(本記事は、クレイトン・M・クリステンセンの著書『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています)

売り上げを伸ばすために絶大な効果をもたらす「ジョブ理論」の全貌

理論
(画像=PIXTA)

ジョブの定義

ジョブ理論の中核には、単純だが強力な知見が込められている。顧客はある特定の商品を購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に引き入れるというものだ。この「進歩」のことを、顧客が片づけるべき「ジョブ」と呼び、ジョブを解決するために顧客は商品を「雇用」するという比喩的な言い方をしている。この概念を理解すれば、顧客のジョブを発見するという考え方が直観的にわかるようになる。ここで、ジョブ理論を構成する要素について解説しておこう。

■進歩

われわれはジョブを、〝ある特定の状況で人が遂げようとする進歩〟と定義する。重要なのは、顧客がなぜその選択をしたのかを理解することにある。ゴールへ向かう動きを表すため、あえて「進歩」ということばを選択した。ジョブとは進歩を引き起こすプロセスであり、独立したイベントではない。進歩は、特定の問題を苦労して解決するという形をとることが多いが、それはひとつの形態にすぎない。苦労や問題を伴わないジョブもある。

■状況

ジョブの定義には「状況」が含まれる。ジョブはそれが生じた特定の文脈に関連してのみ定義することができ、同じように、有効な解決策も特定の文脈に関連してのみもたらすことができる。ジョブの状況を定義するにあたり、重要な質問はたくさんある。「いまどこにいるか」「それはいつか」「誰といっしょか」「何をしているときか」「分前に何をしていたか」「次は何をするつもりか」「どのような社会的、文化的、政治的プレッシャーが影響を及ぼすか」などだ。ここでいう「状況」とは、その他の文脈上の要素、たとえば、ライフステージ(学校を卒業したばかりか、中年期の危機に陥っているか、もうすぐ定年か)や、家族構成(既婚、未婚、離婚?乳幼児が家にいるか、親の介護が必要か)、財政状態(債務過多?超富裕層?)などに拡大することができる。ジョブを定義するのに(その解決策を見つけるためにも)状況が不可欠なのは、なし遂げたい進歩の性質が状況に強く影響されるからだ。「状況」は片づけるべきジョブ理論の根幹である。われわれの経験に照らすと、マネジャーたちはたいてい状況を考慮しない。むしろ彼らは、イノベーションを探索する旅のなかで、次の4つの原則にとらわれる。

・プロダクトの属性

・顧客の特性

・トレンド

・競争反応

これらのカテゴリは、最もありがちなものを抜き出しただけであって、どれが悪いとかまちがっているというものではない。だが、こうした原則を追求するだけでは不充分であり、顧客の行動を予測することはできない。

機能面、社会面、感情面の複雑さ

さらに、ジョブには複雑さが内在する。機能面だけではなく、社会的および感情的な側面もある。多くのイノベーションにおいて、その焦点が機能性や実用的なニーズのみに向けられていることは珍しくない。だが現実には、消費者の社会的および感情的なニーズが、機能的な欲求よりもはるかに大きいことがある。子どもを預ける人を雇う場合を考えてみるとよい。機能面もたしかに重要だ(自分の生活に合う場所とやり方でわが子を安全に世話してくれるだろうか?)が、おそらく、社会面と感情面のほうが、選択に大きな影響を与えるだろう(誰になら安心してわが子を任せられるか?)。

ジョブとは何か

ジョブの基本定義は以下のとおりだ。

・ジョブとは、特定の状況で人あるいは人の集まりが追求する進歩である。

・成功するイノベーションは、顧客のなし遂げたい進歩を可能にし、困難を解消し、満たされていない念願を成就する。また、それまでは物足りない解決策しかなかったジョブ、あるいは解決策が存在しなかったジョブを片づける。

・ジョブは機能面だけでとらえることはできない。社会的および感情的側面も重要であり、こちらのほうが機能面より強く作用する場合もある。

・ジョブは日々の生活のなかで発生するので、その文脈を説明する「状況」が定義の中心に来る。イノベーションを生むのに不可欠な構成要素は、顧客の特性でもプロダクトの属性でも新しいテクノロジーでもトレンドでもなく、「状況」である。

