1 ―― なぜロシアによるウクライナへの大規模侵攻はないと考えたのか?
ウクライナ情勢はロシアによる大規模な軍事侵攻という最悪のシナリオを辿り、今も緊迫した状況が続いている。
ウクライナ国境付近でのロシア軍の部隊の増強は、昨年10月末頃から始まり、1月には米国が脅威の高まりに注意喚起をするようになっていたが、ロシアによるウクライナへの大規模な軍事侵攻は予想外の展開だった。
なぜ、ロシアの行動を的確に予想できなかったのだろうか。ロシアの専門家らが可能性を否定していたという面では、ロシアの情報戦の間接的な影響を受けていたのかもしれない。最悪の事態を回避して欲しい、あってはならないという願望が働いた部分もあったかもしれない。
こうした背景に加えて、2つの読み違えがあったと思っている。
2 ―― 読み違え(1):プーチン大統領は合理的に行動すると考えた
第1に、プーチン大統領のマインドセット(思考パターン)を読み違えた。
客観的に見れば、大規模な軍事侵攻は、ロシアが得られるものに対し、代償が大き過ぎ、合理的ではない。ウクライナを武力でロシアの支配下に置くような暴挙に動けば、ロシアの国際的な信認は決定的に傷つく。世論調査では、2014年のクリミア併合以来、親ロシアの割合が低下、北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)への支持が高まっていた(*1)。ロシアの軍事侵攻は、ウクライナ国民の反ロシア感情を強める。軍事力によって親ロシア政権を樹立したとしても、支持を得られるとは思えないので、行動に移さないと考えたわけだ。
しかし、プーチン大統領が合理性よりも、自らの信念に従う判断を下し、大規模な軍事侵攻が現実のものとなった。
合理的か否かという見方にとらわれなければ、大規模軍事侵攻を決断するプーチン大統領のマインドセットは、過去の言動や、実際のロシアの動きによって、はっきりと示されていたことに気付く。
2014年のクリミア併合、ドンバスの2つの州(ドネツク、ルガンスク)での親ロシアの分離独立派による住民投票の実施は第一段階だった。プーチン大統領は、2021年7月に公表した「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題する論文で、ロシアとウクライナ、ベラルーシは一つの民族であり、緊密な関係が潜在力を高める(*2)、欧州からの「反ロシア」計略も数百年にわたり続いている(*3)と自説を展開してもいる。「ウクライナとロシアは1つの国」「ウクライナはロシアの特権的な勢力圏に属す」「ウクライナが東部でロシア語を話す人口に残虐行為を犯している」「ウクライナは故意にミンスク合意に違反し、西側はウクライナを武装させている」といった軍事侵攻の正当化につながる言説は、ロシア発の偽情報として、欧州対外行動庁(EEAS)がロシアの偽情報キャンペーンに対応するために立ち上げたタスクフォースが注意喚起をしてきたものだ(*4)。
昨年12月にロシアが米国と北大西洋条約機構(NATO)に提案した協定案では、軍備管理のための対話とともに、米国にはNATOの東方拡大阻止、NATOには東方拡大をしない約束と、軍備を1997年5月27日以前、冷戦終結後の東方拡大以前の状態に戻すことも求めている。
米国とNATOは、今年1月のロシアに対する返答で、ウクライナへの脅威の緩和を条件に、軍備管理と対話に応じる姿勢を示している。その一方、NATOの「すべての国は他国や外部の干渉なく安全保障の枠組みを選択し、変更し、将来を決める権利を有する」として、「オープンドアポリシー」の原則を維持、軍備を東方拡大以前の状態に戻す撤収の要求も退けた。ロシアは2月17日にロシアの立場を記した回答を米国に提示、「ロシアの提案は包括的な性格を持っており、全体として検討しなければならない」としてNATO不拡大や軍備の撤退の要求を含まない返答に不満を表明しいた(*5)。
ロシアの提案は、ウクライナの主権を否定し、欧州の安全保障体制の時計の針を巻き戻すことを求めるものであり、米国とNATOにとって受け入れ難いものだった。この点について、ロシアは交渉を優位に進めるため、まずは高い球を投げたが、最終的には「ミンスク合意」(*6)に含まれるウクライナの東部の2州の高度の自治権を確保することで妥協するのではないかと考えた。
