(本記事は、横川正紀の著書『食卓の経営塾 DEAN & DELUCA 心に響くビジネスの育て方』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています)

ソバとパスタ──デルーカさんの教え

そば,富士そば,小諸そば,ゆで太郎,未上場
(画像=Piyato/Shutterstock.com)

手痛い経験を経て日本のお客さまに向き合った店づくりを進めていくなかで、「イートインスペースがある食材店」という現在のマーケットストアの原型ができ、ディーン&デルーカは「最悪の状態」からは脱しつつありました。

とはいえ、ビジネスがいきなり上向いたわけではありません。店舗の数は順調に増えて売上自体は上がっているものの、なかなか利益が出ない。むしろどんどん赤字が膨らんでいるような状態でした。ここで僕たちの成長は止まってしまうのだろうか、

いよいよ限界なのだろうか......そんな焦燥に突き動かされ、僕は突破口となるヒントを求めて、創業者のひとりであるジョルジオ・デルーカさんに会いにニューヨークに行くことにしました。2006年のことです。

結論から言うと、この訪問が僕たちの運命を大きく変えました。

デルーカさんに会った僕は、日本の窮状をせつせつと訴えました。「僕たちは、アメリカのやり方と極力ぶれないようにやっている。残念ながら生鮮食品はあきらめたけれど、それ以外はアメリカと同じように店をつくっている。だから、それなりに素敵な店になっていると思うのだけど、全然お客さまが買ってくださらない。もっと言えば、いまだにうちの店が何屋さんなのかということが、いまひとつ日本には浸透していかない……」そんなことを話したと思います。

すると、デルーカさんから返ってきたのは、まったく予期せぬ言葉でした。「きみの店にはソバがあるのかい」

驚いて「なぜですか」と尋ねると、さらに意外な言葉が返ってきました。「きみはソバとパスタだったら、どっちをたくさん食べるんだい」

ディーンデルーカが誕生したのは、1970年代のことです。

70年代のアメリカでは、お金を持っている人が豊かだ、自分を飾るモノを持っている人が豊かだという価値観がまかり通っていましたが、一方で食は簡素化し、冷凍食品やインスタント食品が人気を博していた。そんなアメリカの表層的な価値観にデルーカさんは疑問を持ちはじめました。

アメリカという国は、経済的には成長したけれど、本質的な人の豊かさをどこかに置き去りにしてきたのではないか、と。

デルーカさんは当時、高校の教師でしたが、学校教育だけでは豊かさの本質を子どもたちに伝えられないと感じていました。そんなとき、イタリア系アメリカ人でフードブローカーであるお父さんが輸入していた、大好物のおいしいチーズのことに思い至ります。そして、お父さんとともに旅してまわった土地土地の魅力を。

あのおいしさを普段から味わってもらうことができれば、本物の豊かさを届けることができるんじゃないか。それに、自分の好きなものだったら、とことん追求し続ける自信もある。そう考えて一大決心の末、高校の教師を辞め、その名も「THECHEESESTORE」という小さなチーズ店をソーホー地区に開いたのです。

そのビジョンに賛同したのが、友人であり、当時出版社に勤めていたディーンさんです。「チーズだけじゃなく、イタリア食材だけでもなく、世界にはまだ知らないおいしいものがたくさんある。売れるものじゃなく、売りたいもの、自分たちが食べたくて、食べる価値のあるものだけを扱う店をつくろう。おいしいものを味わう感動は必ず人を幸せにするはずだから」ふたりはそう意気投合して、1977年にディーン&デルーカが生まれるのです。

僕がニューヨークで初めてディーン&デルーカの店舗を目にして心をつかまれた時点では、すでに15年以上の歴史がたっていました。その間、ニューヨークの人々はディーン&デルーカが提案する食の豊かさに気づき、それに勢いを得て店も発展していきました。 しかしそれは「ニューヨークの人々、アメリカの人々に向けて店をつくってきた結果でしかない」と、デルーカさんは言うのです。「きみが参考にすべきは、僕の原点である、最初のチーズストアじゃないのか」

まさに僕の中でモヤモヤしていたものが晴れた瞬間でした。

見るべきものは「根っこ」にある

「もしきみに、これからもディーン&デルーカをやる気があるのなら、今、目の前にある店の形ではなく、ディーン&デルーカの根底にある僕たちの考え方を見るようにしなさい」

デルーカさんはそう続けました。フォロー・ザ・ルーツ。直訳すれば、原点をたどれ、ということになりますが、「学ぶべきは、その食材がつくられ、伝統的に食されてきた地方、まさにつくり手の生活の中にある」というのが、ディーン&デルーカの考え方。ディーンさんやデルーカさんは、つくり手が何を大事にしていて、現地ではどう食べられているのか、そこまで含めた本物の食文化をアメリカに伝えようと思って、事業を始めていたわけです。でも、僕たちがつくろうとしていたのは、彼らの精神を抜いた表層的なものでしかありませんでした。

「僕は父親の母国であるイタリアの食材を持ってきたけれど、日本にはそれに負けないくらいの食文化があるじゃないか。僕が東京でディーン&デルーカをやるなら、日本の食材で埋め尽くすね」 デルーカさんのその言葉を聞いたとき、これまで信じていた自分の考え方が、音を立てて崩れていくような気がしました。そして、デルーカさんの語るつくり手の生活に根ざした食文化の魅力を聞くうちに、ようやく自分たちの足元にある日本のすばらしい食文化が、僕の目にも見えてきたのです。

根っこにある哲学さえ共有していれば、あとは自分の視点で世界を見ればいいんだ。そう気づいたのです。

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
横川正紀 (よこかわ・まさき)
ウェルカムグループ代表。1972年東京生まれ。京都精華大学美術学部建築学科卒業後、2000年に株式会社ジョージズファニチュア (2010年に株式会社ウェルカムへ社名変更)を設立、DEAN & DELUCAやCIBONEなど食とデザインの2つの軸で良質なライフスタ イルを提案するブランドを多数展開。その経験を活かし、商業施設や ホテルのプロデュース、官民を超えた街づくりや地域活性のコミュニ ティーづくりへと活動の幅を拡げている。武蔵野美術大学非常勤講師。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
食卓の経営塾 DEAN & DELUCA 心に響くビジネスの育て方
  1. 認知度0.1%から大人気ブランドに成長した「食のセレクトショップ」の秘密
  2. ニューヨークでは人気のグローサリーストア、日本での経営が「火の車」だったワケ
  3. 赤字が膨らむグローサリーストアを救った「フォロー・ザ・ルーツ」の教え
  4. 複数メンバーと目線を合わせるために重要な「根っこの話」とは
  5. リーマンショックで打撃を受けたディーン&デルーカを支えた意外な功労者とは