・片づけるべきジョブは、継続し反復するものである。独立したイベントであることはめったにない。

ジョブでないもの

適切に定義されたジョブはイノベーションの青写真になる。これは従来のマーケティングでよく言及される「ニーズ」とは大きく異なる。ジョブはそれよりはるかに細かい明細化を伴うからだ。ニーズはつねに存在し、漠然としている。「私は食べる必要がある」という表明は、ほぼつねに真実である。「健康的でいたい」や「定年後に備えて貯蓄する必要がある」も同様だ。これらが消費者にとって重要なのはたしかだが、そのニーズをどのように満たすのかはぼんやりした方向性しか示されない。ニーズはトレンドに似ている──方向性を把握するには有益だが、顧客がほかでもないそのプロダクト/サービスを選ぶ理由を正確に定義するには足りない。食べる必要があるというだけでは、いくつかの解決策からたったひとつを選び出す理由、解決策のどれかを自分の生活に引き入れる理由にはならない。私は食事を抜かすことがある。であれば、ニーズだけではすべての行動を説明できない。逆に、まったく空腹でなくても食事をする理由はいくらでもある。

一方、ジョブは、はるかに複雑な事情を考慮する。何かを食べる必要があるという状況と、その時点で重要でないその他のニーズは、激しく変化しうる。ミルクシェイクの例に戻ってみよう。生活のなかで生じたジョブを解決するために、私はミルクシェイクを雇用するかもしれないが、ほかのどれでもなくミルクシェイクを選ぶに至る理由は、そのときの特定の状況で作用するニーズが集合したものである。そのなかには、たんなる機能的あるいは実用的なニーズだけではなく(腹がすいたから朝食に何かとりたい)、社会的・感情的なニーズもある(長く退屈な車通勤の時間にちょっとした楽しみがほしい。でも、早朝にミルクシェイクを片手にしている姿を同僚に見られるのは恥ずかしい)。そうした状況では、いくつかのニーズがほかより高い優先度をもつ。たとえば、朝の通勤時ならファストフード店のドライブスルーへ(誰かに見られないように)ハンドルを切るかもしれない。だが、異なる状況──息子といっしょで、夕食まえで、やさしい父親の気分になりたい──では、これらのニーズの相対的な重要さが変動し、別の理由からミルクシェイクを雇用したくなるかもしれない。あるいは、ミルクシェイクではない、まったく別の解決策に転換するかもしれない。

数多くのすばらしい発明品は、ごく一般的なニーズを満たすためだけにつくられてきた。たとえば〈セグウェイ〉。ディーン・ケーメンによって発明された、搭乗者が重心のバランスで操縦するこの電動二輪車は、発売まで全容がほとんど明らかにされなかったこともあって、当時のメディアは交通手段を一変させるすごい乗り物が出るらしい、と大騒ぎだった。だが蓋を開けてみれば、大方の見方ではセグウェイは失敗作だった。もともとセグウェイは、個人の交通手段の効率を高めるというニーズをもとに考案された。だが、誰のニーズだったのか?いつ?なぜ?どのような状況で?人が別の場所へ効率よく移動しようとする場合、ほかに問題になることは?セグウェイはクールな発明品だったが、多くの人に共通する片づけるべきジョブを解決しなかった。いまでもボストン周辺の観光地や地元のショッピングモールでセグウェイを見かけることはあるものの、発売前の大騒ぎのわりには、ほとんどの人がセグウェイを自分の生活に引き入れたいと思わなかった。

ニーズの反対側に位置するものを、人生の指針と呼ぶことにする。ニーズと同様につねに存在し、生きていくこと全般にかかわるテーマである。よい夫になりたい、教会のよき信徒でありたい、学生の勉学意欲を引き出せる存在でありたい......どれも私が選択した人生のたいせつな指針だが、私の片づけるべきジョブではない。よい父親になりたい、ということは、私にとってだいじではあるが、ある商品をほかより優先して人生に引き入れるきっかけにはならない。したがって、私がよい父親になろうとしている特定の状況を把握せずに、企業が私の役に立つような商品やサービスを生み出すことはできない。私が何かを雇用して解決しようとするジョブは、進歩を妨げる障害物を特定の状況下で乗り越えるためのものである。

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
クレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)
ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。9冊の書籍を執筆し、ハーバード・ビジネス・レビュー誌の年間最優秀記事に贈られるマッキンゼー賞を5回受賞。イノベーションに特化した経営コンサルタント会社イノサイトを含む、4つの会社の共同創業者でもある。「最も影響力のある経営思想家トップ50」(Thinkers50、隔年選出)の2011年と2013年の1位に選出。

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