(本記事は、伊藤丈恭の著書『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています)

売り上げ増に欠かせない、「顧客が商品で片づけようとしているジョブは何か」の視点

ミルクシェイク
(画像=thanakorn/stock.adobe.com)

朝のミルクシェイク

90年代の半ば、デトロイトのコンサルタントがふたり、当時、発表されたばかりの破壊的イノベーション理論をより深く知ろうと、HBSの研究室を訪ねてきた。ボブ・モエスタと当時のパートナー、リック・ペディは、新商品を開発中のベーカリーやスナック食品企業にアドバイスする、ニッチ・ビジネスを立ち上げているところだった。

破壊理論でも論じたように、市場で確固たる地位を築いていた企業が、小さなベーカリーやスナック食品企業からの脅威に直面したときにどう行動するかは、この理論で明確に予測することができ、原因と結果の関係が提示される。しかし、前述のとおり、破壊理論は、どんな行動をとれば企業が成功できるかの因果関係を明確かつ完全に説明するロードマップではない──「これ」をして、「あれ」をしなければ、うまくいきますよ、とはならないのだ。私の見るところ、足元のぐらついた既存企業を新参者が破壊しようともくろんだとしても、その意図を果たせる適切なプロダクト/サービスを新参者が正確につくれる見込みはパーセントを下まわる。多く見積もってもだ。

何年にもわたり偉大な企業がなぜ倒れるのかを理解しようと研究してきたものの、思えば逆方向の課題、すなわち「成功する企業は、そこに至る成長の道筋をどのように知るのか?」に取り組んだことはなかった。

ようやく答えを得たときには年単位の時間が経っていた。

以前、ボブ・モエスタといっしょにファストフード・チェーンのプロジェクトにたずさわったことがある。「どうすればミルクシェイクがもっと売れるか」。その答えを求めて、このチェーン店は、すでに数カ月をかけて驚くほど詳細に調査していた。ミルクシェイクを買う典型的な客のプロファイルに合致する人を呼び止め、彼らはこう質問を浴びせた。「どんな点を改善すれば、ミルクシェイクをもっと買いたくなりますか?値段を安く?量を多く?もっと固く凍らせる?チョコレート味を濃く?」。それから、回答者のフィードバックに応えて、いちばん数の多い潜在的ミルクシェイク購入者層を満足させるイノベーションを何度か試してみた。数カ月後、何が起きたか?まったく何も起こらなかった。売る側があれこれ努力しても、そのチェーン店のミルクシェイクの売上に変化はなかったのだ。

そこで調査チームの私たちは、まったくちがう方向から課題に取り組もうと考えた。「来店客の生活に起きたどんなジョブ(用事、仕事)が、彼らを店に向かわせ、ミルクシェイクを〝雇用〟させたのか」

これはおもしろい切り口だと感じた。来店客はたんにプロダクトを買っているのではない。彼らの生活に発生した具体的なジョブを、ミルクシェイクを雇用して片づけているのだ。特定の商品を買う、という行為を引き起こさせる原因は、われわれの誰にでも毎日起きている。日々の生活のなかで片づけたいジョブが発生し、それを解決するために何かを雇用する。

この観点のもと、調査チームはある日、店頭に18時間立って客を観察した。ミルクシェイクを買う時間帯は?彼らの服装は?来店時はひとりか?ほかの品もいっしょに購入したか?店内で飲むのかテイクアウトか?

観察してわかったのは、午前9時まえにひとりでやってきた客に売れるミルクシェイクが驚くほど多かったことだ。購入客のほとんどがミルクシェイクだけを買い、店内では飲まず、車で走り去っていた。チームは客に尋ねてみた。「すみません、ちょっと教えてください。どういう目的(ジョブ)のためにあなたはこの店に来てミルクシェイクを買ったのですか?」

はじめのうち、客たちは質問にとまどっていた。そこで、ミルクシェイクでなければほかに何を買うつもりかを訊くことにした。すぐ明らかになったのは、早朝の顧客は誰もが同じジョブを抱えていたということだった──「仕事先まで、長く退屈な運転をしなければならない」。だから、通勤時間に気を紛らわせるものがほしい。しかも、いまはまだ腹はすいていないが、あと1、2時間もすればそうなることがわかっている。このジョブを片づけられるライバルはたくさんいても、完璧にこなせるものはほかになかった。ある客は言った。「ときにはバナナを食べますよ。だけどバナナじゃだめなんだなあ。すぐに食べ終えてしまうから。で、結局、また腹が減ることになる」。ドーナツはくずが落ちるし、手が油でべとべとして、運転中に服やハンドルをよごしてしまう。ベーグルはぱさぱさしていて味がないし、チーズやジャムを塗ろうと思ったら膝で運転しなければならなくなる。また別の客はこう言った。「スニッカーズにしたこともあったんだけど、朝食に甘いお菓子なんてなんだかうしろめたくて......一度でやめたわ」。でもミルクシェイクなら?ミルクシェイクはたくさんのライバルを蹴落としトップに輝いた。どろりとしたミルクシェイクを細いストローで飲み終わるまでには長い時間がかかる。朝食と昼食のあいだにふいに感じる空腹をかわすのに充分な量がある。通勤途中のある客は、「そう、ミルクシェイクだ。濃いからさ!ストローだと20分ぐらいかかる。中身がどうとか、知ったことじゃない──おれはね。昼飯まで腹がもてばいいんだ。車のカップホルダーにもぴったりだし」と言って、空の手で飲む仕種をした。つまりミルクシェイクは、客が思い浮かべるバナナやベーグルやドーナツ、栄養バーやスムージー、コーヒーなど、競争相手のどれよりもこのジョブをうまく片づけるのだった。

