(本記事は、横川正紀の著書『食卓の経営塾 DEAN & DELUCA 心に響くビジネスの育て方』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています)
トートバッグの話
創業者デルーカさんの教えを取り入れ、目指すべき店の方向性がしっかり見えてきたものの、急に利益が上がるほど簡単に形にはなりませんでした。そんなときにやってきたのがリーマンショック。
日々新しいことへの挑戦の連続で貯えがなかった自分たちにとっては、苦しい時期が続きました。
このときディーン&デルーカを支えた「功労者」こそ、2007年にブレイクした「トートバッグ」です。
いわゆる「エコバッグ」の走りと言われるようになったディーン&デルーカのロゴ入りトートバッグですが、実のところ、僕たちが「エコバッグ」と称して売ったことは、今まで一度もありません。
ニューヨークでは90年代からエコをテーマにしたムーブメントが始まり、一般的になりつつありましたが、僕らは環境問題を意識しながらも、あくまでライフスタイルとして、お客さまが「いいな」「かわいいな」と身近に感じていただけるよう提案しました。だから、特別な仕掛けやプロモーションを打つこともしなかった。それが、これほど「爆発」しようとは、思ってもみませんでした。
トートバッグがブレイクした理由のひとつには、SNSの影響があったと思います。当時はmixiが流行していて、少し後になると日本でもフェイスブックの利用が広がるようになりました。
そんななかで、読者モデルと呼ばれる方たちや、ファッション・スタイリストさんが、ディーン&デルーカのトートバッグを「いいね」と言って使ってくださり、同時多発的にSNSや雑誌で発信するようになったところ、爆発的に売れはじめた。まだ「インフルエンサー」という言葉もなかったころの話で、とりたてて宣伝などをお願いしたわけでもなく自然発生的に人気に火がついたのです。誰かの押しつけや理屈ではなく、お客さまが「なんかいいな」と、自分事としてライフスタイルに取り入れてくださる。それが、トートバッグがいまだに続くロングセラーとなったことのひとつの理由なのかなと感じています。
「雑貨店」の発想
この時期、僕らがつくった仕組みのひとつが「プロモーションエリア」でした。
どういうことかというと、お店のど真ん中、入ってすぐ目に飛び込んでくる場所に、一定のスペースをプロモーションエリアとして設定したのです。
そこでは、毎月違うテーマでプロモーションを行います。こうした仕組みは、ニューヨークのディーン&デルーカにはなかったし、当時の日本のスーパーにもありませんでした。
この発想がどこから来たかというと、ウェルカムで生活雑貨を扱う「ジョージズ」や「シボネ」でライフスタイルを提案するなか、培ってきた経験でした。
雑貨やインテリアを扱う店には、たいてい入口に「平台」と呼ばれるスペースがあり、季節やその時々で、新しい商品や提案したいアイテムを置いています。アパレルショップのトータルコーディネートをほどこしたマネキンのようなもので、ライフスタイルを「提案」する、そうしたプロモーションのためのスペースが、ディーン&デルーカにも必要だと考えたのです。
例えば、朝食のプロモーションなら、パンケーキミックスとグラノーラとハチミツとジャムが並んでいて、そこにレシピ本や小ぶりのフライパンもあって......というふうに、お客さまが具体的にライフスタイルを想像できるようトータルで提案していくわけです。
グローサリーに平台を取り入れるアイデアや、プロモーションの仕掛け方、さらにそれをウェブサイトやカタログに広げていくという発想も、すべて雑貨を扱う経験がもたらしたものです。
当時のディーン&デルーカのキーパーソンのひとりは、もともとキッチン雑貨やアパレルのバイヤー経験のある女性だったのですが、その他のコアメンバーもほとんどが雑貨店や商社、ホテルやレストラン出身で、スーパーや百貨店といった食料品販売を扱う業界出身のメンバーは誰もいませんでした。だからこそ、固定観念にとらわれない発想ができたのかもしれません。
外食で培った技術、商社で学んだ開発力や仕組みづくり、雑貨店を通して得た提案力など、それぞれの強みをフルに生かす。それが、あの大変な時期を乗り切る原動力になったのだと思います。