約が強まり、資金が有効に活用できず、期待された効果が削がれるおそれもある。

基金はユーロ圏の財政統合とは区別が必要だが、象徴的な意味は大きい

今回の基金は、ユーロ圏の財政統合への歩みとは分けて考える必要がある。そもそも基金は、ユーロ圏ではなく、EU全体をカバーする枠組みだ。

それでも、基金のためのEUの資金調達は、異例の大規模で、コロナ危機の打撃が大きい国に補助金で配分することになれば、EUの連帯の象徴としての意味は大きい。

基金が欧州委員会の提案の規模に届かないとしても、向こう数年間、EUの政策の財源の裏付けは、今までよりも厚くなるだろう。グリーン化、デジタル化、格差是正という政策課題の取り組みを促す可能性もあるだろう。基金とMMFの21年始動に向けた議論が、どのような方向で着地するのか、引き続き注目したい。


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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事

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