しかし、大規模な軍事侵攻が現実のものとなった今、ロシアの提案内容を改めて振り返ると、目的は、親欧米のウクライナの政権を打倒し、親ロシア政権を樹立し、NATO加盟を阻止するだけでなく、冷戦後形成された欧州の安全保障体制そのものを覆すことにあるように感じられるようになる(*7)。
*1: Center for Insights and Survey Research (CISR) ‘’Public Opinion Survey of Residents of Ukraine’ 6-15 November, (202122年3月2日アクセス、p.53-54)
*2:2021年7月12付けでクレムリンのHPに掲載された。抄訳並びに解説として服部倫卓「ロシアとウクライナは「カインとアベル」? 物議かもしたプーチン論文を分析する」(The Asahi Shimbun Globe 2021.7.29)
*3:「ロシア:政治的分断の構図と再協調への課題」(湯浅剛)、『世界変動と脱EU/超EU』(岡部みどり編著、p.236)
*4:EUvsDiSiNFO ‘Disinformation about The Current Russia-Ukraine Conflict ? Seven Myths Debunked’ January 24, 2022
*5:「ロシア、NATO不拡大の要求譲らず 米への回答で強硬姿勢―来週後半に外相会談」(時事ドットコムニュース:2022年02月18日)
*6:2015年2月、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4カ国による首脳会談で合意した停戦協定。双方による武器の即時使用停止や、欧州安全保障協力機構(OSCE)による監視、ドネツク及びルガンスク州の特別な地位に関する法律を採択するなど13項目からなる。ロシアはウクライナ政府による協定の不履行に不満を表明していたが、ウクライナ側は停戦の完全な実施、重火器の撤退、OSCEによる監視のための、すべての領土への完全なアクセスが許可されないことが履行を妨げているとしてきた。
*7:プーチン大統領の願望はソビエト連邦の再建と旧ソ連崩壊後にできた欧州の安全保障秩序の転覆とする見方 → 「対強権主義、ウクライナ危機は「歴史の新局面」ウクライナ危機を聞く 米政治学者 フランシス・フクヤマ氏」(日経電子版:2022年3月1日)
3 ―― 読み違え(2):資源、軍事力、経済力のアンバランスな構造は行動を制約すると考えた
大規模な軍事侵攻となれば、そもそも軍事費の負担は大きくなり、西側から予想される制裁による経済的なコストも大きい。
ロシアの経済力が大規模な軍事侵攻の制約要因として働くとも考えたことがもう1つの読み違えだ。
ロシアは構造的なアンバランスが目立つ国だ。天然ガス埋蔵量では世界第1位、原油埋蔵量では世界第6位(*8)の資源大国だ。軍事力は米国に次ぐ世界第2位(*9)、軍事支出額(ドル換算)では米中印に続く第4位(*10)の軍事大国でもある。サイバーパワーも高い。
ハーバード・ケネディー・スクールのベルファーセンターの研究者による「国家のサイバーパワー指数(NCPI)」のランキングではロシアは米中英に次ぐ第4位(*11)である。国家のサイバーパワーのランキングは、攻撃力、監視力、防衛力、情報コントロール力、諜報力、商業性、規範性という7つの目標に対する意思と能力に関する指数に基づいて作成されるが、ロシアの能力は、攻撃力が他の目標から抜きん出て高い(図表 - 1)。
2014年のクリミア併合時、軍事力ばかりでなく、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布やサイバー攻撃などを含めた「ハイブリッド戦」を展開、今回も大規模侵攻にあたりウクライナにサーバー攻撃を仕掛けた。
ロシアは国家のサイバーパワーの面でも、アンバランスが目立つ。攻撃力の突出のほか、防衛力、監視力、情報コントロール力は意志と能力も高い。しかし、規範性(国際的なサイバー基準や技術的な標準の策定力)では、意思は高いが、能力が低い。商業性(商業的な利益や国内産業の成長力)では意思も能力も低いという偏った構造である。これに対して、第1位の米国の能力は、7つの目標のすべてでバランスよく高い評価を得ている。第2位の中国の能力は、トップの米国と比較すると、規範性と商業性が弱いが、ロシアに比べればバランスがよく、全体に評価も高い(図表 - 2)(*12)。
