小山登美夫ギャラリー代表 小山登美夫 ―― 現代アートの魅力、その市場
画像提供:小山登美夫ギャラリー

ある程度の資産を築いた富裕層がアートに興味を持つことは自然な流れだ。古来より芸術は資本家の庇護を受けて発展してきており、そのため上流階級の間ではアートが会話の起点になることも多い。もちろん投資目的で保有する富裕層も多数存在する。

しかし、アートへの深い知見や、アート業界に特別なコネクションがない人は「どうやって購入すればよいか分からない」「何を基準に購入すればよいか分からない」と感じることだろう。そこで本特集では、アート購入を検討している人に向けて、現代アートに関する様々な情報をお届けしていく。

第1回では、現代アートとは何か、どのように価格が形成されるのか、などについて見ていこう。日本の現代アートを牽引するギャラリスト・小山登美夫氏に話を聞いた。

小山 登美夫
小山 登美夫(こやま とみお)
小山登美夫ギャラリー株式会社代表取締役。1963年、東京生まれ。東京藝術大学芸術学科卒業。西村画廊、白石コンテンポラリーアート勤務を経て、1996年に小山登美夫ギャラリーを開廊。2005年11月に江東区清澄白河にギャラリーを移転。開廊当初から海外アートフェアへ積極的に参加し、日本の同世代アーティストを国内外に発信。日本における現代美術の基盤となる潮流を創出する。

現代アートとは「現在、生きている人が作るアート」

―― まずは現代アートの定義を教えてください。

現代アートとは、端的に言って「現在、生きている人が作るアート」のことです。30年後や50年後など、どの時代にも「現代アート」は存在するので、大きく言えば「同時代に生きる人たちが制作している作品」のことを指します。

「パブロ・ピカソ(Pablo Ruiz Picasso)やマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)という著名アーティスト以降の作品を指す」という意見もありますが、若干あいまいな部分が残ります。今でも印象派のような絵を描く人もいれば、抽象的でコンセプチュアルな作品を制作する人もいますよね。

それゆえ、「現代を生きている人が描いた絵」や「鑑賞者と同じ社会状況で制作された作品」を現代アートと捉えると、分かりやすいのではと思います。

―― 現代アートにはいろいろな種類があるとのことですが、値段はどれくらいするのでしょうか?

現代アートは絵画に限らず、フィギュアやモニュメント、写真など様々な種類があります。値段も様々で、高額なものはとんでもなく高額です。世界には数十億円する作品がいくつもあります。いま生きている人のなかで最も高額なのは、デイヴィット・ホックニー(David Hockney)(*1)というアーティストの作品と言われています。


*1:2018年にはホックニーの《芸術家の肖像画》が約102億円で落札され、現存アーティストの過去最高額を更新しました。


ZOZO創業者・前澤友作さんが購入したことで知名度が一気に上がったジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)の作品もすごく高くなっています。今や、古い時代の作品より高価なものもあるので、手に入れるのはすごく大変です。

一方で5万円〜10万円といった“比較的手を出しやすい作品”もあります。当ギャラリーで扱っているものは、約10万円から約3,000万円くらいです。

アート作品の2つの市場 一次市場から二次市場に移行することで価格が100倍になることも

―― アート作品の価格には、プライマリーとセカンダリーの2種類があると伺いました。

プライマリーとは一次市場および一次市場での価格、セカンダリーとは二次市場および二次市場での価格のことです。

現存するアーティストがスタジオやアトリエで制作したものをギャラリーで販売する、その時の価格をプライマリー(一次市場の価格)と言います。たとえば、アーティストのスタジオに眠っていた10年前の作品でも、1度も売ったことがなければ、プライマリーとなります。

まさに私が今、このギャラリーに展示しているアート作品の価格はプライマリーです(*2)。アーティストがスタジオから持ってきた新作に、話し合いのうえで値段をつけ、ギャラリーで展示・販売するという流れです。


*2:インタビューは「小山登美夫ギャラリー六本木」で行われました。


プライマリーで購入した人がその作品をオークションや他のギャラリーで売った場合、その売却成立価格がセカンダリー価格(二次市場の価格)になります。言い換えれば、プライマリー購入者が作品を売らない限り、セカンダリー価格が付くことはありません。

小山登美夫ギャラリー代表 小山登美夫 ―― 現代アートの魅力、その市場
工藤麻紀子個展 2020年(画像提供:小山登美夫ギャラリー)

―― アーティストや作品によって様々だと思いますが、プライマリーからセカンダリーへ移行した場合の値上がり幅(キャピタルゲイン)はどれくらいなのでしょうか?

