キャッシュ・カウがビジネスで重要視されている理由
安定収益があることは、事業の継続ができるということだ。また安定収益があるからこそ事業拡大や新製品の研究・開発・展開など、新たな取り組みができる。これは、企業を経営する人なら容易に理解できるだろう。
前述したようにキャッシュ・カウはもともと1970年代に使われ始めたマーケティング用語だが、昨今のビジネス界で重要視されている理由をあらためて確認しておこう。技術革新やイノベーションなど優れたビジネスモデルが創出される一方で、資源問題や疫病問題など世の中は不安定で変化が激しい。
VUCAという言葉が使われるようになって久しいが、企業を取り巻く市場環境が不安定で混沌とした状況下においてビジネスで勝ち抜くためにはVUCAを意識した経営が必要だ。ちなみにVUCAとは、以下の4つの頭文字を並べた言葉である。
- Volatility(変動性)
- Uncertainty(不確実性)
- Complexity(複雑性)
- Ambiguity(曖昧性)
企業を取り巻く市場環境が不安定で混沌とした状況では、せっかく優れた製品を作っても短期間でその優位性が揺らいでしまう。PPMでいうところのクエスチョンマークに積極的な投資が不可欠であるが、新しいビジネスモデルを確立するためには費用だけでなく時間も多く要する。
既存事業であるキャッシュ・カウで安定・継続的に原資を確保、将来を見定めたプランを策定し変革をもたらすために投資する……これを継続的に行うことによって企業自体の脆弱化を避ける必要性が増している。いわばキャッシュ・カウは「自社を支える製品、サービス」なのだ。
自社のキャッシュ・カウの見つけ方
経営計画などで見かけることもよくあるが、自社事業の投資配分を考えるうえでは自社にとってのキャッシュ・カウが何であるかを見定めることが重要となる。自社のどの事業または製品がキャッシュ・カウであるかまだ把握できていない場合は、まずキャッシュ・カウが何であるか見つけることから始めよう。
キャッシュ・カウを見つけるためには、市場分析を行い市場のなかでの自社事業・製品の位置づけを確認する。市場分析をする際は、以下のような項目を確認するとよい。
・市場規模
市場規模は、一般的に業界全体の年間売上(取引数)とされており、官公庁や業界団体が提供している調査レポートや調査データで確認できる。
・市場動向
市場成長率や消費者のニーズや購買パターン、流行の動向などを確認する。
・競合他社の情報
参入企業(競合)数や各企業の売上高、製品やサービス、クオリティ、価格戦略や販売チャネルなどを確認する。
これらの分析を通じて収益性の高い自社のキャッシュ・カウを特定し、ビジネスの成長を促進しよう。
主な企業のキャッシュ・カウの例
最後に主な企業が定めているキャッシュ・カウの例を紹介しておこう。自社のキャッシュ・カウを定める際の参考にするのもよいだろう。
・ソニーの例
エレクトロニクス事業としてスタートをしてから半導体や音楽、映画、ゲームといったエンターテインメント事業、さらには金融事業など、これまでの歴史のなかでさまざまに事業分野を広げてきたソニー。同社にとって安定的に高いレベルのキャッシュフローを創出する事業は、やはりテレビやカメラ、スマートフォンといったエレクトロニクス事業だ。
これらのエレクトロニクス製品は、すでに市場にあふれているため成長率自体は鈍めだが需要が途絶えることがなく、同社はすでに市場で大きなシェアを持つ。同社は、2018年に策定・発表した2018~2020年度中期経営方針のなかでもエレクトロニクス事業を持続的なキャッシュ・カウと位置づけた。
2019年3月には、安定的に利益を稼ぐ「キャッシュ・カウ」と位置づけていたテレビ、カメラ、スマートフォンの3事業を「エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション」事業に統合。統合することで利益率をさらに強固にし、半導体やコンテンツなど成長事業の原資にあてる戦略を立てた。
・富士フイルムHDの例
富士フイルムといえば、写真フイルムやインスタントカメラなどイメージング事業を本業とする企業だ。しかしデジタル化の進展に伴って2000年以降カラーフイルム世界総需要は減少の一途をたどっている。新たな成長戦略として、同社は長年にわたりカラーフイルムで培った技術を活かし、ヘルスケアや電子材料・産業機材などの高機能材料事業分野を拡大させている。
2000年時点で同社の54%を占めていたイメージング事業の売上高は、2021年時点で13%と縮小。しかしそれでも同社のキャッシュ・カウはイメージング事業であり、同事業分野で収益性を維持する方針を2020年度の決算説明会で示している。
将来性がある新たな事業を拡大するためには、キャッシュが必要であり同社は“チェキ”を筆頭に、カラー印刷機やチェキプリントをデジタル化してスマホで楽しむスマートフォン用アプリを展開し安定的な収益を上げている。2023年度決算でもイメージング事業で得たキャッシュを「新規/将来性・重点」事業のヘルスケアと高機能材料へ優先的に配分すると述べている。