このようにロシアは資源が豊富で、軍事力やサイバー戦での能力は高いが、経済的には、米中が競い合い、欧州の27カ国がEUを形成する中にあって、ロシアは大国とはいえず、十分な豊かさも実現していない。GDPで測る経済力は、世界第11位(名目ドル換算、2019年時点)で、米国の7%、中国、27カ国からなる欧州連合(EU)の10%程度、日本との比較でも3分の1程度に留まる(図表 - 3)。ロシアの一人あたり所得水準は世界銀行の分類(*13)では日本を含む主要7カ国(G7)などと同じ最上位の「高所得国」ではなく、上から2番目の「高中位所得国」に位置する。
振り返れば、経済力に対して軍事力が強大であることや、攻撃力に偏った国家のサーバー能力は、これらを行使することで国際秩序の変更を迫る選択をする動機となると見るべきだった。
*8:「BP Statistical Review of World Energy 2021」による(22年3月1日アクセス)。
*9:兵力、陸海空軍力、天然資源、ロジスティクス、財務、地理から評価した「Global Firepower (GFP)’2022 Military Strength Ranking (GFP 'PwrIndx')」による(2022年3月1日、アクセス)。ウクライナは22位、日本は第5位
*10:「SIPRI Military Expenditure Database」による(2022年3月1日、アクセス)ウクライナは34位、日本は第9位
*11:ハーバード・ケネディー・スクールのベルファーセンターの「National Cyber Power Index 2020」(NCPI)による(2022年3月2日、アクセス)。ウクライナは25位、日本は第9位。
*12:前掲のp.70〜71に7つの目標に対する各国のスコアの分布が掲載されている。日本は防御力が高いが、攻撃力、情報コントロール、諜報力は弱い。規範性での意思と能力は、ドイツ、フランスと同じ程度高いと評価されている。また、米中に続く第3位の英国は諜報力の高さに特徴がある。今回のウクライナ問題に関しても早い段階から米国とともに大規模軍事侵攻に注意喚起を発しており、能力の高さが証明された。
*13:「World Bank Country and Lending Groups」による(2022年3月2日、アクセス)。
4 ―― ロシアも読み違えをしていた可能性がある
プーチン大統領も、今になって国内外の反応について読み違えていたことに気付き始めているかもしれない。
まず、軍事力について読み違えがあったのではないか。軍事力で圧倒するロシアは短期間でウクライナを制圧できると考えていたと思われるが、ウクライナ軍の激しい抵抗により、ロシア軍の侵攻は、予想よりも停滞し(*14)、それにより攻撃も激しさを増しているともいう。
ロシア国内の反応も、読み違えた可能性がある。プーチン大統領は、ウクライナ侵攻を「脅かしと大量虐殺の対象となってきた人々を守る」「ウクライナの非軍事化と非ナチ化を目指す」特別軍事活動として正当化した。国営メディアは、民間人の犠牲を、「ウクライナが人間の盾として使っているから」と説明し、ロシアの攻撃は軍事施設等に的を絞ったものであると強調する。
こうした言説によって、クリミア制圧時はプーチン大統領の支持率は60%台から90%近くまで一気に上昇したように(図表 - 4)、今回も支持の獲得につながるのだろうか。2月時点の世論調査では、プーチン大統領の支持率は上向きかけている。ウクライナ情勢の緊張緩和のために首脳間外交が活発化するなど、国際舞台での存在感を示すことができたからかもしれない。しかし、大規模軍事侵攻で、潮目は変わった。西側は、クリミア併合時も制裁に動いたが、今回の制裁は、国際決済網の国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除に加えて、ロシア中銀との一部取引停止が含まれるなど、予想以上に厳しいものとなり(*15)、市民生活を直撃している。