オークション会社が「オークションに出す」と決める作品は、売れる可能性が比較的高いと言えます。基本的に、誰も知らないアーティストの作品は出品されません。オークションに出されるということは、オークション会社がそのアーティストのマーケットの大きさを認めたと言えます。

オークションによって、セカンダリー価格が跳ね上がることは珍しくありません。たとえば、25歳という若さで亡くなった中園孔二さんの場合、プライマリーで30万円だった絵がオークションでは約3,000万円まで値上がりしていました。ただ、別のオークションでは、プライマリー30万円の別の作品が650万円までしか伸びなかったので、同じアーティスト、同じプライマリー価格でも、作品の内容や経済環境によって値上がり幅は全然違います。

アーティストが人気になると、作品が次々に売れるようになります。在庫がなくなることも多いため、セカンダリー価格が高くなると、プライマリー価格も+10%、+20%などと少しずつ上がっていくことが多いですね。

亡くなってある程度時間を置いてから、急激に評価を上げるパターンもゼロではありません。ゴッホの生前の制作期間は約10年間といわれています。生前は1点しか売れないほど、マーケットでの価値はゼロに近かったのですが、没後に世に認知され、価値が形成されていきました。今ではゴッホの名を知らない人はほとんどいないでしょう。

アートは商品であると同時に、1人のアーティストの“作品”

―― セカンダリーで値上がりした分のいくらかは、アーティストの収入になるのでしょうか?

EU加盟国では、たとえばプライマリー100万円で購入した作品がオークションにて1,000万円で売買された場合、「値上がり分900万円の何%かがアーティストに入る」といった仕組みが整備されています。近年話題のNFTなどのデジタルアートもその傾向にありますよね。

一方で、オークションが盛んであるアメリカやロンドンでは、その仕組みはありません。日本も同様です。そのため、たまに勘違いされることですが、セカンダリーでいくら高額で売買されてもアーティストに直接的な収入はありません。

しかし近年、日本国内では、アーティストに取引額の一定の割合が支払われる権利(追求権)についての議論が起こっていますので、続報を待ちたいところです。

―― 時として驚くようなキャピタルゲイン(値上がり益)が発生するのですね。

そうですね。また、オークションで高値がついたアーティストがいると、そのアーティストの別の作品を買いたくなる人が増えます。「こっちの作品も1,000万円になるかも」と投資感覚で購入する人がいるためですね。そうすると、どんどん転売される可能性が高くなります。

アートは商品であると同時に、1人のアーティストの“作品”です。これはあくまで個人的意見ですが、株券とは違い、1点ものなので、あまりに移動・転売されすぎるのは好ましくないと思っていますし、なるべく避けたいところではありますね。

とはいえ、普段から「このアーティストをどうやったら売り込んでいけるのか」「どういう売り方をしたらよいのか」などは考えて行動しています。タレント事務所が所属タレントを売り込む構図と似ているかもしれません。

たとえば、当ギャラリーのアーティストである佐藤翠さん(*3)は、主に洋服やクローゼットを描く方なので、資生堂の展覧会に参加したり、化粧品ブランドであるRMKとコラボレーションをしたり、ポーラ美術館で個展を開催するなどしました。彼女を美術の世界と共にファッションの世界でも人気のアーティストにしたいと思ってます。われわれとしては、アーティストに合ったプロモーションを企画することでより多くの方に現代アーティスト、および、現代アートの魅力を知ってもらいたいと考えています。

展覧会のイメージ
佐藤翠 個展(画像提供:小山登美夫ギャラリー)

*3:佐藤翠:1984年愛知県生まれ。2008年名古屋芸術大学絵画科洋画コース卒業。在学中ディジョン国立美術大学(フランス)へ交換留学し、2010年東京造形大学大学院造形学部修士課程を修了。平成29年度ポーラ美術振興財団在外研修員としてフランスにて研修を行う。国内外で展示を行う他、装画提供や、小説・コスメブランドとのコラボレーションなど活躍の幅を広げる。大原美術館収蔵。


菅野陽平
菅野 陽平(かんの ようへい)
富裕層の資産管理に詳しいファイナンシャル・プランナー 兼 マネーライター。幼少期より学習院で育ち、学習院大学卒業後、2012年に新卒で野村證券に入社。多くの富裕層の資産管理を担当する。2016年、株式会社ZUUに入社し、日本最大級の金融・経済情報メディア「ZUU online」の編集長を務める。プライベートバンカー資格、AFP保有。編集著書に『富裕層・経営者営業大全』(一般社団法人金融財政事情研究会、2020年7月31日発売)。