(本記事は、横川正紀の著書『食卓の経営塾 DEAN & DELUCA 心に響くビジネスの育て方』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています)

ライバルは個人店

ファイナンシャル・アドバイザー
(画像=PIXTA)

ウェルカムの合言葉のひとつが、「ライバルは個人店」。「そもそもお店の魅力ってなんだろう」と考えていくと、「個人店」という解に行き着くからです。

店のことを考えている人と、実際に行動する人が同一人物であるのが個人店のいいところ。その人の責任において常に最善を尽くそうとするし、判断や決断も速くて臨機応変。気持ちいいくらいに責任逃れがありません。

ところが複数店舗になり、メンバー数も増え、会社が大きくなると、それとは相反することがなぜかたくさん起きはじめます。関わる人が増えると、それぞれの裁量を分け合うから、判断のスピードも遅くなる。

でも、お客さまが求めているのは、「目の前の自分に、お店の人が、その人自身の判断で働きかけてくること」。

僕らが提供する価値を、本当に「豊かだな」と感じてもらうためには、メンバー一人ひとりの気づきが表現になり、それが店先に表れているようなお店でなくてはなりません。

いつ行っても同じ値段、同じ商品、同じサービス──そういう「いつもと同じ」ものによってお客さまが安心感を得ることもあるだろうけれど、それだけでは限られた楽しみしか受け取れなくなる。

僕らは「生活の中の豊かさ」という、曖昧だけど味のある価値観を届けようとしている会社です。だからこそ、同じものでもどこか違うように見えたり、違うように届いたり、新しい気づきやワクワク感を、常にお客さまに提供することを大切にしています。

定番や人気商品がどの店にも同じように並ぶのは決して悪いことではないけれど、そうした全国展開の店の横に、「自家製」「店長のおすすめ」といった手書きのPOPの立ったお店があれば、ついそちらに目を惹かれますよね。当たり前にそれができるのが、個人店の強みです。ひとりの店主がその場で責任をとっていて、熱量が高く、大切にしていることと、やることが分離していない。

一方、「会社がつくったルール」が唯一の物差しになってしまうと、その枠を超えたときに何も表現できなくなってしまう。

それを避けるためには、メンバー一人ひとりにまで浸透する、背骨のように通ったビジョンと、「こうありたい」「こういうのが好きだ」という思いが欠かせません。

ウェルカム流「風通しのよさ」

そうは言っても、メンバーにどれだけ裁量を持たせるかは、組織では避けられない大きなテーマではないでしょうか。

例えばオーブンで料理するとき、途中で気になって何度も扉を開けてしまい、せっかくの焼き加減がだいなしになることがありますが、新しいアイデアを形にするときも同様。部下の仕事に必要以上に干渉すると、せっかくの仕上がりが別のものになってしまうことがあります。

ディーン&デルーカの場合、新しい企画について、メンバーは現場や会議でしょっちゅう侃々諤々しています。僕もその議論に入ることはよくありますが、気をつけているのはメンバーと同じ「一票」であること。方向性が分かれるときは立場を超えて徹底的に議論しますが、一度方向を決めたらいろいろ言い過ぎません。

実際、オフィスでは「こういうアイデアがあるんですけど面白くないですか」「いいね」みたいな会話が廊下や打ち合わせスペースで頻繁に交わされています。

最近は新規事業への投資のような大きな案件は別として、季節ごとに仕掛ける新しいプロモーションやイベント、プロジェクトなどに、社長の僕が細かく口を出すことは少なくなりました。

特に商品のことや店舗での企画は基本的にはすべて事後報告で、最近では、お客さまへのご案内メールを見て、「へぇ、こんなことやるんだ」とあとで知ることも少なくなかったり(笑)。

これにはもうひとつ利点があります。

僕が知っている内情の大半はお客さまと同じレベルなので、お客さまの目線で判断ができるのです。逆に、お客さま目線でおかしいと思うことは、徹底的にやりあいます。

一度、こんなことがありました。

シーズナル企画で、限定販売のプリンが店頭に並んでいたのですが、「賞味期限は本日限り」のはずが、午後の段階で半数以上売れ残っている。

それは、原材料からこだわってつくっている人気のメーカーさんの食材と、岩手の有機牧場で生産されたタマゴを使った、本当においしいプリンでした。それなのに、POPには「DEAN&DELUCAチョコレートプリン」としか書いてありません。実はパッケージに小さく生産地やメーカーさんの情報が書かれた説明があったのですが、文字が小さすぎて、全然目に入ってこなかったのです。

さすがにそのときは、「書いてあるかどうかではなく、伝わっているかどうかが大切。店頭こそ熱量を持って物語を伝えないともったいないよ」と現場でダメ出ししました。

ディーン&デルーカでは「食が主役」。POPの大きさや色などに頼って食材本来の魅力を邪魔してはいけないという考えがあります。さきほどのケースも、そのルールからいけば決して間違ってはいないのですが、プリンのように容器が小さい場合、パッケージそのものに刷られた説明書きでは店頭でお客さまの目には入らない。だからこそ、「どうすれば食材を主役にしたうえで、その魅力を伝えられるか」を現場目線で考える必要があります。店舗の大きさや時間帯、お客さまのその時々のニーズなど、店頭は常に動いているため正解はひとつではありませんが、このときは、黒板を使ってプリンの背景にある物語を伝える方法を採ることに至りました。

こういうとき、根っこのフィロソフィーが共有されていれば、ちょっとしたひとことですぐに軌道修正がはかれるのですが、ときには「言ったことが今ひとつ通じていないな、目線が合ってないな」と思うことがあるのも事実。つまりは「根っこが違う」のです。

重要なのは、起きた事象より、「なぜそうなったのか」。その部分での認識がずれていなければ構わないけれど、根っこが違っているとしたら問題です。

うちにはパートナーと呼ばれるアルバイト社員も含めて、約2000人のメンバーがいるので、全員ときっちり目線を合わせるのは簡単なことではありません。幸いなことに、プリンのケースは一発で伝わったけれど、彼らだって最初から僕と目線を共有していたわけじゃない。メンバーと目線を合わせるには、やはり普段どれだけ根っこの話をしているかが重要です。

このところ権限委譲の必要性が話題になりますが、委譲する際にどれだけ根っこを合わせられるかによって得られる結果は変わってきます。わかっているはず、目線を合わせたつもり、は。丁寧に伝える、その上で日常的な雑談や定期的なミーティングをやる。ときどきごはんを一緒に食べながら、さらに深い話をしていく。

逆に言えば、根っこさえ合っていれば、みんなが自由に行動しながら同じ方向を向いていられる。それが僕ら流の「風通しのよさ」なのかもしれません。

ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
横川正紀 (よこかわ・まさき)
ウェルカムグループ代表。1972年東京生まれ。京都精華大学美術学部建築学科卒業後、2000年に株式会社ジョージズファニチュア (2010年に株式会社ウェルカムへ社名変更)を設立、DEAN & DELUCAやCIBONEなど食とデザインの2つの軸で良質なライフスタ イルを提案するブランドを多数展開。その経験を活かし、商業施設や ホテルのプロデュース、官民を超えた街づくりや地域活性のコミュニ ティーづくりへと活動の幅を拡げている。武蔵野美術大学非常勤講師。

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