通貨の信認の弱さはロシアのアキレス腱だ。ロシアではインフレ率が直近1月で前年同月比8.7%と中銀目標の4%の倍以上の水準にある。ロシア中銀はすでに昨年3月から今年2月の政策決定会合までに、合計8回累計525bpという急ピッチの利上げでインフレを抑制しようとしてきた。しかし、制裁措置で、外貨準備による為替市場への介入という選択肢を封じられたことで、2月28日には政策金利を9.5%から20%まで大幅に引き上げざるを得なくなった。おそらく、この先、ロシアではインフレや物資不足、外貨流動性不足による企業破綻などの問題は深刻化するだろう。クリミア制圧時のような世論の支持を集めるとは思えない。
西側主導の国際秩序に不満をもつ「同志国」の動きについても読み違えがあったかもしれない。西側の制裁の痛みを緩和するためには、制裁に加わらない国々によるロシアへの支持が重要になる。
中でも経済力でEUを凌駕しつつある中国が及ぼす影響は大きい。プーチン大統領は、米英などが外交ボイコットした北京五輪の開会式を訪れ、2月4日に中ロの両首脳は共同声明に署名している。プーチン大統領は、中国との関係強化で対西側での対抗軸を強化したつもりだったかもしれない。しかし、中国の指導部にとっては、ウクライナへの大規模な侵攻は予想外の動きであったとされる(*16)。
中国の報道官や国連大使の発言を聞く限り、中国はNATOの東方拡大というロシアの不満の原点には理解を示し、軍事侵攻も非難せず、西側の制裁には批判的だが、ウクライナの現状を強く憂慮し、ウクライナとロシアの双方に対話による解決を促す中立的な姿勢を取ろうとしてきた。中国は、王毅外相とウクライナのクレーバ外相との電話会談を受けて「停戦協議で役割を果たす用意がある」との声明も出しており(*17)、ロシアの支持者としてよりも、中立的な仲介者としての振る舞おうとしている。
*14:「Russia struggles to take Kyiv and Kharkiv but pushes across Black Sea coast」(Financial Times, February 28, 2022)など。また、米国防総省高官はロシア軍の戦闘意欲や能力の低さも指摘している(「米高官「ロシア軍の一部は戦わず降伏」 侵攻停滞の要因」(日経電子版:2022年3月2日))
*15:対ロシア制裁については、高山武士「世界各国の市場動向・金融政策(2022年2月)-露のウクライナ侵攻と経済・金融制裁の衝撃」(経済・金融フラッシュ 2022-03-01)をご参照下さい。ロシア中銀への制裁については「ロシアの外貨準備、ドルや円凍結 為替介入困難に」(日経電子版:2022年3月1日)もご参照下さい。
*16:秋田浩之「ロシア暴走、中国の誤算 「全面侵攻ない」と油断」(日経電子版:2022年2月28日)
*17:「 China ready to ‘play a role’ in Ukraine ceasefire」 Financial Times
5 ―― 大規模軍事侵攻までは「弱腰」で足並みに乱れが見られたEU
プーチン大統領にとって、最大の読み違えは、ロシアにエネルギーを依存するEUは、英米と強力な経済制裁で足並みを揃えられないという読みだ。
大規模軍事侵攻前の段階で、米国は軍事行動の選択肢を早くから排除する一方、経済制裁には抑止の手段として「前のめり」だったが、欧州、特にドイツ、フランスなど大陸主要国は「弱腰」に見え、「欧米の足並みの乱れがロシアに付け入る隙を与える」という評価は日本のメディアでも定番だったように思う。特に批判を浴びたのが22年に脱原発を実現し、ガスの40%をロシアに依存するドイツであり、「信頼できる同盟国ではない」(*18)とまでいわれた。
しかし、独仏が米英よりも「弱腰」に映ったのは、マクロン大統領やショルツ首相が相次いでロシアを訪問したことが象徴するように、対話による抑止への期待がより高く、武力衝突を極力回避したいという姿勢から来たものと理解している。
