本記事は、藤野英人氏の著書『プロ投資家の先の先を読む思考法』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

これからはウェルビーイングを追求する企業が成長する

「ウェルビーイング」について、私はこれからの成長戦略の基本になると考えています。

テクノロジーの世界であれ、投資の世界であれ、ウェルビーイングの重要性は今後ますます高まっていくことになるでしょう。

先にも触れたように、ウェルビーイングは英語で言えばbeing well、つまり〝How are you?〟です。言語を問わず、つねに相手の状態を尋ね合うことは、人間のコミュニケーションの柱です。

相手の状態が心身共によいかどうかを大切にすることが、企業とお客さまとの関係、企業と従業員の関係などあらゆる場面で大切なのは言うまでもないことです。

しかし、企業の経営や行政など、本来はウェルビーイングな状態を追求すべき場面において、これまでウェルビーイングという視点はあまり語られてきませんでした。

「儲かるのか」「効率がいいのか」といったことが重視され、「それは、人が『よい状態』でいることにつながるのか」「人の主観的な幸福感とはどのようにすれば得られるのか」と考える視点がすっぽり抜け落ちていたのです。

近年、ウェルビーイングという言葉はさまざまな場面で使われるようになっていますが、この言葉の意味を曖昧に捉え、「従業員の健康やメンタルにも配慮しろということだろう」「またよくわからないバズワードが出てきたのか」などと軽く考えている人がいるとすれば、見方を変える必要があるでしょう。

これから企業は、お客さまをはじめとしたステークホルダーにとってのウェルビーイングを深く考えることが要求されるようになります。

そしてウェルビーイングについて深く考え、自分たちが考えるウェルビーイングとはなにかを提示できた会社は、高く評価されて大きく成長するでしょう。ウェルビーイングは、力強い成長戦略なのです。

富山県の成長戦略から考えるウェルビーイングの意味

2022年の今、岸田文雄内閣は「成長か、分配か」を議論しています。このような議論の重要性を否定するわけではありませんが、「成長か、分配か」というのは、お金の話です。

お金はもちろんとても大切ですが、「儲かるのか」「効率がいいのか」の話と同じで、より重要なポイントを見落としているように思います。

少なくとも「成長か、分配か」と言っているとき、その中に「どのような社会を目指したいのか」という観点が欠落しています。

今、より重要なのは、国民がウェルビーイングかどうかです。ところが岸田内閣だけでなく菅義偉内閣やそれ以前にさかのぼってみても、国民がウェルビーイングかどうかということに対して国の関心が高いようには感じられません。

私は今、富山県成長戦略会議の委員を務めています。2021年7月30日、この会議の中間報告が発表されたのですが、私は「これを機に富山県が日本の最先端を進み始めるのではないか」と本気で思っています。

「富山県成長戦略会議」は、特別委員にヤフーCSO(最高戦略責任者)で慶應義塾大学教授の安宅和人さん、委員には、出前館代表として上場に導いたうえ、時価総額2000億円を超える会社へと成長させた中村利江さん、地域経済に詳しい日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介さん、先端的なコミュニケーションのプロであるニューピースCEOの高木新平さんなど、尖った人がずらりと顔を並べています。

精鋭メンバーが集まる会議では、刺激的な議論が続きました。

一般に、こういった地方の会議ではお国自慢が始まったりしがちなものですが、例えば第4回の会議では、こんな場面がありました。

安宅さんが「外に出ていった人は、僕もその一人だったけれど、基本的にもう富山に戻りたくないから出ていった。今も戻りたくないから住んでいない」「僕みたいな生き物がまったく受け付けられない空間なので出ていったというのが、ほとんどの面白い人の実態だと思う」「富山県とは距離をおいていて、県人会からもものすごく距離をおいて生きてきた。なので、我々みたいな生き物に富山愛を語れというのは、結構厳しい」「選民的に人を呼ぶという発想自体が間違っている」「いろんな異質な生き物が流れ込んでくるサンゴ礁的な、面白そうな空間を作れるかがポイント」といった発言をしたのです。

私はZoomで参加していたのですが、この発言が出たとき、画面越しにも県庁職員の方々が凍りついたように見えたものです。

こういった発言はすべて議事要旨で詳細に公開されており、誰でも読むことができます。

議事要旨というものは角が立たない表現に直されがちなものですが、厳しいニュアンスも含めてほとんど発言通りに公開されているのは、それだけ富山県の新田八朗知事に覚悟があるからでしょう。

さらに驚いたのは、富山県がこの成長戦略会議の様子をライブ配信し始めたことです。

県議会議員から「こういう議論はぜひとも県民に広く見ていただくべきだ」「県民の富山県や政治への関心が高まるきっかけにもなる」という声が上がると、あっという間に富山県公式YouTubeチャンネルでのライブ配信が決定したのです。

豊かで強い県であるのに、なぜ出ていくのか?

こうして6回の会議を経てまとめられた中間報告は、じつに内容の濃いものになっています。報告書では、まず歴史を紐解いて、富山県がこれまでに成し遂げてきたことを示しています。

富山の歴史が「困難を克服して住みよい郷土を築いてきた歴史」であり、「『ないもの』をねだらず、地域に備わった『あるもの』を生かして、郷里を豊かにしてきた歩み」であったこと。

そして、一人当たり県民所得で全国5位、持ち家住宅率で全国2位、経済誌による全都道府県の「幸福度」ランキングで2位になるなど、さまざまな指標が「県民の努力によって勝ち取られた豊かさの一端を示している」こと。

全国の社長輩出率で3位に位置しており、独立意欲や事業意欲の強い県民が決して少なくないこと――。

そのうえで報告書は、富山県が抱えている問題について、次のように明確に指摘しています。

「現在においても、私たちの故郷からは、一部の意欲ある若者たちが県外に流出し、その一部は終生にわたり、居を富山に構えることがない。それはなぜか」。

そしてこの問いから、富山県は「真の豊かさ=ウェルビーイング」を中心とした成長戦略を進めていくことを示したのです。

ここで富山県がウェルビーイングを打ち出したことは、大きな意味があります。

所得や持ち家率では測れないウェルビーイングを目指し、あらゆる問題を「ウェルビーイングであるかどうか」という観点で見直すと、さまざまな問題が整理されるからです。

=プロ投資家の先の先を読む思考法
藤野英人
投資家・ひふみシリーズ最高投資責任者。レオス・キャピタルワークス株式会社代表取締役会長兼社長。1966年富山県生まれ。早稲田大学法学部卒業。国内・外資大手投資運用会社でファンドマネージャーを歴任後、2003年レオス・キャピタルワークスを創業。東京理科大学MOT上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、叡啓大学客員教授。一般社団法人投資信託協会理事。主な著書に『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書)、『投資家みたいに生きろ』(ダイヤモンド社)。

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