すべての回答をまとめ、客の人物像を分析したところ、新たなことが判明した。ミルクシェイクを買う人たちのあいだに、人口統計学的な共通要素はなかった。彼らに共通するのはただ、午前中に片づけたいジョブがあることだけだった。「朝の通勤のあいだ、ぼくの目を覚まさせていてくれて、時間をつぶさせてほしい」

答えを見つけた!
 と思ったが、話はそう単純ではなかった。

ミルクシェイクは午後や夜にも、そして通勤客以外にも、大量に買われている。これはつまり、まったくちがうジョブのためにミルクシェイクを雇用する可能性があるということだ。たとえば、小さい子どもをもつ親たち。親はわが子に対して、一日じゅう、何度も何度も「ノー」を言いつづけている。「ノー、新しいおもちゃは買わない」「ノー、夜更かしはいけません」「ノー、犬を飼うなんて絶対だめだぞ!」。私自身もこうした親のひとりであり、わが子と温かく触れ合える機会を求めていた。自分を寛大で愛情あふれる父親と思えるような、「イエス」と言える機会を。ある日の夕方、私は息子といっしょに列に並んでいる。順番が来ると息子は私を見上げて──小さい男の子にしかできない仕種でこう言う。「パパ、ミルクシェイクもいい?」。その瞬間がやってきた。ここは自宅ではない。食事まえにスナック菓子を食べさせないと約束している妻はいない。息子に「イエス」と言っていい、特別な場所だ。私は少しかがんで手を息子の肩に置いて言う。「いいとも、スペンス、ミルクシェイクを頼もう」。その瞬間のミルクシェイクにとっては、朝とはちがい、バナナもスニッカーズもドーナツも競合相手ではない。ミルクシェイクのライバルは、玩具店に立ち寄ること、あるいはあとで時間をつくってキャッチボールをすることだ。

このジョブは朝の通勤者のジョブとはずいぶんちがうし、ジョブの片づけ方もちがう。ファストフード店が私のような父親を呼び止めて、「当店のミルクシェイクをもっと多くお買い上げいただくには、どういう点を改善すればよいでしょうか?」とアンケート調査をされたら、父親はなんと答えるだろうか。朝の通勤者の答えと同じだろうか。

朝のジョブには、退屈な通勤時間をなるべく長く埋められるように、より濃厚なミルクシェイクが好まれる。フルーツを加えるのもひとつの方法だが、それは健康にいいという理由からではない。ヘルシーさはミルクシェイクが雇用される理由ではない。フルーツや小さなチョコレートを足せば、ストローで吸うたびにちょっとした驚きがあり、通勤時間を退屈させないことに役立つからだ。接客カウンターの奥に置いてあるミルクシェイクマシンを手前に移して、専用の操作カードを配布しておくのもいいだろう。そうすれば、朝の通勤者は店に入って、カップにミルクシェイクを自分で入れ、すぐに店を出ることができる。

だが、私という人間は同じでも、夕方には状況がまったく変わる。夕方の〝子どもにいい顔をしてやさしい父親の気分を味わう〟ジョブは朝とはまるでちがう。夕方のミルクシェイクは、半分のサイズでいいのではないか。さっと飲み終えて、父親のうしろめたい気持ちが短時間ですむように。このファストフード店がミルクシェイクを一般的な意味でよりよいものにすること──もっと濃く、甘く、大きく──だけに目を向けてきたのなら、分析の方向がずれていたわけだ。企業がたんに、父親や通勤者たちの反応を平均化しようとしただけなら、どちらのジョブも片づけられない、いわば〝帯に短しタスキに長し〟的な新商品しか生まれないだろう。

ここに「ああそうか!」のひらめきがある。

同じ日のうちに、通勤者と父親は、まったく異なる状況下で、ミルクシェイクをまったくちがうジョブのために雇用した。それぞれのジョブの競合相手はまったく異なる。朝の通勤時間帯なら、ライバルはベーグルや栄養バー、フレッシュジュースなどで、夕方なら、玩具店に立ち寄ることや、急いで自宅に帰ってバスケットボールをして遊ぶことなどだ。ミルクシェイクが最高の解決策と判断された結果は同じでも、そこに至る基準はまったくちがっている。ということは、ファストフード・チェーンがミルクシェイクをもっと売りたいと考えた場合に、探す方法はひとつではないということになる。〝ひとつですべてを満たす〟万能の解決策は結果的に何ひとつ満たさないのだ。

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
クレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)
ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。9冊の書籍を執筆し、ハーバード・ビジネス・レビュー誌の年間最優秀記事に贈られるマッキンゼー賞を5回受賞。イノベーションに特化した経営コンサルタント会社イノサイトを含む、4つの会社の共同創業者でもある。「最も影響力のある経営思想家トップ50」(Thinkers50、隔年選出)の2011年と2013年の1位に選出。

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