エネルギーのロシアへの依存についても、相互の依存関係が高まれば、それだけ武力衝突等によるコストも高くなり、安全保障上の利益は高まるという「期待」が底流にあった。他方では、近年、中国が経済的な依存関係を自国の国益を促進あるいは擁護する武器として利用するようになり(*19)、「経済安全保障」の重要性が認識されるようにもなっている。EUが、欧州グリーン・ディールの旗印の下で進める脱炭素化戦略も、輸入に頼る化石燃料依存を減らし、再生可能エネルギー依存を高めることによるエネルギー安全保障の狙いがあった。
EUは、全体での再生可能エネルギー比率(最終エネルギー消費ベース)を2020年時点で22%から2030年には従来の目標の32%から40%まで引き上げる方針を打ち出している。エネルギー移行が進めば、欧州のロシアのガスへの依存度は低下する。
プーチン大統領は、さまざまな要因からエネルギー価格が高騰し、欧州でガス需要が高まっている今が、ロシア最大の切り札であるガスを、勢力圏拡大という野心を実現するカードとして活用する上で最も効果的なタイミングだと判断した可能性はあろう。
*18: 「【寄稿】ドイツは信頼できる米同盟国ではない」(ウォールストリートジャーナル:2022 年1月24日)
*19:プーチン大統領の願望はソビエト連邦の再建と旧ソ連崩壊後にできた欧州の安全保障秩序の転覆とする見方として、「対強権主義、ウクライナ危機は「歴史の新局面」ウクライナ危機を聞く 米政治学者 フランシス・フクヤマ氏」(日経電子版:2022年3月1日)
6 ―― 安全保障体制への重大な挑戦を受けたドイツとEUの大幅な方針の転換
プーチン大統領が、安価なガスの安定供給のために、欧州は強い制裁に動けないと見切っていたとすれば大きな誤算だった。
最も弱腰とされたドイツのショルツ首相は、大規模侵攻前は明言しなかったロシアとドイツを結ぶ新しいガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の稼働手続きの停止を即座に決断、ウクライナへの武器供与に関してもヘルメットの供与で批判を浴びた姿勢を一変させ、携帯型対空ミサイル「スティンガー」500発と対戦車火器1000発の供与を決めた。これまで遅々とした進展だったNATOの2024年目標である軍事費のGDP比2%への引き上げも即時実施し、今後も水準を維持することを決めた。ロシアがレッドライン(越えてはならない一線)を越えた後のドイツのギア・チェンジは鮮やかだった(*20)。
分裂気味だったEUが、ウクライナ支援の方針で結束力を高めたことも、プーチン大統領の予想を超えただろう。
*20:「強硬路線に転じたドイツ、「決済網排除」を決断」(日経電子版:2022年2月27日)
7 ―― 戦時下で強まる欧州の結束
強力な金融制裁は、相互の結びつきが強い場合、課される側にとっての影響が大きいが、課す側への副作用、あるいは報復の影響も大きい。EUの側にも、ガス調達に支障が生じるおそれはあるし、エネルギー価格の高騰によって、すでに5%台に達しているインフレ率がさらに上昇する可能性もある。金融システムには、ロシア向けの債権の不良化、損失計上という問題も生じるだろう。
しかし、欧州は今や「戦時下」にある。2月時点の世論調査では、ウクライナ支援のためのリスク許容度は隣接する国では高いが、独仏では低いという傾向が見られた。しかし、あらゆる点で正当化できないウクライナへの大規模侵攻を実行に移すとともに、欧州の安全保障体制に挑戦し、核兵器の使用や、NATO未加盟のEU加盟国への攻撃をほのめかす「プーチン大統領の戦争」に歯止めをかけるために、制裁措置の副作用は広く許容されるように思う。海を隔てた米国や、日本とはかなり事情が異なる。
平時には足並みの乱れが目立ったNATOの重要性が再認識され、EUとして制裁措置に動き、積極的にウクライナからの避難民の受け入れに動くなど、連帯と結束は強まっている。
西側の結束力や、国内外の反応を読み違えて独善的に行動したプーチン大統領が重い代償を払い、ウクライナの主権が尊重されるよう世界も動かなければならない。
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伊藤さゆり (いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事
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