(本記事は、クレイトン・M・クリステンセンの著書『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています)

「無能な経営陣」以外に企業が消滅する要因は何か?

経営破綻
(画像=PIXTA)

成功はなぜ維持するのがむずかしいのだろう。

この質問は何年も私を悩ませてきた。キャリアの初期のころに、はじめはボストン・コンサルティング・グループの一員として、のちに、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授何人かといっしょに彼らの開発した先進素材を世に送り出すために設立したCPS社(現CPSテクノロジーズ社)のCEOとして、問題を抱えた多くの企業の近くで働く機会があった。さらに私は、多くの優秀な人材が、偉大な企業としてかつてもてはやされた組織の問題を解決できずにいるさまを間近で見てきた。

同じころ、ボストンの小企業だったディジタル・イクイップメント社(DEC)が世界中で称賛される企業に成長していくさまを目にした。DECの成功譚を読むと必ず、経営チームの才気と先見性がもてはやされている。だが1988年ごろから、崖から転がり落ちるように業績が悪化しはじめた。

なぜこれほどの惨状になったのかについて書かれた記事を読むと、今度は経営チームの無能さが責めたてられていた。それまでは長いあいだ、称賛をほしいままにしていた同じ経営チームだというのに。

はじめのうち私は「へえ、優秀な人たちがどうして一瞬で無能になったのだろう?」と考えた程度 だった。どういうわけか、ほとんどの人がDECの没落を、経営チームがあるときは非常に明晰であるときは凡庸だった、ととらえていた。だが、 〝無能な経営陣〟の仮説では、ほぼすべてのミニコンピュータ企業が世界中でいっせいに崩壊したことの説明がつかない。

そこで私は、博士号の取得のためにハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に戻ったときに、この謎に対する学問としての答えを見つけようと考えた。こうした偉大な企業が消滅するのに、無能な経営陣以外にどんな要素がかかわっているのだろう? 同じ経営陣がはじめは成功していたのは、 たまたま運がよかっただけなのか?当時在職していた経営陣は、時代に取り残され、古くさいプロ ダクトに頼り、機転の利く競合相手が出てきたらあっさりと道を譲ってしまったのか?すばらしい プロダクトと事業を新たに生み出すことは、そもそもギャンブルなのだろうか?

しかし、研究に没頭するうち、当初の仮説がまちがっていることがわかってきた。たとえ最高の経営陣が、すべてのことを正しく処理し、最善のアドバイスに従ったとしても、いったんは企業を市場のトップへ押し上げながら、やがて崖から転落しうることに気づいたのだ。研究対象に選んだディスクドライブ業界では、既存企業のほとんどが最終的に、値段が安くてはるかに低性能のプロダクトしかもたない新参者に打ち負かされていった。それらの、安くて低性能のプロダクトを私は「破壊的イノベーション」と呼んだ。

このときの研究がのちに、複雑かつハイコストなプロダクトが幅を利かせていた既存の市場や産業部門を、あるイノベーションがシンプルで使いやすく安価なプロダクトをもって転換させる──最終的には業界を完全に再定義する──現象を示す「破壊的イノベーション」の理論につながった。

中核にあるのは、イノベーションに対する競争反応を予測する理論である。当初はたいした脅威に思えなかったものへの既存企業の誤った反応を読み解き、破壊の危険にさらされている企業の振る舞いを説明し予測する。また、実績を重ねてきた既存企業が、まだ小さな兆しにすぎないイノベーションのなかでどれが破壊的脅威になりうるのかを予測する方法も示している。しかしながら、この理論は過去20年間以上、クレバーで新しく、野心的なものならなんでも破壊的イノベーションだと解釈を広げられ、誤って適用されてきた。

破壊的イノベーション理論は、新しい機会をどこで見つければよいかを教えるものではない。業界のトップにいるリーダーたちを追いやるようなイノベーションを企業はどんなふうに生み出すべきか、あるいは、どこに新しい市場をつくるべきかを解説してくれるものでもない。一か八かのイノベーションで挫折しないための方法は教えてくれず、将来は運頼みのままだ。顧客が買いたくなるようなプロダクト/サービスをどんなふうに生み出せばいいのかを教えてはくれないし、新しいプロダクトのなかでどれが成功するのかを予測するのでもない。

だが、 「片づけるべきジョブ」理論ならそれが可能だ。

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
クレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)
ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。9冊の書籍を執筆し、ハーバード・ビジネス・レビュー誌の年間最優秀記事に贈られるマッキンゼー賞を5回受賞。イノベーションに特化した経営コンサルタント会社イノサイトを含む、4つの会社の共同創業者でもある。「最も影響力のある経営思想家トップ50」(Thinkers50、隔年選出)の2011年と2013年の1位に選出。

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